第5話 着任式とシセルギーテ
エドヴァルドはひとまずエッセネ地方の貴族に対して招集をかけた。
顔合わせ、賊の対策について協議、貢納についての再確認などの為だ。
諸侯に臣従を誓わせる場を飾る為、王からの支度金を使って謁見の間だけでもどうにか侍女達が整えている。
着任には代々のエッセネ公爵としての儀礼様式がある為、エドヴァルドはイオラに書庫の記録を参照して準備を進めるよう命じた。
エドヴァルドは自分の権威を補強する為、魔術師達も諸侯に紹介する事にした。
彼らは帝国や大国出身の一流の魔術師なのでここの田舎貴族達も一目置くだろうと計算して。
ひとまずは城下町の名士を城内に呼び紹介したが、魔術師が塔の上に浮遊して聖なる森を眺めている事に苦情があった。
彼らは自分達が長い間守ってきた聖域を見下ろされるのが嫌なのだという。
住民から忠誠を得られなくなるので、エドヴァルドは彼らの意見を聞いて魔術師達に自粛するよう依頼した。
「見下ろすのも駄目ですが間違っても聖域に入らないで下さいよ」
「わかったわかった。もうせんわ」
イーデンディオスと違ってイザスネストアスは大分砕けた老人だった。
王子相手にあまり敬意は払ってくれていない。
いちおうエドヴァルドは師匠の師であり、年長の老人と聞いていたので丁寧に応対した。彼の見た目はイーデンディオスより幾分若い。
「もしかしてもう聖なる森に行ってみたりしましたか?」
「あー、まあな。だが、二度とせんから安心せい。森の奥はあちこち蜘蛛の巣だらけじゃ、木々に網でもかかったような状態じゃった。巨大樹の一帯が見えたが、無理に聖なる森に入ろうとしたら死ぬな。君子危うきに近寄らず、じゃ」
「誰が君子ですか」
口を挟んで苦笑するイーデンディオスだった。
「老師、改めてこの城に務める事になる者達に自己紹介をお願いします」
地元の名士達はあまり帝国人を歓迎していない雰囲気だったのでエドヴァルドは身近な者達から少しずつ打ち解けさせようと試みた。城下町の住人の大人たちは復旧作業に忙しいので、城には少年達が勤める事になる。
ディアマンティスやクレメッティ、そして城兵の子供達が雇われた。
この国に来て長くなったイーデンディオスが師と妹弟子達を彼らに紹介した。
「こちらは私の師匠でイザスネストアス。帝国でもそれなりの地位にあった魔術師で、現役の帝国貴族でもあります。公職にはついておらず、道楽でフランデアン王に協力しておりました。今回はスーリヤ様の治療と魔術の研究もかねてエッセネ公爵に力添えさせて頂きます。そして、こちらの女性がオルプタ。毒物の扱いに長けた魔術師です。ミリアムもそうですが医学に詳しく領民の皆さんの役に立てるでしょう」
「僕に医学を教えて貰う事はできますか?」
エドヴァルドは母に『化け物』という言葉を投げてしまった事を後悔し、出来れば自分の手で治したいと思っていた。が、イーデンディオスは首を横に振る。
「君には向いていません。領主の道でも無ければ武人の道でもない。意識があればスーリヤ様も反対されるでしょう」
「その通り。だいたい医学の道に進んだ所で大成するのに何十年もかかるでしょうに」
シセルギーテも同意する。
「でも・・・何とかしたい。自分も少しは貢献したいんだ」
エドヴァルドは大人たちの反対にめげずに主張を重ねるが、長老のイザスネストアスは他にやることがあるじゃろうと諭した。
「ならば、まずはこの地方を富み栄えさせる事じゃな。お主に出来る事、お主でなければ出来ぬ事じゃ。王から幾ばくかの支度金は頂いてきたが、研究には金がかかる。安全な場所を確保して動物実験をせねばならんし。魔術が絡んだ毒なら解毒には錬金術師の手も借りる必要がある。儂らも多少は使えるがまずは研究してみなければならんの。スーリヤ殿の容態は安定しておるから、慌てず時間をかけてやるしかない。わかったかの?」
