第七話
カイルは、沈黙したままのヴァルキュリアを担ぎ上げると、脇目も振らずに駆け出した。
背後では、味方であったはずの特務小隊が困惑と怒りの声を上げている。
「何を考えている、カイル・ヴェルナー! 止まれッ!!」
魔導通信機から響くのは、ダリルの裂けんばかりの怒号。
「カイル! そっちは基地とは逆方向よ! 戻ってきて!!」
ソフィアの悲鳴に近い呼びかけを振り切り、カイルは約束の座標だけを目指した。
「止まれカイル! ――これ以上は、強行手段を取らせてもらうぞ!」
ヴォルフが魔導銃の銃口を、カイルの背中へと固定した。引き金に指がかけられた、その瞬間。
――ッ、ガキィィンッ!
どこからか放たれた一筋の光が、ヴォルフの魔導銃を握る右腕を正確に撃ち抜いた。火花が散り、間髪入れずに放たれた二射目が、彼の乗る魔導甲冑の左膝を粉砕する。
「なんだと!?」
ヴォルフの乗る魔導甲冑が、無様に地面へと崩れ落ちた。
「ヴォルフ・エーデル! ……くそっ、ソフィア・シュタイン、彼を連れて基地へ戻れ! 救護が先だ!」
「でも……! わかりました、了解です!」
ソフィアは渋々頷くと、行動不能になったヴォルフに肩を貸し、撤退を開始した。
「リサ・フェルナー、俺と共に追跡を続行するぞ! ……アーヴァイン・カスティアはどうした? さっきから応答がないが!」
「落とされたって報告は無いよ。……ねぇ、まさかさっきの狙撃」
リサの脳裏を過る、あの完璧な微笑みを崩さない狙撃手の顔。その嫌な予感に答えるかのように、二機の行く手を正確無比な狙撃が阻む。
それは殺すための一撃ではない。関節部を掠め、機動を制限し、カイルとの距離を無理やり引き離すための「精密な外科手術」のような狙撃。
「アーヴァイン・カスティア! 現在地を報告せよ、これは命令だッ!」
ダリルの叫びに返ってきたのは、言葉ではなく、コックピットの装甲を削る鋭い弾丸の衝撃だった。
「まさか、マジでアーヴァインなの!?ふざけんじゃないわよ!!」
リサが通信機越しに悪態をつくが、返信はない。
沈黙を守ったまま、アーヴァインはただ機械的に、かつての仲間たちの足を止め続ける。
一定の距離を保たされたまま、二人はカイルが逃げ込んだ先で一台の大型車両を視界に捉えた。その荷台には、魔導甲冑を収容できるだけの十分なスペースが確保されている。
「まさか、アレに乗せて逃げ切るつもり!?」
「落ち着けリサ・フェルナー! カイル・ヴェルナーの脚部を狙え、機体ごと止めるんだ!」
ダリルが魔導銃を構え、カイルの背中を照準器の中心に捉える。
だが、ダリルが引き金を引くよりも早く。
カイルが向かう丘の向こう側から、二機の「異質な」魔導甲冑が姿を現した。
――深紅の装甲に、不気味に脈動する緑色の魔導核。
王国軍でも帝国軍でもない、独自の配色と意匠。噂にしか聞いたことのなかった、レジスタンス組織『灰の灯 - アッシュ・ランタン -』の所有機。
それは、閉ざされたアルヴェリア王国の平穏が、完全に終わりを告げた瞬間だった。




