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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第三章 都落ち(1428~1429)
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第4話 ラリサ入城

 新帝国歴1428年、夏。


エドヴァルドは第一帝国期の終わりに帝国軍を悩ませたエッセネ地方を統括する公爵となった。といえば聞こえはいいが、収入はほとんどない。主君や周辺国が制圧されてもエルセイデ大森林に潜み帝国軍を撃退し続けた古代エッセネ女公の主城であるラリサとその城下町だけがエドヴァルドの直轄領である。


この地方は雷雨が盛んで、王都よりもさらに蒸し暑く虫達も巨大でエドヴァルドには不気味に映る。赴任するにあたりイーデンディオスが彼の師のイザスネストアスという魔術師を呼んでくれた。他に二人の魔女もついている。

間もなく任地に到着するという所でイザスネストアスが使い魔で偵察し、襲撃を受けている事を知った。


ちょうど通過中だった領主の手勢を借りて追い払う事に成功したものの、エドヴァルドは赴任する直前に領地を賊に焼かれて資産をほとんど失ってしまっていた。ダリウスがエールエイデ伯に送った援兵も撃破されていて、ラリサに帰還出来なかった。

王都からスーリヤを護送する為について来た王の兵士も役目が済んだので引き上げてしまった。


結果、エドヴァルドに残された兵力は10人も無い。


元帝国騎士がエドヴァルドとスーリヤを警護しているので、攻めて来るような愚かな貴族はいないと思われるが城下町の治安を守るには心もとない。警備がいないとわかれば盗人もやってくるだろう。


領地の事はおいおい考えるとして、エドヴァルドは魔術師達に母を安全な所に運び入れるよう頼んだ。


依頼を受けた魔術師達の長、イザスネストアスはスーリヤを最も高い白い塔に運び込んだ。

スーリヤに近づくと感染する危険性が高い為、魔女が体をすっぽり覆う服を着て魔術で檻に入った椅子ごと浮かせて彼女を運んだ。相変わらずスーリヤは狂気の笑みを浮かべて話しかけられても反応する事は無い。その体にはぼこぼこと寄生虫のような物が飛び出たり、また体に戻ったりしている。


エドヴァルドは都落ちの道中も引き離されてその光景を見る事も禁じられていた。

スーリヤは檻の中でほとんど幽閉のような扱いになっている。

まずは棲み処の安全を確保しろと言われていったんは心を切り替えて公爵としての政務に専念する事にした。


ラリサの被害は甚大で城門も城壁もあちこち崩れていて城として用を為さない。

昨年来た時よりも酷くなっている。


家畜小屋からはダリウス一家の衣服や人骨が発見された。

アルカラ子爵に兵力提供して貰って賊の大部分は殲滅したが、一部には逃げられた。まだまだエッセネ地方の各地に賊が入り込んでいるようなのでそれも早く討伐しなければならない。


ひとまずこの城の住人だったイオラとヴィデッタを呼び出してラリサの領地の事を尋ねた。


「悪いけどこの城の年長者で生き残りは君達だけのようだ。あまり助けてやれなくて済まない」

「はい・・・無念ですが仕方ありません」


城の中庭のあちこちで敵味方関係なく死体を積み上げて王都からついて来てくれた老兵ベロー達が焼いている。その悪臭が塔の中の執務室まで匂ってきていた。


執務室にはエドヴァルド、シセルギーテ、メッセール、そしてイザスネストアスとその弟子達がいる。


「イオラさん、前はダリウス殿達からちゃんと聞けなかったけれどこの地方を治める上での注意点とか問題点があれば教えて欲しい」


イオラは家政婦長ではあるが、書庫の管理を代官の妻としていたのである程度学もある。

マクー鼠や疫病による赤字財政続きで本来旗下にある貴族達も太守に従って貢納していない事を告げた。


「例年なら収入はどれくらいある?」

「一億オボルほどの筈ですが、今年は酷い事になるかと思います」

「そうだね・・・」


1割でも得られればいい方だと思われた。賊があちこちに火を放ったせいで風車は焼かれ、水車は破壊されていた。住民から製粉税も取れない。再建しようにもラリサに貯金は無い。