世知辛いが金が無ければ人も雇えず、薬も調達出来ない。
エドヴァルドは不承不承に頷いた。
「それで母上の治療は本当に可能なのでしょうか」
「・・・正直いってお主には説明しづらい」
イザスネストアスは母を想う少年の心情を慮って口を濁した。
「・・・不可能なのですか?」
「そうではない、そうではないのだが・・・」
口を濁すイザスネストアスに変わってオルプタが説明した。
衛兵も含めて魔術師とシセルギーテ以外は全て部屋の外に一旦人払いしてから会話を続ける。
「ありていにいってスーリヤ様の体に薬品を試すのは慎重にしなければならないのよ。どうしたって人体実験になる。場合によっては体の一部を切り取ってそれを使って試験するわ。貴方はそれを聞きたい?」
「母上に実験!?」
エドヴァルドは憤るが魔術師達にとってその反応は予想の範囲内なので一様にああやっぱり、という顔をする。
「そうよ。普通の病人なら薬を投与してもある程度排泄される。しかしいまのスーリヤ様は排泄も飲食も必要としていない体。つまり投与した薬品は全て体に残る。良薬でも副次的な反応で体に害を与える場合があるけど、それもずっと残るのよ。慎重な投与計画が必要なの。坊やに理解出来る?」
「やめんか!」
オルプタの物言いは挑発するかのようだったのでイザスネストアスが窘めた。
長い付き合いになっているイーデンディオスはエドヴァルドに忍耐を求めた。
「オルプタの物言いに問題はありますが、要はそういうことです。下手な刺激は危険を招きます。そしてスーリヤ様の状態がここまで酷い事を領民にも知られてはなりません。知られればきっと感染を恐れて城ごと燃やしにやってくるでしょう」
◇◆◇
着任式にはあまり多くの貴族は集まらなかった。
予定の半分以下でそれも代理人ばかりだった。
どいつもこいつも歓迎する気も忠誠を誓う気も無いと知ってエドヴァルドは不貞腐れた。体は大きくなり武術において既に同年代で比肩しうる者がいないほどの才能に恵まれていてもエドヴァルドはまだ精神的に子供だった。
そして諸侯は代理人を通じて貢納を拒否した。
皆、賊やマクー鼠の対処で困窮しており、とても太守に人も金も出せる状況ではないと通告した。
こういう場合、他の地域ならば太守は諸侯を断罪して領地を召し上げる事も出来る。しかし、エドヴァルドは足元を見られていた。兵力10人以下で、自分の領地を賊から守る事すら出来ないのである。賊への対処に失敗したのは代官ダリウスの責任なのでエドヴァルドのせいではないのだが、それは今更どうしようもない。
「フン!マクーの対処方法が確立したら連中に高値で売りつけてやる!!」
エドヴァルドはもう自分の直轄地のラリサが復興すれば後はどうでもいいとヴィデッタに辺り散らした。
「おっしゃる通りで御座います。もともと彼らがダリウス様に従っていれば賊など昨年のうちに始末できていた筈でした。いずれ困ってエドヴァルド様に泣きついてくる筈です」
ヴィデッタは既にエドヴァルドに心酔していたので、主君の判断にまったく意を唱えずむしろ諸侯への恨みを晴らそうと煽動した。
「子供っぽいのう・・・。そなたはまだまだ実績が無い上、諸侯の懐事情が苦しいのも事実じゃろうに」
「苦しいのはこっちですよ!」
イザスネストアスは一応諫めてはみたが、エドヴァルドの取り巻きは誰も耳を貸さなかった。クレメッティにせよディアマンティスにせよエドヴァルドと対して年齢は変わらない。
武術の師であるシセルギーテはさらに過激な事を言った。
「何なら見せしめに私が誰か適当な首でも取って来ましょうか?」
帝国騎士の中でも上位の存在であるシセルギーテなら一人でも城に乗り込んで領主の首を取って来る事はできる。
「正直、それくらいやりたい所だが・・・まあ止しておこう。シセルギーテも最近あまり体調が良くないみたいだし」
