第一話
レジスタンスのベースキャンプ、その冷え切った格納庫の中で、アリアは独りヴァルキュリアを見上げていた。
王国を離脱して以来、どれほど操縦桿を握っても、機体は死んだように沈黙したままだ。まるで、王国を捨てたアリアを拒絶しているかのように。
「グレイス……。やっぱり、怒ってるんだよね。……貴女は、アルヴェリアを守り続けた『英雄』なんだから」
俯きながら零した言葉は、巨大な鋼鉄の壁に跳ね返るだけだ。
「でも……ノクティスを止めるには、貴女の力が必要なの。お願い、もう一度だけ、私と一緒に戦って……」
必死の願いも虚しく、ヴァルキュリアの魔導核は冷たい闇を湛えたまま、何の反応も示さない。
そこへ、背後の重厚な扉が開く音が響いた。
「おや、アリア君。……やはり、ここにおったか」
白衣を翻し、リュシアンが静かな足取りで近づいてくる。
「ヴァルキュリアは相変わらずか。……グレイス嬢もしぶといのう」
「す、すみません……。私が不甲斐ないばかりに、お役に立てなくて……」
申し訳なさに身を縮めるアリアに、リュシアンは慈しむような笑みを向けた。
「顔を上げなさい。予測していたことじゃよ。……あの子は元来、争いを好まぬ優しい性格じゃった。それを政府や国民が『英雄』に祭り上げ、戦場へ引きずり出したのじゃ」
リュシアンは懐かしむように、巨大な翼を見上げた。
「境遇を同じくするキミなら、あの子の孤独に寄り添ってやれるかもしれん。……グレイス嬢を、宜しく頼むぞ」
「……はい。頑張ってみます」
アリアの返答を見届け、リュシアンは小さく頷いて格納庫を後にした。
再び訪れた静寂。アリアはヴァルキュリアの脚部にそっと手を触れた。
「リュシアンさんは、貴女も私と同じだって言ってた。……戦いたくなかったのに、居場所を守るために、誰かに認められるために、戦うしかなかったんだよね」
アリアの脳裏に、王国の基地や街中で向けられた視線が蘇る。
『英雄』を敬う眼差し。けれどその裏には、「最前線で敵を殺してこい」という残酷な期待が渦巻いていた。
「私も、怖かった。人を殺したくなんてなかった。……でも、施設を追い出されて、お兄ちゃんもいなくなって……生きていくには、兵士になるしかなかったの」
両手で耳を塞ぐ。聞こえるはずのない、あの頃の喧騒。
「でも、ミナやカイルは、無理して戦わなくてもいいって、『アリアはアリアだ』って言ってくれた。だから私は、自分を見失わずにいられた」
アリアは顔を上げ、決意を込めて魔導核を見つめた。
「私……もう、大切な人達を失うのは嫌! お願いだから力を貸して、グレイス……! 今度は誰かに命じられて戦うんじゃない。私の意志で、みんなを守りたい!」
強く言い放った叫びは、しかし、無情な静寂に吸い込まれていった。
ヴァルキュリアは依然として動かない。けれど、アリアの瞳に絶望の色はなかった。
「……また来るね。貴女も、いつまでもその『英雄』っていう檻の中に閉じこもってるべきじゃないと思うから」
アリアは静かにそう告げると、鉄の匂いの立ち込める格納庫を後にした。その背中を見送るように、ヴァルキュリアの魔導核が、ほんの一瞬だけ、脈動するかのような淡い光を放った。




