間章・風の乙女の消せない傷痕
『楽しい!』
心の底から湧き上がってくる感情に身を任せ、その名の示す通り一陣の疾風となり谷を駆け巡る。風の大精霊・シルフィードは、追っ手である優姫の事を置き去りに更に加速していく。ただの1度も、後ろを振り返る事なんてしないで、思うがまま気の向くままに、游ぐように大空を飛び回る。
ちゃんと優姫が付いて来ているのか気になる所だけれども、だとしてもシルフィードは振り返らない。何故なら、もしも振り返ってしまって、頬の緩みきってしまった今の自分の表情を、彼女に目撃されてしまうのが恥ずかしいからだ。
そう自覚出来る位には、自分の頬がデレデレに緩みきっていると理解していた。今のこんな表情、優姫やエイミーは疎か、自分の娘達やフェアリー達にだって見られたくない。
本人曰く『歴としたレディーとして、大人の威厳をみんなに見せないといけない。』らしいのだが、普段の彼女にそんな貫禄が無いのは、当人も内心自覚している所なので、それを更に下げるような行動は、あまり取りたくないのだ。
とは言っても、元々裏表が無い性格で見た目通り活発なシルフィードにとって、その時その時の想いや感情を表現するのを、自制するというのはなかなかに難しい。そんな事が出来ていれば、優姫達を尾行するなんて事を、思い付く筈がそもそも無いのだから。
だから本人も大人の威厳を示すと言いつつ、何時の頃からか『あ、無理だ。』と悟り、公言はしていないが半ば諦めモードだったりする。その事に薄々気が付きつつも、知らない振りをして対応しているんだから、シルフィードの娘達の方が逆大人でなかなかに曲者だったりする。
その件については、また別の機会にするとして、何故シルフィードがここまで嬉々としてはしゃいでいるのかと言えば、昨日の件が多いに関わっていた。優姫とガイアースとのあの一戦、当然のようにその一部始終を目撃していた彼女もまた、トパーズ達やアクア同様に優姫に心動かされた1人だった。
『ありがとう!ありがとう、優姫ちゃん!!キミのお陰で、ガイアと数千年ぶりに仲直り出来たんだ。こんなに…こんなに嬉しい事なんて無いよ!!』
面と向かってお礼を言うのは恥ずかしいけれどと、苦笑交じりに呟いた言葉を一瞬で置き去りにして、音速で飛ぶ彼女の頬が更に緩む。破顔しきった頬の皺が、打ち付ける強風でビロビロと波打つ様は、成る程確かに誰にも見せられない。
数千年前、ほんの少しのすれ違いから、ガイアースと仲違いをしてしまった事を、ずっとシルフィードは悔やんでいた。その外見と性格の通り、楽しそうにしていたとしても、嬉しそうにしていたとしても、何時だって心の片隅にシコリの様に残っていた。
それもまた無理からぬ事だろう、精霊王となる以前から友人関係だった2人が、神代戦争の切っ掛けとなった互いの母の処刑の後、共に邪神への復讐を誓い合った間柄だ。その誓いに準じた2人は、神代戦争で烈火の如き活躍を見せて、勝利に多大な貢献を果たした。
そこまでは良かった。復讐という動機はどうあれ、2人の活躍によって、世界の脅威を退ける事が出来たのは事実だし、2人が先頭に立つ事によって、多くの命が救われたのも事実だ。
しかし、その活躍があった所為で、世界中の人々は当たり前の事を見落としていたのだ。いくら凄まじく強かろうと、いくら長命な元精霊種であろうと…2人が見た目通りの年端も行かない、母親が恋しい少女であったと言う事を。
だからこそ、その精神が未成熟であった為に、ただただ復讐心に駆られて戦い続けた。勝利に多大な貢献をしたとは言っても、当人達にその自覚は無いので、結局の所結果論でしか無い。
彼女達の胸中を察する余裕が、当時の大人達には無かった。むしろ、その想いを利用していたと言われても、きっと仕方ない話だろう。
だからこそ、もしも当時の彼女達を、正しく導ける存在が居たのならば、ガイアースが心を閉ざす事は無かっただろうし、シルフィードの屈託無い笑顔が曇る事も無かったし、きっと彼女達が仲違いする事も無かった。優姫の言葉を借りるなら、『子供が笑顔で居られないクソッタレな世界』だったのだ、当時のこの世界は。
そんな世界だったからこそ、年端もいかない少女達を、英雄として祭り上げる事に何の抵抗もなかったのだろう。その結果、種族としての考え方や立ち位置の違いから、少しづつズレが生じ始めてしまったのだ。
