第二話
アリアが本部へと帰還してからも、彼女は休む間もなく会議や連日のデータ収集に追われていた。ミナは親友の安否を確かめることすら叶わないまま、ついにレオンとの「約束の日」を迎えてしまう。
指定の時刻が迫り、ミナは自室の鍵を固く閉めた。カーテンを引き、物音ひとつ漏らさぬよう息を潜めて、手元の魔導通信機を凝視する。
静寂を破り、低く短い着信音が鳴った。ミナは小さく跳び上がり、震える指で通信を開始する。一度大きく深呼吸をしてから、闇から届く声を待った。
『――約束の時間を守ってくれて助かる。さっそくだが、本題に入ろう』
ノイズ混じりのレオンの声は、以前よりもどこか冷徹で、重い響きを帯びていた。
『これは君を信頼しての話だが……何よりアリアの命に関わることだ。俺は今、「灰の灯 - アッシュ・ランタン -」という組織に身を寄せている。王国の歪みを正し、この無益な戦争を止めるために動いているレジスタンスだ』
「は、はい……。あの、アリアに関わることって……?」
ミナはおずおずと問い返した。「レジスタンス」という言葉の響きに、心臓の鼓動が速まる。
『アリア、そしてヴァルキュリアを軍から引き剥がしたい。ミナ、君にアリアを説得してほしいんだ。軍を抜けるように、とな。……カイルも一緒だ。今の彼女を支えられるのは、君たちしかいない。もちろん、君もこちら側へ来てもらいたい』
「軍を抜ける……?そんな、脱走兵になるなんて……!」
ミナの声が裏返る。王国の兵士として訓練を受けた彼女にとって、それは想像を絶する裏切りだった。
『よく考えてみてくれ。正体不明の機体を調査するために、兵の命を「コスト」として使い潰す今の軍を。……あの暴走事故も、決して偶然などではない。アリアの兄も、俺たち灰翼中隊も、仕組まれた陰謀の犠牲者に過ぎないんだ』
――コスト。
先日、会議室の側を通った時に耳にした冷酷な言葉が、ミナの脳裏に蘇る。アリアが戦場に出るたびに擦り切れていくのは、彼女の心が「部品」として扱われているからではないのか。
『いつ君やアリアが、政府の暗部へ生贄として捧げられるか分からない。それが今のアルヴェリア王国だ。……ミナ、君も気づいているはずだ。アリアはもう、限界だと』
ミナは、憔悴しきったアリアの横顔を思い出した。あの透き通るような微笑みが、いつの間にか仮面のように凍りついていたことを。このままでは、彼女は本当に壊れてしまう。
「……でも、離反なんて、どうすれば……」
『アリアたちの次の任務が決まった時、こちらから迎えを出す。輸送車両を用意するから、そこにヴァルキュリアを載せてくれ。あとは俺たちが引き受ける。君の安全も保証する、安心していい』
レオンの言葉は、崖っぷちに立たされたミナにとって、細い、けれど唯一の救いの糸に見えた。
「……分かりました。アリアとカイルも、私が必ず説得します」
今はただ、親友を戦場から、そしてあの白い牢獄から解き放ちたい。
ミナは通信機を握りしめ、自分に言い聞かせるように強く頷いた。数日後には次の出撃が迫っている。それまでに、二人の心を動かさなければならない。




