第3話 ラリサの危機③
「まぁ、なんでもいい。お前も人質にしてやるぜ」
二人の男は剣を抜いてエドヴァルドに歩き出す。
ヴィデッタは慎重に後ずさりして他の賊の位置を確認した。
ほとんどは巨漢の男について城へと戻り始めていた。雷雨が激しくなってきたので彼らはまだ後ろの異変に気付いていない。
「公爵様、まだ賊が・・・」
「心配いらない。お前は伏せていろ」
エドヴァルドには油断している元奴隷戦士二人組など敵では無かった。棍で武器を弾いて簡単に打ち伏せた。騒ぎに気付いた巨漢らが戻って来たが、バルアレス騎兵達が森の中から押し寄せてきた。身軽な遊撃兵が木々の隙間から弓矢を放ち、槍騎兵らが接近して次々と賊を討ち取る。さすがに正規軍と寄せ集めの賊では練度の違いから勝負にならず呆気なく戦いは終わった。
覚悟を決めた半裸の巨漢が斧を持ってエドヴァルドに襲い掛かるも、騎士の一人が槍を投じてその足を貫いた。従士達が賊を捕らえエドヴァルドの前に組み伏せ、顔をあげさせた。
エドヴァルドは賊を見下ろして問いかけた。
「お前、パルタス兵か」
「ああ。お前は誰なんだ?」
エドヴァルドはめんどくさげにもう一度自分の官位を名乗った。
「間が悪かったな。しかしパルタス兵がこんな真似をするとは・・・ヴァレリウスが嘆いているだろう」
「あぁ?なんでお前があの無能の事を知ってるんだ?」
賊は訝し気に見ていたが、顔をまじまじと見てはたと気付いたようだった。
「・・・ん?あぁ、あの時のガキか」
エドヴァルドの名前までは覚えてなかったが、前にパルタスを訪問した際の決闘騒ぎを見ていた。
「そうだ。お前達は誇りある戦士だと思っていたが、勘違いだったらしい」
「はっ、誇りある戦士ね。そんなもんの為にあの馬鹿はイナテアを庇って故郷は焼き討ちにあった。お前らが帝国人を引き込んだんだ!お前らのせいでみんな故郷を焼かれた!」
パルタス人に船は無く帝国まで復讐にいけないから隣のバルアレス王国を襲ったらしい。
逆恨みも甚だしい。エドヴァルドはこの男を処刑する事にした。
「あのパルタスの戦士が泣き言とはね」
エドヴァルドが失望も露わにして見下ろすと怒った巨漢は暴れようとしたが、従士達が体重をかけて抑え込んだ。
「お前の仲間はあと何人いる?吐けば楽に殺してやる」
「はっ、俺が仲間を売ると思うか?」
「盾を失ってもまだその程度の誇りはあったんだな。まあいいさ」
エドヴァルドは巨漢の斧を両手で掴みどうにかして持ちあげた。
「お前の腕力なんかじゃ俺の首は落とせないぜ。代わって貰ったらどうだ?」
巨漢の僧帽筋は太く固そうだ。普通の少年の腕力では切断できそうにもない。
が、エドヴァルドは斧を振り下ろして一撃で首を落とした。
ヴィデッタは振り下ろす瞬間、彼の手の甲が光ったのをみた。
彼女も一応騎士の娘なので魔導騎士が持つ魔石については聞いた事があった。この少年は既に魔導騎士の修行を積んでそれを使いこなしているのだ。
半裸のパルタス兵は他に何人かいて騎兵達が連行して来たが誰も仲間の事を喋らなかった。
「次」
エドヴァルドが命じると次々と賊は引き出され、少年は王印を押すように淡々と処刑していく。斧を振り落す度にぼとり、ごろごろ、と生首が転がって斜面の下に溜まっていった。
生首がごろごろ転がって恨めし気な目で見られるとさすがにヴィデッタは空恐ろしくなってしまう。
既に7人ほど処刑し、残り5人という所で女騎士が剣を振るって全員処刑してしまった。
「余計な事をするな、シセルギーテ!処刑は裁断を下した領主の仕事だ!」
「ここは戦場だと判断します。裁判の場ではありません」
「だが、敵兵の残りがわからないと・・・、お前分かるか?」
エドヴァルドがヴィデッタに尋ねた。