方や、武器の扱いにも長けた種族で、ガイアースを英雄と讃え、血気盛んに追撃戦に打って出たドワーフ達。方や、争いを好まず戦う術もほとんど持ち合わせない種族で、今のシルフィードからは考えられない程、憎しみに染まったその表情を恐れて、距離を取ろうとしたフェアリー達。
方や、ドワーフ達の士気に当てられ、彼等を率いたガイアース。方や、フェアリー達の畏怖を感じ取り、それが切っ掛けで我に返ったシルフィード。
そんな彼女達が、互いの価値観から仲違いする結果となったのは、ある意味で当然だった。
そして、復讐心に駆られ続け、荒みきった心は周りに向ける眼さえ曇らせ、同族だったドワーフ達から忌み嫌われ孤立する事に、ガイアースはなったのだけれど、彼女程では無いにせよシルフィードも、それに近い扱いを受けていた時期があった。
まず、フェアリー達が感じた畏怖の感情を、払拭する為の時間は相当掛かったし、神代戦争以降、幾度か行われた追撃戦や迎撃戦に、ほとんど参加する事は無くなった。それも全て、自身が守るべき存在であるフェアリー達を、第一に考えた結果だったのだけれど、何時の頃からか心ない者達が後ろ指を指して、彼女の事を臆病者と呼ぶ様になったのだ。
フェアリー達を守ると決めた事に一片の悔いも無いし、今でもその選択は正しかったとさえ、シルフィードは思っている。だが、1度は英雄と讃えておきながら、こんなにもあっさりと手の平を返されるのかと、当時の彼女は思ったものだし、同じ精霊種達の中にもそう囁く者が居る事に、憤りを感じた事さえある。
だからこそ、ガイアースと仲違いした事をずっと後悔していたし、定期的に彼女の様子を伺う様な行動を取っていた。素直に仲直りしたいとずっと考えて居たいし、他の精霊王に相談した事だって、1度や2度では効かない位だ。
しかし、仲直りしたいとずっと思っていても、それがなかなかに難しかった。ガイアースにしてみれば、自身もまた手の平を返した者達の1人なのだから…
顔も知らない者達が、好き勝手に言う分にはまだ良い。だが、友として…ましてや同じ境遇の同志として、復讐という強い感情で変わらぬ誓いを交わした者同士にも関わらず、価値観の違いからとは言え、自分から離れて行ったのだ。
別れ際、ガイアースに『裏切り者』と罵られ、蔑まれても仕方が無いと感じていたし、何よりもそんな事を彼女に言わせた自分が許せなかった。そして、その台詞を吐き捨てる様に呟いた時の、冷え切った死人の様なガイアースの表情が、シルフィードの心を恐怖に縛り付けて、たった一歩踏み出す勇気さえ奪っていたのだ。
それも今までは――の話だ。見た目に精神が引きずられているのかも知れないとは言え、彼女は数千年もの間、思春期の少女さながらの鬱積した想いを抱いていた。
それを、まるで鼻で笑うかの様な優姫の行動を目の当たりにしたのだ。年甲斐は無いだろうが、見た目の年齢通りにはしゃいだって、きっとバチなんて当たらないだろう。
始めはただの好奇心だった。イリナスから新たな精霊王を迎えると聞き、どんな人物か見極めようと――ついでに、何かしらからかうネタでも見つけようと――思い至った時には、そう言った欲望にはただただ忠実な彼女だから、既に行動に移った後だった事は言うまでも無い。
彼女にとっての優姫の第一印象は、『面白そうな子』だった。性格的に似た部分がある2人だからか、シルフィードはひと目見て優姫の事を気に入っていた。
気付かれない様に尾行を続け、下位精霊止まりに過ぎなかった優姫が、最高位精霊のイフリータに一太刀所か傷を負わせた所や、この世界で仮にも女神として崇められているイリナスに、怯む事無く啖呵を切った件など、それまでの常識では予期せぬ出来事を、その目で実際に目撃していき、シルフィードのテンションは更に高まっていった。
昨日に至っては、あろう事かガイアースに喧嘩を吹っ掛け、あれだけ頑なだったその心をこじ開け、無理矢理とは言え諭す事に成功したのだ。長年に渡り、自分に出来なかった事を、意図もあっさりやってのけた優姫を、立場を度外視して羨望したってきっと許されるだろう。
