17 神守師と悪魔の対峙
「何とか間に合ったみたいだな」
「そうですね」
たった今巨大な流星を叩き斬り、吹き飛ばした少年と少女は、そんな事がまるで無かったかのように言葉を交わしている。人々も、急な出来事に呆然としている。その集団の中から、苦笑を浮かべて歩み寄ってくる2人の男。
「相変わらずハチャメチャだなウォロ。冷静さはどこに消えやがった」
「まじすげぇなお前。いったい何したらこんなこと出来んだよ」
それは、ウォロの相棒グレンと、警備兵隊・第三分隊長ジャンだった。
「グレン。それにジャンも。無事だったのか」
ウォロはあまり心配していないような顔でそう問いかける。2人共そのことに気付いていたので、
「「少しは心配してくれよ....」」と見事にシンクロしながら、自分の無事を伝える。
「そういや、そっちの子は誰だ?」
ふと、グレンがウォロに聞く。それは、ウォロの左後ろで邪魔にならぬように立っていた一人の少女の事だ。
「それは後で話そう。戦いはまだ終わっていない」
しかし、ウォロはそう言うと前方に目を向ける。少し不機嫌そうなグレンも、言っていることは正しいので視線をそちらに向けた。
「なぜ暴れん坊がここにいるのじゃろうか」
その初老の男は、目の前で倒れている魔物、岩頭竜にそう呟いた。当然答えるはずもなく、彼は男を睨み付ける。
その凶暴な目線をものともせずに、老人は魔物の体をじっくり観察する。よく見てみれば、体から空へと伸びる一本の糸があった。
「ふむ。元凶は彼奴かの」
その糸を辿り、空に一人の影を見つけた老人は、その男に声を掛ける。
「お主が今回の黒幕じゃな。ほれ、こっちに来るのじゃ」
「ふざけるな....!」
悪魔族の男は、声を掛けてきた人間に腹を立てていた。魔物たちを殲滅させられ、見つかりそうになり、挙句の果てには切り札まで倒される始末。男の怒りゲージは最高潮にまで上がっていた。
「我々悪魔族はすべての生命の中で頂点に立つべき種族!その我々が、最底辺のニンゲン共に転がされていいわけがない!」
男は押さえていた妖気を開放すると、特性〔変装〕を解く。すると、足元から本当の姿が現れてくる。黒く染まった四肢。尻には尻尾が生え、歯は鋭くなる。頭には片方が途中で折れている2本の角があり、手の爪は3倍ほどに長くなる。そして、背中から生えていたのは光を吸い込むかのような漆黒の翼。
悪魔族の男が目を開けると、真っ赤に染まった瞳に憎悪の炎が燃え上がる。
「でかい魔物を斬っただけのニンゲンが、悪魔族デーモンに喧嘩を売るだと!ふざけんなよ!たかが人間風情がァ!」
男はそう叫ぶと、眼下の老人に向かって急降下した。
「ありゃ悪魔族じゃねぇか!」
ジャンが空の一点を指さしながらそう叫んだ。釣られて見てみれば、そこには漆黒の翼を広げた悪魔の姿が。その男は何かを叫ぶと、ゴルイドスを倒した初老の男に向かって急降下する。
「やべぇッ....」
グレンが助けに向かおうとするが、それを止めるように右腕を掴まれた。「何すんだ!」と言いながら振り返ると、そこにはウォロの姿があった。
「助けに行く必要はないさ」
「んなわけねぇだろ!相手は悪魔だぞ。幾ら剣の腕が立つっつっても」
「大丈夫さ。ほら、見てみろ」
「あん....?」
ウォロの言葉にもう一度目を向ける。すると、その光景に息をのむグレン。
「通り抜けている、だと....」
「どうなっているッ」
悪魔は今の状況に戸惑いを隠せない。何故なら、
「なぜすり抜けているッ」
自分の手が男の体を通り抜けているのだ。よく見てみれば、体全体がうっすら透けているように見える。
「気配はここに有った筈だぞ」
急降下している最中、討ち損なう事が無いように、気配を捉えていたのだ。その気配は、確かにこの体に有った。ではなぜこれは本体ではないのか....