「あの・・・申し訳ありません。隠れていたので賊の全容はとても・・・」
ヴィデッタは自分の役立たずさに恥じ入って俯く。ヴィデッタが隠れていた部屋から敵の全容を把握するのは無理だった。
「いいのよ、それより赤ちゃんをこちらへ」
マスク姿の中年の魔術師が兵士達を割ってヴィデッタの所にやってきた。
女性の魔術師のようでユリウスを受け取ると魔術で濡れた服を乾かして柔らかい布でくるみなおしてくれた。
「偵察は使い魔がやっておる。最後の一羽じゃからあまり酷使できんがのう」
また一人の老人の魔術師がやってきて杖を突きながら石の上に腰を下ろし瞑想を始めた。
ヴィデッタはユリウスを返して貰い、魔女に問いかけた。
「あの・・・あのお爺さんは何を?」
「今、ラリサに飛ばしている使い魔と意識を同調させているのよ。貴女はアルカラ子爵と退避していなさい。子爵の事はご存じ?」
「ええ。子爵も助けに来てくれたんですか?」
「渋っていたけど、お尻を叩いてやったのよ。王家の命令だといってね」
ヴィデッタも奪還作戦に加わりたかったが、今は弟やユリウスを優先しなければならない。子爵は戦いの事は分からないというので兵員だけ提供して後方待機している。
そこには森の中で隠れていたクレメッティやディアマンティス、そしてイオラも保護されていた。
イオラはヴィデッタに気が付くと喜色満面にして駆け寄りユリウスともども抱きしめた。
「イオラさん、良かった。ディアも無事ね?」
「姉さんも」
「じゃあ、ユリウス様は任せるからね」
「え?」
ヴィデッタはユリウスを弟とイオラに任せてからラリサの奪還作戦に志願した。
◇◆◇
奪還作戦は魔術師達が中心になって作戦を立てた。
まず、塔の上の見張りを遊撃兵の矢で狙い撃ちにして敵の目を潰す。
矢の軌道は魔術師が修正するので失敗する事はなく、物音も魔術で封じる事が出来る。
予め敵の首領と思われる男の位置を使い魔が確認し、襲撃は昼間に行う事にエドヴァルドは決めた。
老魔術師はエドヴァルドに念を押した。
「良いのか?夜でも使い魔の目は利くぞ」
「屋内にいれば鳥の使い魔では目が届かないでしょう?それに夜間の作戦に正規兵達はついて来れないと思います。シセルギーテはどう思う?」
問いかけられた女騎士は少年の言葉に頷いた。
「そうですね。夜では同士討ちになったり敵が物陰に潜んで逆に襲われるかもしれません。昼間に正面攻撃した方が損害は少ないと思います」
夜間では敵も逃げやすい。
取りこぼす数が増えるとのちのち不味い事になると判断した。
「それならば兵士達にもよく言い聞かせた方がよかろう。優先目標を正確に、な」
「わかりました」
エドヴァルドは騎士達と相談して、作戦の最優先目標は城の奪還であり敵の殲滅ではない事を告げた。
「敵が逃げ始めたら掃討は偵察騎兵に任せる。我々は城内の敵を殲滅し王の領地を賊から取り戻す。パルタスの盾を持った戦士はメッセールとシセルギーテに任せて、他の者は奴隷戦士を始末しろ。山賊風情に戦死者を出すことは許さない、いいな!」
「「はっ」」
ヴィデッタはエドヴァルドに作戦参加を志願したが拒否された。
「女が戦う必要はない。復讐は俺達に任せておけ」
「でも、あのシセルギーテという騎士様がいらっしゃるじゃありませんか」
「あいつは別格だ。お前はユリウスを守っておけ」
「・・・・・・」
ヴィデッタは項垂れて返事をしなかった。
エドヴァルドは納得してくれたものと思っていたが、彼女は後ろから付いてきて勝手に参加してしまった。
エドヴァルドが連れてきた戦力は100名足らずだったが、あちこちに分散している賊を殲滅するには十分な数だった。事前に使い魔で偵察して精鋭パルタス戦士を倒す順序も決めてあり苦戦する事もなかった。