むしろ自分の不甲斐なさが酷すぎて、いっそ滑稽で笑えた位だ。自分の弱さが無様で、不甲斐なさ過ぎて、それでようやく第三者の手によって、大事な友人を窘められる悔しさに気が付いたのだから。
大事だからこそ、自分が傷付こうと構わず、ガイアースに向き合うべきだったのだと、後になってようやく気が付いたのだ。その時点で後の祭りだと悟り、自分の滑稽さに笑いながら泣いていた。
だからと言って、それに気付かせてくれた優姫には、感謝の念しか無い。そもそも、この世界の住人であるのならば、間違っても守護者に喧嘩を売ろうとする者など居ないのだ。
それはシルフィードにも言える事で、守護者同士の私闘など本来あっては成らない。互いに消耗し合うだけで済めばまだ良いが、それによって起こりうるだろう周辺被害は、良くても自然災害を軽く上回るだろう。
それだけの力を有している者を相手に、諫める為とはいえ戦いを挑む者なんて、そうそう居る筈も無い。相手が出来るだけの力があるとしても、周囲に甚大な被害が出ると解っていたら、下手に手出し出来る筈も無い。
詰まる所、この世界の常識や理に明るい者ならば、挑もうなどと思い付く筈も無く、見て見ぬ振りをする他無いのである。逆を言えば、この世界の常識や理に縛られる事ない異世界人で、挑むだけの力がある優姫だったからこその結果とも言える。
その点は、シルフィードもよく理解していた。或いは、こういう結末に成る事を見込んで、クロノスは彼女を選んだんだろうという事も。
しかし、それが何だとシルフィードは考える。例え必然だったとしても、結果的にガイアースの心をこじ開けて、彼女と彼女の子供達に手を差し伸べたのは、他の誰でも無い異世界人の鶴巻優姫なのだ。
この結果を期待して、彼女を選んだクロノスでも無ければ、そのクロノスの指示に従って、彼女を召喚したイリナスでも無い。ましてや、誓いを立てておきながら、袂を分かった自分でさえ無い。
本来なら、縁もゆかりも無い筈の異世界人が――それこそ、見て見ぬ振りをしたとしても、誰からも批難されないであろう1人の少女の強い心が、周りの人々の心を突き動かし、頑なだったガイアースの心をさえこじ開けた。
『人の心を動かすのは、何時だって人の心か…あぁ、その通りだね優姫ちゃん。そんな当たり前の事に気が付くのに、ボクは随分と遠回りしてしまったみたいだよ…』
自分の何分の1も生きていない癖に、なんて烏滸がましい事は思わない。だって自分もガイアース同様に、当時の頃に心を置き去りにしてきた1人なのだから――
だから、ガイアース同様自分も優姫に救われた。優姫の決して折れぬ強い心に当てられて、自分もまた動かされたのだと、シルフィードは自覚していた。
優姫の為になるのならば、何だって喜んで協力しよう。今後もし、優姫の契約者たるエイミーが、守護者に成る事を嫌がって、それでもラズベルが強要しようものならば、例え相手が女神だろうと優姫達の側に着こう。
あの悪名高い軍国が、今後活躍して行くであろう優姫に、目を付けない訳が無い。ならばその時は、例え邪神との最前線を維持している要所だったとしても、一切の遠慮も容赦もしない。
考えたくない事だけれども、仮にもしイリナスやクロノスと、優姫が敵対せざるを得ない状況に陥ったのならば、その時だって優姫の味方に付くと誓おう。娘達は巻き込めないから、余り考えたくは無いけれどと、考えながら1人身勝手に誓う。
優姫に面と向かって言ったなら、きっと苦笑しながら迷惑だと言われるだろう、だからこれはシルフィード個人が、勝手に誓いを立てるに過ぎない。それだけの大恩があると、彼女はそう考えていたのだ。
本当だったら、試練なんてまどろっこしい事だってせずに、好きなだけ自分の力を優姫に渡そうなんて考えて居た。彼女達も、先行していると言う仲間と合流したいみたいだったし、そうするべきだったのかもしれない。
けどそうしなかったのは、彼女の子供じみた我が儘の所為だ。ずっと彼女達を観察してきて、鶴巻優姫という人物の事が、彼女も気付かない内に惹かれていたのだろう。
更にガイアースの件を経て、今日初めて優姫と面と向かって会話した事で、ますます彼女が気に入ってしまったのだ。試練なんて口実にして、もう少しだけ一緒に居たいと思う事は、果たしていけない事なのだろうか?
