第五話
軍を離反する決意を固めてから数日。アリアとカイルは、平静を装いながら出撃の準備を進めていた。すべては「灰の灯 - アッシュ・ランタン -」と合流し、この狂った連鎖から抜け出すために。
だが、その希望を切り裂くように、本部に引き裂くような警報が鳴り響いた。
『緊急事態発生!緊急事態発生!魔導兵部隊は直ちに出動せよ!繰り返す――』
あの日、アリアが初めて戦場へ引きずり出された時と同じ、死を告げる不吉な旋律。
「……ガルドの魔導戦装が、接近中だと!?」
兵器庫は蜂の巣を突いたような騒ぎに包まれていた。偵察網を潜り抜け、喉元まで迫った死神。そこへ、血相を変えた情報部員が駆け込んでくる。
「偵察部隊は全滅!黒曜三刃隊に捕捉され、十分前に通信が途絶したとのことです!」
この混乱は上層部の失態か、あるいは「実験」のための舞台装置か。だが、死神が目の前まで来ている以上、選択肢は一つしかない。
「アリア・フィオル、ヴァルキュリアを起動させろ!特務小隊、迎撃に出るぞ!」
アリアは震える手で操縦桿を握り、紅い翼を広げて空へと飛び出した。
戦場の中央。金色のマナを撒き散らす漆黒のノクティスが、一機で王国軍を蹂躙していた。
「各自散開!随伴機のいない今が叩くチャンスだ!」
ダリルの号令に合わせ、特務小隊が死角から肉薄する。上空からはヴァルキュリアが急降下し、その魔導剣を叩きつけた。
ギィィィィィィィン――ッ!
火花を散らし、二機が至近距離で交錯する。飛び散る魔導素の残滓が、灰となってヴァルキュリアの魔導核に降り注ぐ。
その瞬間、耳元で囁き続けていたグレイスの声に混じり、別の「声」が脳内に直接流れ込んできた。
『……君は……私と同じ匂いがする……』
凍りつくような冷たさと、泣き出しそうな孤独。
「え……? 誰なの?」
『私と同じ……閉じ込められた、檻の中の匂い……』
恐怖がアリアを支配し、反射的に機体を後退させる。ノクティスの中にも、自分と同じように魂を削られている「誰か」がいる。その事実に打ちのめされる彼女に、カイルの切迫した通信が届いた。
「アリア!どうした、返事をしろ!」
「……大丈夫、なんでもない……っ!」
アリアは無理やり自分を奮い立たせ、再び戦線へ加わった。
だが、ノクティスの動きは絶望的なまでに洗練されていた。特務小隊の精鋭たちが束になっても、その影を捉えることすらできない。
「早すぎるっつーの!出力上げたそばから置いてかれるんだけど!」
「リサ・フェルナー、深追いをするな!俺たちがやるのはヴァルキュリアの援護……最悪、アリアを逃がすための盾になれ!」
ダリルの非情な決意。ソフィアも、ヴォルフも、既に防戦一方で限界は近い。
その疲弊を見透かすように、頭の中でグレイスが嘲笑った。
『また、皆を犠牲にして自分だけ逃げるの?……憐れなアリア。あなたはもう、何も考えなくていい。私にすべてを委ねれば、全部消してあげる』
甘い誘惑。意識が真っ白に塗り潰されそうになった、その時。
ヴァルキュリアの横を、一機の魔導甲冑が猛スピードで駆け抜けていった。
「アリア!行けッ、お前だけでも逃げるんだ!レオン隊長のところへ!!」
カイルの声だった。軍令でも、任務でもない。
戦友の少女を守るため、カイルは死神の鎌へとその身を投げ出した。