参加した兵士達を最も苦しめたものは住人達の悲惨な死に様だった。
死臭が漂い、そこらには血しぶきがそこらの壁や天井についている。
矢の的にされた老婆、木に吊るされた子供達、地面に体を埋められて豚の餌にされ、頭を齧られて首から上が残っていない性別不明の遺体の数々。
放置された洗濯物のように死体がそこらの壁にかけられ、水の代わりに血が滴り落ちていた。
エドヴァルドが事前に訓示を行っていたにもかかわらず兵士達は怒りから敵兵を追跡して城外にまで出てしまった。
戦力は分散してしまったが、エドヴァルドは構わず最優先目標の敵の親玉らしきパルタス戦士の下へと向かった。
「若!お待ちください。お一人では!!」
「うるさい、メッセール。こんな雑兵どもは俺一人で十分だ」
騎士の鎧を身に着けていない身軽なエドヴァルドは途中で部下達から離れて単独で一直線に向かってしまった。
◇◆◇
ヴィデッタは投石で他の兵士達を援護しながらついてきていたが、ここで一気にエドヴァルドに引き離されてしまう。エドヴァルドは小塔の踊り場で指揮している首領を確認すると、二階の空中回廊に飛び上がり、回廊の上の柱を走って首領の下まで一人で飛び出した。
「人の家をよくもここまで荒らしてくれたものだな」
「まだ、お前らがやった事の百分の一も返していないぞ」
首領は大斧を担いで平然としている。
斧にはまだ血がこびりついて拭われてもいない。
「連合で不幸があったようだが帝国がやった事だ。こちらの民を殺した所でなんの報復にもならない」
「帝国の支配体制に協力している以上、お前らも敵だ」
「馬鹿馬鹿しい。お前らの市民の中にもこちらに働きに出てくる者もいたし、連合本部も帝国とは協定を結んでいたんだからまず身内を粛清すればよかっただろ。負けてから下らない理屈をこね回すなんてみっともない奴だ。パルタスの恥さらしめ」
自分の半分も生きていない少年に蔑まれた男は怒りを露にする。
「このクソガキが!!」
首領は大斧を振り下ろしてエドヴァルドを掴もうとしたが、エドヴァルドは左手でその刃を掴んでしまった。
「なんだと!?」
首領が斧を押し込もうとしても、引き戻そうとしてもエドヴァルドはびくともしなかった。
「これが王族と平民の力の差だ。身の程知らずが。頭を垂れるがいい」
「だからお前らが嫌いなんだよ!!」
生まれの違いによる絶対的な力の差、魔力の差が身体能力に大きな差をつけていた。エドヴァルドの左手は魔力に覆われて大男の力でも叩き切る事は出来なかった。必死にエドヴァルドを追うヴィデッタは彼の左手の魔石が激しく光るのを見た。
「頭を垂れろと言ったぞ」
エドヴァルドは右手に持っていた棍を放り捨てて、指を首領の両目に差し込み眼窩の奥の骨を掴んで強引に頭を引き下ろした。
首領は悲鳴を上げながら斧を捨ててエドヴァルドの両手を掴んで抵抗しようとしたが、やはりびくともしない。
次にエドヴァルドは頭を掴んだまま、首領の腹を蹴り飛ばした。
魔力によって強化された蹴りは首領の腹を爆散させて体を真っ二つに引き裂いた。
エドヴァルドは無関心にぽいっと首領の上半身を塔の踊り場から下へ投げ捨てた。
「げえっ」
あまりに強力な一撃と、臓物をまき散らしながら落下してくる首領の死体をみて敵味方問わず驚いて戦いを止めてしまう。
大半の賊はこれで戦意を失って逃げるか、降伏を申し出て来たが、少し離れた塔の上にいた賊の弓兵はエドヴァルドを狙って矢を放とうとしていた。
ヴィデッタはそれを目ざとく見つけて投石を放ちそれを食い止めた。
戦闘終了後の戦評でも彼女の投石はパルタス兵相手に意外と役に立っていた事が報告されエドヴァルドからも「やるじゃん」と褒められた。
彼女は僅かながら、ダリア達の復讐を遂げ主君を守ることにも成功した。




