三十五本目の回送
日曜日は、前半勝負だと思っている。
金沢の街は、曜日によって顔が変わる。
平日は、出勤がある。
病院がある。
地元の細かい移動がある。
だが、日曜日の午前には、それが薄い。
あるのは、ホテルを出る観光客だ。
特に外国人。
大きなスーツケースを引き、スマホを見ながら、駅へ向かう。
あるいは、東山へ。
兼六園へ。
そして彼らは、GOよりもUberを使う。
日曜日は、タクシーの数が少ない。
つまり、Uberを積んでいる車も少ない。
呼ぶ人間がいれば、俺に当たる。
そう読んでいた。
そして、その読みは当たった。
十一時十二分を最後に鳴らなくなるまで、Uberだけで七本取った。
ホテルから駅。
ホテルから観光地。
朝の金沢を、インバウンドが動かしていた。
大きいのは出ない。
日曜の午前に、ロングを求めると沈む。
駅で待つ。
タクシー乗り場で待つ。
大物を祈る。
それは、今日の正解ではない。
今日の正解は、積み上げだった。
小さい魚を、数で取る。
迎車料金三百円が乗る。
初乗りも七百円になった。
以前より、短い仕事の底が上がっている。
ならば、拾えばいい。
日曜の午前は、大物狙いではない。
数釣りの日だ。
十一時を過ぎると、流れは変わった。
ホテルから出る客は一段落する。
観光客は、街へ散る。
そこからは東山だった。
東山には、駅や近江町市場や兼六園のようなタクシー乗り場がない。
だからこそ、手上げがある。
バスを待つ間。
次の目的地を決める瞬間。
歩くには遠いと感じた瞬間。
そこに車を見せる。
いつもの俺なら、浅野川大橋を渡り、東山の信号を右折して、茶屋街を抜ける。
だが、今日は入り方を変えた。
天神橋から観音町へ入る。
いつもの入り方とは違う角度で、バス停の横に出る。
そこで、わざと信号に捕まるように走ってみた。
バス停には、移動する意思のある人間が立っている。
歩いている観光客ではない。
ただ写真を撮っている人間でもない。
どこかへ行きたい人間だ。
バスを待っている。
しかし、バスはすぐに来ない。
そこへ空車のタクシーが横に止まる。
乗る理由が生まれる。
その場所だけで、四組乗せた。
たぶん、バスの待ち時間にじれた客だったのだろう。
これは発見だった。
東山は、人が多い場所を見るのではない。
移動したい人間が立つ場所を見る。
土産物屋が多い東山では、日曜日の午後、帰る前の客が増える。
翌日は仕事。
今日中に帰る。
最後に金沢らしい土産を買う。
袋が増える。
足が疲れる。
駅へ行きたい。
だから、東山から駅が出る。
日曜日の東山は、ただの観光地ではない。
帰る前の土産ポイントだ。
昼の東山は強かった。
ただ、十七時を過ぎると終わった。
観光バスが多い時間帯は、人は多く見える。
だが、バスで来た客はバスに戻る。
自家用車の観光客も、車に戻る。
タクシー客になるのは、個人客だ。
荷物を持ち、疲れて、次の場所へ行きたい客だ。
十七時を過ぎた東山には、その熱がなかった。
深追いはしない。
今日、東山絡みで八本取った。
たぶん、俺ほど東山を擦って本数に変えた乗務員は少ないと思う。
夕方からは、別の読みが必要だった。
一昨日、平和町の自衛隊駐屯地からGOで呼ばれた。
パチンコ屋へ行く自衛官。
ゴーゴーカレーへ昼飯を食いに行く自衛官。
会話や方言から、県外の人間だとは思っていた。
今日も平和町から呼ばれた。
やはり県外の人だった。
何かあるのかと聞いた。
銃剣道の大会があったらしい。
全国から四百人以上来ているという。
その話を聞いた瞬間、平和町の意味が変わった。
ただの住宅地ではない。
ただの駐屯地でもない。
今日は、そこが発生源だった。
車がない。
土地勘がない。
夕方になれば、飲みに行く。
飯を食いに行く。
パチンコへ行く。
片町へ行く。
自衛官は、ギャンブルとキャバクラが好きだと聞いた。
そして、彼は笑って言った。
「守らないけれど、消灯は二十三時です」
その一言で、夜の流れまで見えた気がした。
ならば、流れは読める。