ピシッ…
もう少し、あと少しだけ――せめて日が暮れるまでの間だけでも、童心に返って遊んでいても良いでは無いか。日が暮れて、遊び疲れた人間の子供達が、お腹を空かせて家路に着く光景を、微笑ましく眺めていた事がある。
それまで、夢中で遊んでいた子供達が、夕餉の匂いが漂ってきた夕暮れ時になって、夜のとばりから逃れる様に、蜘蛛の子を散らして帰って行った後の、あのなんとも言えない物寂しい雰囲気は嫌いだった。そうなる前には終わらせるから――
バキンッ!バキバキ…ビシッ!!
『あと少し…もう少しだけ、優姫ちゃんと一緒に楽しんでいたかったのに…おまえ達は、何時もそうだったな。すっかり忘れていたよ…』
それまで、音速を超えて飛び回っていたシルフィードは、不意に聞こえてきたガラスの割れる様な音を耳にして、何の前触れも無く唐突にピタリと静止する。それに伴い、彼女が本来置き去りにする筈だった風が、行き場を失いその場で剛風となって巻き上がる。
「人が折角、心の底から楽しんでいたって言うのに。全く…」ゴオオオオッ!!
俯き気味に吐き捨てる様に呟きながら、まるで感情の抜け落ちた表情で、音のした方角へと顔を向けるシルフィード。同時に谷全体の風が騒ぎ出し、轟音と突風を伴い谷の外縁に風の壁が出現した。
外界との接触を一切拒むかの様に出現したその壁は、どんどんとその威力を増していき、遂には小規模な台風という様相を呈していた。
「虫ケラ共が…よくぞボクの前に姿を現せたね!」
ガシャンッ!!
殺気立って叫んだシルフィードの言葉とほぼ同時、視線を向けた先――空間にヒビの入ったそこから、一際大きな音が立ったかと思うと、そこから黒光りする三本指の手と思しき物がヌッと姿を現し、それが割れた空間をガシッと掴まえる。
それが、バキバキと周りの空間を砕いていき、空いた穴を大きくしようと蠢きだした。
『…ルフィー…シルフィー!!聞こえますか!?』
時を同じくして、シルフィードの頭の中に直接語りかけてくる声があった。それに意識を向けつつも、未だ蠢く黒い手を警戒するのも怠らない。
「やぁ、イリナスちゃん、ちゃんと聞こえているよ。慌てふためくなんて、キミらしくないんじゃ無いかな?
『冗談を言っている場合ではありませんよシルフィー!!結界が…』
「あぁ、ちゃんと見えているともさ。どうやら、思った以上に疲弊しているみたいだね
『すみません…』
「謝る事じゃぁ無いよ。いずれこうなるだろう事は、ボク達だって気が付いていたんだからさ。それで、修復は出来そうなのかい?
『なんとかしてみせます。ですが時間が…』
「なんだ、そんな事か。それこそボクに任せておくれよ。そもそも、ココはボクが守護している場所さ、奴等の勝手になんかさせやしないよ。」バキンッ!!
再び大きな音を立てて、広がった穴から顔を見せた黒い手の持ち主の姿は、先程彼女が口にした通りの姿。比喩でも何でもなく、紛れもなく昆虫のソレだった。ただし大きさも姿形も、人と大きな差は無い。
だが顔は紛れもなく昆虫の物だし、皮膚の代わりは黒光りする天然の鎧、外骨格に間違い無かった。更に現れたソレの腕は、肩の部分から生えているのは当然として、脇と腹部のちょうど中間、胸の辺り両側からもう1本づつ、計4本の腕を持っていた。
『蟲人種』それが、邪神グラムによって手ずから創造され、元はこの世界で他の種族達と共に暮らしていた第4の種族の名称だ。神代戦争の際に邪神側に着いた為、共に亜空間に封じられた種族。
その姿を直に目の当たりにして、シルフィードの感情は更に高ぶる。神代戦争から早数千年、フェアリー達の為に復讐の矛を収めたとは言え、無残に殺された母親の姿を、ただの1度だって忘れた事なんて無い。
それどころか、争いを好まず臆病な性格で、戦争に参加する事無くずっと震えて居た多くのフェアリー達さえも、奴等はお構い無しに殺してきたのだ。親玉に恨み辛みしか無いのと同様、その眷属達にも同じ感情しか抱けない。
「ボクの大事な者達を、絶対に傷付けさせたりしない!!こっちはボク達に任せて、イリナスちゃんは空間の修復に専念して!!