シセルギーテは火性の力が暴走しやすい為、昔オルプタの世話になって水棲魔獣の力で抑え込んだ事があるのだが、再び悪化していた。スーリヤの世話はほぼトゥーラに一任されているが、彼女も憔悴の色が濃い。
エドヴァルドは母も失いたくないが、家族も同然のシセルギーテやトゥーラも失いたくはない。
エドヴァルドが当面エッセネ地方の統括を投げ出した事で、この地域は群雄割拠の体を成してしまった。
◇◆◇
エドヴァルドが城兵として訓練を受けている子供やクレメッティ達と稽古をしている時にシセルギーテがやってきた。
今の彼女は武装を解いていて、スーリヤからの感染を防ぐ為に黒いヴェールの侍女姿をしている。
「どうした?」
「少しこちらへ」
シセルギーテはエドヴァルドと二人きりで話したいといって少年達から引き離して連れ出した。
「なんだよ」
「左手を見せてください」
む、と唸ったがエドヴァルドは大人しく手を差し出した。
そしてシセルギーテはその手を触診して、エドヴァルドは痛みに顔をしかめた。
「・・・やっぱり。あんな大斧を素手で受け止めるような無茶をするから。メッセールも今まで気づかなかったとは・・・。いけませんね」
スーリヤの護衛と世話に専念していたシセルギーテは最近エドヴァルドと稽古をしていなかったので気づくのが遅れた。
パルタス戦士の大斧は魔力の壁を越えてエドヴァルドの体を傷つけていた。
訓練用に滑り止めの包帯を巻きつけていたので今まで誰にも気づかれなかったようだ。
「強引に抑え込んだので魔石にヒビが入っていますね。これが破壊されていたら貴方の手は千切れ飛んでいましたよ。二度とあんな無茶はいけません」
「このくらい平気だ」
「魔石を作り直す必要があります。イーデンディオス殿達に頼んでおきましょう」
魔石に魔力を補充するのは身に着けている魔導騎士本人に出来るが、再生するのは魔術師達の力を借りる必要があった。
「・・・彼らに少し頼りすぎじゃないか?」
どうもエドヴァルドは釈然としない様子である。
「スーリヤ様は皆に愛されているお方でした。彼らを派遣してくれたのはフランデアン王のご厚意です。貴方の為ではありませんから、貴方が違和感を感じてしまうのも仕方ありませんね」
ありていにいって脳筋気味の騎士だったシセルギーテがこんな風に優しくエドヴァルドに接するのは珍しい。
「お前こそ大丈夫なのか?体の調子も悪いみたいだし、母上のお世話が辛いんじゃないか?」
母の世話は自分がやるというエドヴァルドだったが、シセルギーテはいつものように断った。
「誰も近づかないように見張っているだけですよ。何度も言いますが、貴方がスーリヤ様に近づく事は許しません。貴方にはスーリヤ様のお元気で美しかった姿だけを覚えていて欲しいのです」
「僕は・・・もう小さな子供じゃない。母上の御姿を見ても二度と取り乱したりはしない」
「なら、自暴自棄な戦い方は慎んでください。貴方に、もしもの事があったら・・・スーリヤ様が目覚めた時何とお詫びしたらいいのですか・・・?お願いですから、もう無謀な事はやめてください」
シセルギーテは生まれた時からスーリヤの乳姉妹として過ごし、長年護衛を勤めて彼女が結婚した後は帝国騎士として勇名を馳せて故郷とスーリヤに間接的な貢献をした。歴史上初の女性近衛騎士にもなれたほどの才能だったが、今は引退して僻地で主とその息子を守っている。
スーリヤだけでなくエドヴァルドまで失えば彼女の人生は無意味だ。
エドヴァルドはシセルギーテの肩が少し震えているのを見た。
黒いヴェールに隠されてシセルギーテの表情は見えないが、泣いているようにも見える。
「わかった、わかったよ。出来るだけ慎重に行動する。諸侯もこちらに攻めたりはしてこないようだから、シセルも母上の安全を確保しようと連中を襲撃したりするなよ」
「はい」