倉庫も何もない事に怒った賊が火を放っているので今年の収穫までに再建は必須だ。


「助けてくれそうな貴族はいるか?」

「・・・皆、ダリウス様には非協力的でした。でも、公爵閣下になら協力してくれる筈です。エールエイデ伯やアルカラ子爵に人足を出して貰っては如何でしょうか」


エドヴァルドは悩んだが、見栄を張っても仕方ない。助けを求めるしかないようだ。


本来は逆である。

この地域の統括者である大貴族が旗下となる貴族を守ってやらねばならない。

この国では自分の領地を守れない貴族は貴族の資格を失う。

そして旗下の貴族を庇護してやれない太守は太守たる資格を失う。


エドヴァルドはマクー鼠について尋ねようとしたが、イオラ達が説明するまでもなくその脅威の実例が発見された。

巣穴に落ちて死んだと思われたネフィルを賊の警戒に当たっていたメッセールの従士が発見した。ただし、顔も食い破られて誰が誰だかわからない状態だった。

衣服からヴィデッタがネフィルだと断定した。


「エドヴァルド様、どうかお医者様の手配をお願いします」


ネフィルは息も絶え絶えの状態だが、まだ辛うじて生きている。

エドヴァルドは勿論医者を呼ぼうとしたが、魔女が止めた。


「この少年はもう駄目よ。噛まれた時に病気に感染しているし、この状態からじゃ助けられないわ。鼠が協力して人間を運ぶとは興味深いわね」


ヴィデッタは冷たい台詞に弱々しく抗議した。


「せっかく生きながらえたのに、そんなのって・・・あんまりです」

「残念だけど、どうにもならないわ。せめて病の研究に利用させて貰いましょう」

「利用?利用だなんて!」


ユリウスを助けて貰った恩があるので逆らいたくは無かったが、数少ない幼馴染を見捨てるだの、研究に利用するだのは論外だった。

ヴィデッタの抗議にゼーゼーと荒い息を吐きながらネフィルは取りなした。


「・・・いいんだ。俺はもう・・・分かってる。・・・お前を嫁に貰いたかった・・・な」


僻地の代官の与力の付き合いは狭く、同格の者同士で結婚するのが当たり前なのでネフィルとヴィデッタは来年には祝言を上げる予定だった。持参金の問題さえなければもう結婚していた筈なのに、とヴィデッタは既に戦死していた父を恨んだ。


長い白い髭を擦りながら老魔術師イザスネストアスは彼女に謝罪した。


「すまんな、お嬢さん。だが、この者達は魔獣や鼠の対処には慣れておる。この地方からその凶悪な鼠を一掃してくれるじゃろう」

「本当ですか?」

「ああ、約束しよう」


ネフィルは間もなく息絶えて、遺体はラリサの城から運び出され魔術師が作った裏手の研究室に運び込まれた。


 ◇◆◇


 ヴィデッタは本当にマクー鼠に対処出来るのか問うた。


「ああ、こ奴らは元々はスパーニアという大国にあるイーネフィール大公家の魔術師でな。お隣は鼠の魔獣を使役するイルラータ公という凶悪な奴じゃった」


魔獣化した鼠に領内を荒らされないよう錬金術師によって鼠避けが作られていたという。

時間はかかったが魔女二人、オルプタとミリアムという魔術師達は地元の素材で合成できるマクー鼠避けの薬を錬金術で作り、疫病についてもマクー鼠が媒介する事を突き止めて治療薬を作った。

研究室で動物実験を行い弱毒化、繁殖力を低下させた個体を解き放ったりと様々な努力を行った。これまで高い費用をかけて錬金術師に作って貰っていた鼠避けに出費する必要がなくなり、田畑も荒らされなくなり財政は改善するのだが、それにはまだ10年単位で時間がかかった。


