第七話
赤い魔導甲冑による苛烈な砲撃。ガルド帝国の拠点が半壊し、黒煙が天を突いた絶好のタイミングで、レジスタンスの全回線に命令が飛んだ。
『――潮時だ。引き揚げろ、これ以上は無意味な被害が出るだけだ』
遠方から双眼鏡で戦況を見守っていたイグナスの冷静な指示。それを合図に、赤い機体群が一斉に発煙弾を投射した。辺りは瞬時に濃密な白煙に包まれ、風がその幕を押し流したとき、そこにはレジスタンスの影も形もなかった。
後に残されたのは、無惨に壊された施設と、虚空を睨んで立ち尽くすガルドの魔導兵たちだけだった。
一方、アルヴェリア王国の最前線基地。
ルイーズ・ハルバード総大将は、冷え切った廊下を一人歩いていた。
部下たちの離反、そして度重なる裏切り。本来ならば軍法会議ものの失態だが、レジスタンスの激しい攻勢を前に、王国上層部も今は現場の粛清どころではない。
ルイーズはある部屋の前で足を止め、三度、硬い音を響かせてノックした。
「ルイーズ・ハルバードだ。入るぞ」
そこは、ヘルマン小隊に宛てがわれた、かつての栄光とは程遠い狭い待機室だった。
ダリル、ソフィア、ヴォルフ。三人はルイーズの姿を認めると、弾かれたように立ち上がり、一糸乱れぬ敬礼を捧げた。
「総大将……。俺たちの処分が決まったんですか?」
ダリルが、手にしていた情報端末を背後に隠しながら問いかける。
「いや、様子を見に来ただけだ。……ヘルマンはどうした?」
「彼は……体調を崩したとのことで、自室に籠っています。ここ数日の心労が、限界を超えたのでしょう」
ソフィアの答えに、ルイーズは小さく息をついた。元より現場を統率する器ではなかった男だ。崩壊する部隊の重圧に、精神が耐えきれなかったのだろう。
「そうか。……ダリル、あまり無茶はするなよ」
ルイーズの鋭い視線が、一瞬だけ彼が隠した端末に向けられた。だが、彼女はそれ以上の言及をせず、踵を返して部屋を去った。
自身の執務室に戻り、扉を施錠したルイーズは、懐から携帯用の魔導通信機を取り出した。
「私だ。……レオン。今確認してきたが、やはりダリルの奴、何かを企んでいる」
ノイズ混じりの返答に、ルイーズの唇が僅かに綻ぶ。
「釘は刺しておいたが、あいつの事だ、納得がいくまで止まらんだろうな。……ああ、わかっている。あの子は嘘を吐くのが致命的に下手だからな。計画については、何も伝えていない」
彼女の瞳に宿るのは、総大将としての冷徹さではなく、一人の姉としての慈愛だった。
「お前たちが派手に暴れてくれているおかげで、王国政府も私を監視する余裕を失っている。……あぁ、今のやり方に反感を抱く兵士は多い。……そろそろ、限界だな。こちらの話は通してある。私たちは、いつでも動けるぞ」
通信機越しの弟と、静かに意思を通じ合わせる。
「……あぁ。終わらせよう、この無益な戦争を。王国そのものを、作り直すんだ」
通信を切り、デスクに広げられた極秘の軍再編計画書をかき集める。鍵付きの引き出しにそれを納めたとき、ルイーズは小さく、祈るように呟いた。
「まさか、あの子が生きていてくれたなんてな……」
計画は最終段階。あとは引き金を引くだけだ。
冷徹な総大将の仮面の下で、ルイーズは弟が生きているという奇跡に、震えるほどの安堵を覚えていた。




