第二話
レオンは『グレイス・ヴァレンティア』と記された古い記録を手に取り、静かに語り始めた。
「まず、初代英雄――グレイス・ヴァレンティアについてだ。彼女は最初から英雄だったわけじゃない。そもそも、彼女が入隊した当時、この世にヴァルキュリアという機体は存在していなかったんだ」
レオンが目配せをすると、リュシアンが重い口を開いた。
「……うむ。ここからは、機体の設計者であるワシから話そう。グレイス嬢は天涯孤独の身でな。家族もおらず、軍という組織だけが彼女の居場所じゃった。そして、彼女は類まれなる才を持っていた」
リュシアンは一度言葉を切ると、苦渋に満ちた表情でアリアを見つめた。
「彼女の魔導素保有量は、アリア君と同じく通常の数十倍。ワシの研究チームは、その膨大なエネルギーを余すことなく破壊力に変換する『魔導戦装』を開発した。それがヴァルキュリアじゃ……」
「エネルギーを……破壊力に……?」
アリアが震える声で繰り返す。リュシアンは深く頷いた。
「そのヴァルキュリアの出力に、肉体が耐えられるはずもない。乗り続けるほどに細胞は壊れ、崩壊していく。ワシは……あの子の『戦い続けたい』という狂信的な願いを聞き入れ、魂を魔導核へと定着させる研究をし、そして実現させた。肉体が消滅する瞬間、その魂を魔導核へ吸い上げ、機体そのものを彼女の『体』とするように」
部屋が凍りついたような静寂に包まれる。アリアの耳元で、あの女性の笑い声が今までになく鮮明に響いた。
「じゃあ……あの声は、本物の……。でも、どうして私が……っ!」
「あの子は今も戦場を求めておる。そして王国政府は、『英雄』を絶やしたくなかった。それが、おぬしの兄を奪った事故の正体じゃ」
レオンが叩きつけるように広げたのは、過去数年の『暴走事故』の集計リストだった。
「政府はグレイスの次の『英雄』……つまりアリア、お前だったわけだが……それを探していた。ランダムな魔導甲冑の魔導核に『グレイスと同等のマナを持つ者にのみ反応する』という選別コードを仕込んでな。強制的にデータを書き換えた影響で、適合しない者が触れれば、魔導核は不安定になり爆発する。お前の兄も、他の多くの兵士たちも、お前を見つけ出すための『試作品』として使い潰されたんだ」
「そんな……! お兄ちゃんは……ただの、テストの結果で死んだっていうの……!?」
アリアの叫びに、ミナがたまらず彼女を抱きしめる。カイルは拳を血が滲むほど握りしめ、机の上の資料を、いや、その背後にいる王国政府を睨みつけた。
「アリアがヴァルキュリアのパイロットに選ばれた途端に事故が止まったのは、これ以上パイロットを探す必要がなくなったからだ。俺の事故も、真実に近づきすぎた邪魔者を消すための意図的な細工だろう」
レオンの冷徹な言葉が、王国の闇を剥き出しにする。
「事前に聞いてはいたが、改めて吐き気がするな。兵士を部品としか見ていない」
イグナスが忌々しげに吐き捨てた。
「……グレイスについては、ワシの罪じゃ。あの子は今や、戦うこと以外を忘れた亡霊となってしまった」
リュシアンが髭を撫でる手は、隠しようもなく震えていた。
「……さて、感傷に浸っている時間はない。俺たちがやるべきは、この狂ったシステムそのものを破壊することだ」
イグナスの言葉に、全員の視線が鋭さを増す。
悲劇の真実を知ったアリアは、涙を拭い、怒りに燃える瞳で机上の資料を見つめ返した。