エドヴァルドはその問題についてはオルプタらに任せる事にして、人手不足の問題を解決すべくアルカラ子爵をラリサまで召喚した。

ダリウスにはあまり協力的では無かったようだが王家の命令ということで彼はすぐにやってきた。


「ご協力については承知いたしました。可能な限り人を出させて頂きますが、納税については多少お勉強させて頂きたく・・・」

「賊の被害を受けた地域については免除するが、君の所は受けていないだろう」

「はぁ、まあ仕方ありません。ところで殿下は何故こんな・・・辺境へ?」


王都の事情に疎い子爵はエドヴァルドを『王子殿下』として応対していた。


アルカラ子爵は王国で15ある地方の中でももっとも貧しい辺境の太守を王子が任せられた事を不思議に思っていた。

父に疎まれたからだよ、とはエドヴァルドも口にしづらい。

エドヴァルド付きの騎士となったメッセールが答えづらそうにしている主君の代わりに口を出した。


「卿が知る必要はない。国王陛下のご沙汰だ」

「これは失礼を」


とは言ったがアルカラ子爵は納得しがたい顔をしている。

イザスネストアスが彼に説明してやった。


「王妃スーリヤ殿がご病気である事は知っておろう。何らかの悪辣な魔術が関わっていると思われるが治療法がわからん。しかし、エッセネ地方は辺境とは言え古代はかなり栄えていたともいうし、この地方の激しい雷には邪気を払う力があるともいわれておる。そしてエッセネ地方は非常にマナの濃度が濃い。研究もはかどるじゃろう」


王が旧友のフランデアン王に頼んで研究者を借りてここに派遣したのだとイザスネストアスは説明してやった。


 ◇◆◇


 エドヴァルドはラリサの城下町の視察を終えてから一息つき、ヴィデッタを自分の侍女になるよう命じた。


「嫌だったら別にいい」

「とんでもありません。誠心誠意お世話させて頂きます」

「イオラさんと交代でユリウスの世話は続けていいから、他に使える子がいたら紹介して欲しい」


といわれてもヴィデッタは誰にもこの役目を譲る気はなかった。

一応、エドヴァルドはヴァニエという東部地域出身の少女を連れていたが、まだ意思疎通に難があり、引き続き彼女はトレイボーンの助手を努めている。太守の権限で彼女にはラリサの市民権を与えた。


人手不足でもエドヴァルドは城の事をもっと把握せねばと城内を視察しているが全ては回り切れない。


「何故こんなに塔が多いのかな?」


ラリサには小さいものを含めると51もの塔があり、二階や三階部分は空中回廊で複雑に連結されていた。エドヴァルドの質問にヴィデッタが答える。


「城の規模に比べて多すぎるとお感じですか?」

「うん、まあ」

「防衛用というより一種の神殿として古代のエッセネ女公はこの城を築かれたようです」

「何のために?帝国と戦っていたんだろうに」


エドヴァルドの疑問は当然だった。

城内にある小さな塔ややたらと細い塔は防衛の役には立ちそうに無い。


「この城の裏手にオルタ・エイペーナの森という聖なる森があります。そこには神獣がいるとされて、古代から人の侵入を拒んでいるそうです。女公もその力を借りる為に神に捧げる塔を築かれたのではないかと」


帝国と東方諸国の間の戦争が終わっても、その神獣は帝国軍の侵入を拒み続けた。

幾多の帝国騎士を葬り、帝国が総督制を廃止して引き上げた後も多くの騎士や魔獣狩りの傭兵団が戦いを挑んだが、神獣と崇める存在を討伐に来たと知ると、土地の者達は毒蛇を寝所にこっそり差し入れて彼らを暗殺するようになった。


名声を得ようとやって来る者と土地の人々の争いになり、闇討ちが横行して治安は悪化した。バルアレス王国の時代になって王の直轄領となり他国人の通行を厳しく制限するようになってようやく落ち着いたのだった。


「なるほど」


以前来た時に神獣の話は聞いていたが、もっとダリウスから話を聞いておけばよかったと後悔した。


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2022/2/1
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