第四話
真っ白で、音さえも死絶した空間。
そこには、一人の女性が凛として立っていた。白銀の長い髪が虚空に揺れ、涼しげな赤い瞳が、冷徹な光を湛えている。初代英雄、グレイス・ヴァレンティアその人であった。
「結局、大切なものは何一つ守れなかったようね」
美しくも棘のある声。その視線の先には、膝を抱えて蹲るアリアがいた。
「……無様ね。私がいなければ、あの子に勝つなんて無理なのよ」
グレイスはアリアの周りをゆっくりと歩く。静かな足音だけが、アリアを追い詰めるように重く響いた。
「私だって本当は、もっと戦いたかった。……膨大な魔導素に耐えきれず、この体が塵となって崩壊さえしなければ」
足を止めずにグレイスが呟いた言葉には、英雄と呼ばれた者の、底知れぬ無念が滲んでいた。
「あの子も時間の問題。強制的な過負荷に耐えきれず、体が崩壊するわ。……立ちなさいよ。奪って、奪われる。それが戦争なのよ!」
グレイスの叱咤に、アリアの肩が小さく跳ねた。
「考えが甘いのよ。誰も死なないように皆を守って、戦争を終わらせる? そんな都合のいいお花畑を信じているから、こうなるのよ!」
アリアが、ゆっくりと顔を上げた。その瞳に、諦めの色は一滴も混じっていなかった。
「私は……戦うのが嫌い」
「――まだそんな甘いことを!」
「戦争も、大嫌い……」
「いつまで拗ねているつもり!?」
「でも、約束は守りたいの……。グレイス、私、貴女と約束したから。戦争を、終わらせるって……」
アリアは確りとした足取りで立ち上がり、グレイスの正面へと歩み寄った。
「あの子を止める力を貸して……!」
射抜くような眼差し。それは、英雄の遺志を継ぐ者の覚悟だった。
「……なによ。絶望して死ぬのを待つだけかと思ったのに」
グレイスはふいと視線を逸らし、忌々しげに、けれどどこか嬉しそうに口の端を歪めた。
「その目……本当に、反吐が出るほどムカつくわ」
視界が閃光に包まれる。
目を開けたアリアの視界には、再び地獄のような戦場が映し出された。爆発し四散したカイルの機体。金色の魔導核を暴走させるノクティス。
「貴女を止めて、すべてを終わらせる……! グレイス、これが最後。一緒に、戦おう!」
アリアの宣戦布告に、ヴァルキュリアの深紅の魔導核が、かつてないほど激しく脈動した。深淵から汲み上げられる、初代英雄の膨大な魔導エネルギー。それがアリアの神経、血管、細胞の一つ一つへと濁流のように流れ込んでいく。
「あ、あ、あああぁぁッ!!」
一瞬で限界を超えた負荷。アリアの指先が、首筋が、磁器のようにひび割れ、そこから光り輝く魔導素が溢れ出す。英雄と同じ、崩壊の運命が、静かにアリアの体を蝕み始めていた。