夕方は、駐屯地から片町へ。
二十二時以降は、片町から駐屯地へ。
俺は、夕方に駐屯地を狙った。
結果、駐屯地から片町へ向かう自衛官を四組乗せた。
そして二十二時以降。
今度は片町で、野町方向に頭を向けて並んだ。
飲み終わった自衛官を、片町から駐屯地へ送る。
帰りも三組取った。
表に出るイベントではない。
スポカレにも載らない。
イベントサイトにも出ない。
だが、街には確かに需要が発生している。
乗せて、聞いて、初めて分かるイベントがある。
タクシーの仕事は、こういう情報で変わる。
ただ走っているだけでは拾えない。
客の会話の中に、次の一本が落ちている。
その夜、最後に少しミソがついた。
駐屯地で自衛官を降ろし、片町へ戻ろうとした時だった。
幸町からGOが鳴った。
現着を押し、お客様を待っていた。
その時、車内のどこかでスマホのバイブが鳴っていることに気付いた。
ブー、ブー。
小さく震える音。
俺は、さっき降ろした自衛官のスマホだろうと察した。
酔っていた。
いい状態で酔っ払っていた。
忘れていったのだろう。
助手席の下を見る。
後部座席を見る。
足元を見る。
だが、暗い車内では、どこで鳴っているのか分からない。
そして、着信は切れた。
お客様が乗ってきた。
賃走中にも、何度かバイブは鳴った。
だが、運転中に探すわけにはいかない。
お客様は、武蔵を経由して戸水までだった。
戸水は、御供田の本社に近い。
勤務終了も近かった。
給油と洗車をするため、本社へ向かった。
給油中、車内をくまなく探した。
助手席の下。
後部座席。
シートの隙間。
そして、やっと見つけた。
助手席のシートの黒い部分に、黒いスマホがきれいに挟まっていた。
これは分からない。
黒に黒。
鳴っていても、見つからないはずだ。
手に取った瞬間、また着信が来た。
出るしかなかった。
話をすると、やはり自衛官だった。
「すぐ届けます。ただ、十五キロ以上離れているので、三十分ほどかかります」
そう伝えて、駐屯地へ向かった。
GOもUberも切った。
表示板も回送にした。
完全な売上外の走行だった。
元車を通過している時、俺に向かって手を上げた人がいた。
勿体ない。
今なら一本取れたかもしれない。
二本取れたかもしれない。
それでも、行くしかない。
忘れ物に気付けなかった側にも、少し責任はあると思っている。
降ろす時、もっと確認できたかもしれない。
もちろん、全部は無理だ。
酔客。
夜。
暗い車内。
次のGO。
決済。
メーター。
安全確認。
それでも、スマホはその人の生活そのものだ。
遠征先の金沢で、スマホをなくす。
それは相当きつい。
駐屯地に着くと、自衛官は本当に感謝してくれた。
「本当にありがとうございます」
そう言われた。
売上だけで見れば、無駄な時間だった。
だが、無駄ではなかったと思う。
信用を拾った。
そう考えることにした。
最後に、片町を見た。
人は少ない。
タクシーも少ない。
取れるよな。
そう思った。
たぶん、もう少しやれば、まだ取れた。
でも、今日は上がることにした。
終わってみれば、三十五本。
最後にミソはついた。
ボタン操作のミスもあった。
GO Pay絡みで面倒もあった。
忘れ物の回送もあった。
それでも、今日は楽しい日だった。
朝は、インバウンドをUberで取った。
昼は、東山で手上げとGOを拾った。
夕方は、自衛隊駐屯地の銃剣道大会という裏イベントを掴んだ。
夜は、片町から駐屯地へ戻る流れを読んだ。
日曜日の前半は、大物を求めない。
数を積む。
東山は、タクシー乗り場ではなく、移動の意思を持った人間を見る。
平和町は、ただの住宅地ではない。
その日だけの発生源になることがある。
客の会話は、次の配車情報になる。
ヒラメでは、この本数は出ない。
待っていただけでは、今日の三十五本はなかった。
泳いだ。
見た。
聞いた。
試した。
そして、当たった。
三十四本までは、売上を拾った。
三十五本目は、信用を拾いに行った。
休日返上勤務。
いい一日だった。