『…解りました。気を付けてくださいねシルフィー。我にとっては、あなたも大事な者の1人なのですから。』
「ハハッ!嬉しい事言ってくれるね~なら今度のお茶会の時に、頑張ったご褒美が欲しいな~
『フフッ…えぇ、解りました。では何か考えておきましょう。』
バキンッ!!バリバリ…ブブブブブ…
三度大きな音を立てて、遂にその蟲人が全身を現し這い出てくる。その後を追う様に、テニスボール大はあろうかという大きな蟲の群れが、不気味な羽音を鳴り響かせて飛び立ち始める。
その光景をシルフィードは、睨み付けるだけで攻撃しようとしない。下手に攻撃しようものなら、逆に空間の穴を大きくしてしまいかねない為だ。
『シルフィー、辛い戦いになるでしょうが、よろしくお願いします。他の大精霊達からも、応援を向かわせる様手配しますので。』
「あのさ、ガイアには…
『解っていますよ。今はゆっくりと休ませておくべきでしょう…』
「うん、ありがとう
『では、健闘を…』
その言葉を最後に、イリナスとの念話が途切れる。シルフィードは、荒ぶりそうな胸の内を落ち着ける為に、目を瞑って深く深呼吸を1度着いてから、ゆっくりとまぶたを開く。
「…みんな、準備は出来ているかい?」
振り返る事無く、姿を見せた蟲人を見据えながらシルフィードは呟く。彼女の背後には、音も無く集結した3人が、シルフィードに対し傅いていた。
シルフィードと同じ色の髪を持つ彼女達こそ、シルフィードが全幅の信頼を寄せる、娘にして眷属の高位精霊達だった。
「イリナスちゃんが空間の穴を塞ぐまでの間、ボク達で時間を稼ぐ。だけれども、誰1人として犠牲者を出す事をボクは許さない。いいね?
「解っております
「当然だね!!」コクコク
シルフィードの言葉に、先頭で傅いたままに答えたのは長女のイザベラ。彼女のその左側一歩後ろで、顔を上げて元気に答えたのは次女のサフィーで、その右隣でコクコク頷き続けているのが三女のネルだ。
「サフィーちゃんとネルちゃんは、他の姉妹達と連絡を取り合って、フェアリー達を精霊界に避難させるんだ
「はいよ!行くよネル!!」コクコク
シルフィードの指示を受け、元気よく返事を返したサフィーは、ネルを伴い一陣の風となって飛び立っていった。
「イザベラちゃんは、エイミーちゃん達の所に向かってあげて。エイミーちゃんの事だから心配はいらないとは思うけれど、フェアリー達を庇いながらって成ったら、流石に分が悪いだろうし
「かしこまりました。」
終始傅いたままのイザベラは、現れた時と同様音も無くフッと姿を消して、その場から去って行った。そうして1人取り残されたシルフィードは、周囲の風を巻き上げながら上昇していく。
それにまるで併せるかの様に、4本腕の蟲人が背中の羽を羽ばたかせて、空間の裂け目から飛び立った。そして――
「…チッ、やっぱりロード級かパラディンか…どっちにしろ面倒なのがこっちに来ちゃったな~」
シルフィードが舌打ちしたのも無理は無い。4本腕の蟲人が飛び立ち、彼女を見下ろす位置に陣取り、4本の腕で器用に腕組みをしたかと思った瞬間、その周囲の空間が歪んで一回り程小柄な蟲人が5体、突然姿を現したのだから。
「ま、ジェネラルやクィーン辺りじゃ無かっただけ、マシだとは思うけどね
「gi…gig…」
呆れながらに呟くシルフィードに対し、歯ぎしりの様な音を蟲人が立てたかと思うと、それに呼応するかの様に、周囲に現れた蟲人達が『ぎぃぎぃ』と不気味な鳴き声を上げる。最初の蟲人の言葉が、何らかの命令だったのか、他の蟲人達が鳴き声と共に構え、一斉に彼女に対して向かっていく。
「全く…これだから害虫駆除は面倒なんだよね~」
そうぼやきながら、今までの彼女から考えられ無い位の、凄惨な笑みを浮かべながら、向かってくる蟲人達を冷たく見据える。同時に幾つものつむじ風が彼女の周囲に現れて、それらがまるで意思を持っているかの様に、蟲人達を迎撃する為空を疾走する。
「けれど…良いよ、掛かっておいでよ。この命知らずのクソムシ共め、ここが誰の治める領域なのか…キッチリ教え込んであげるよ!!」