「そんな事も分からんのか」
「クッ....」
突然後ろから声を掛けられ、反射的に距離を取る悪魔。目を向けてみれば、そこにはステッキに体を預ける一人の老人がいた。
「これは儂の技能〔虚影体〕じゃ。魔力で作った分身体に気配を生み出し、逆に本体の気配を極力小さくすることで偽りの体を本体だと錯覚させる。使える者は少ないから、知る筈もないかのう」
余裕の笑みを浮かべながら解説をする老人。その態度に怒りがさらに湧き上がる。今すぐ襲おうとするが、身体は何故か言う事を聞かない。
「お主の身体は正直なようじゃな。目の前の者の怖さが無意識レベルで分かっておるようじゃ」
「何言ってんだニンゲン。そんなわけないだろ....!」
「ふむ....」
老人は少し考えるように俯くと、悪魔の目をしっかりと見据えて言う。
「見せたほうが早いかの」
その言葉が紡がれた途端、老人の体から魔力が湧き出る。いや、吹き出すと言った方が適切だろうか。羽織っている暗赤色のマントよりも明るい紅の光が老人を照らす。その勢いで白く染まっている長髪や長髭が揺れる。マントが棚引き、周りの小石も重力に逆らって浮き上がる。
「な、な....」
悪魔族の男は、突然の光景に固まる。同時に感知した膨大な魔力に驚愕し、自分が何に手を出したのか嫌でも気づいた。
「お主には選択肢がある。このまま儂に塵にされるか、それとも手を引くか。もう分かっているのじゃ。お主が大戦の生き残りじゃという事がの。目的は復讐か何かじゃろ。今消えては、意味がなくなると思うのじゃがな」
「グッ....」
「儂にはお主を気遣っている時間が無い。出来ればお引き取り願いたいのじゃがのう」
体中から真紅の魔力を迸らせ、瞳を光らせながらそう言う人間族の老人。その佇まいは、もう年老いていくだけの者が持つものではない。
「名乗っておこう。我の名はマルスタ・フォン・ソル。〈ソラス神殿〉の神守師にして、【陽神】アマテラスの神柱力。お前を一瞬で無に帰す力を持つと知れ」
急に口調が変わり、厳かな雰囲気を纏う老人―マルスタ。よく見てみれば、その両目は橙に染まり、何やら模様が浮かんでいる。
「どうする、復讐に囚われし悪魔よ。決めるのだ、全てを無意味にするか、恥を掻いてでも生き延びるか」
「グググッ....」
悪魔は奥歯を噛み締めて唸る。目の前のふざけたニンゲンの息の根を今すぐ止めたいが、一方で本性は彼の危険さに気付き、撤退の案を促す。今まで何回も勘で助けられてきた男は、結果、一時撤退の案を取る。
「今回は....今回は見逃してやる。だが忘れるな。我はまたここに来て、今度こそ苦痛を味わわせてやる」
そう言って、悪魔族の男は空に飛び上がる。
「ニンゲン共よ!我が名を恐怖と共に心に刻み込むのだ!我が名はカルザー!『悪魔大戦』の生き残りにして、我ら悪魔族を再び支配者の座に着かせる者だ!」
空に浮かびながら、眼下の人々にそう宣言したカルザーは、マルスタを忌々しげに一瞥すると、次の瞬間には居なくなっていた。
「居なくなったぞ....」
眼前で起こっていた出来事に人々が呆けている中、ジャンがそう呟いた。その言葉が人々の意識に浸透するとともに、
「終わったのか....」
「もう、もう安全なのねっ」
「俺たち、生きてるぞー!」
彼らは歓声を上げた。一時はどうなるのかと心配になった者たちは、今生きているという状況に喜ぶ。
「ウォロ君、グレン君。無事だったか!」
その群衆の中をかき分けて歩み寄ってきたのは、蒼い髪に深い緑の瞳を持ったイケメン。
「ミルイさん」
ウォロは彼の顔を見てそう呟いた。そう、二人の中で物好きなイケメン学者として定着しているミルイ・クラントだ。
「こいつは?」
ジャンがそう問いかけてきたので、ウォロは折角ならばと紹介をする。
「彼はミルイ・クラント。冒険者兼学者で、主に神話について調べているんだ....ですよね?」
「ああ、その認識で構わないよ。初めまして、ミルイです」
「こちらこそ。俺ぁジャン・ケラサンってんだ。一応警備兵隊・第三分隊長をしてる。宜しくな」
「よろしくお願いします」
ミルイとジャンは、握手を交わす。イケメンとチョビ髭オヤジがにこやかに握手を交わしているのは、何とも言えないものがある....か?
「あ、そういやお前、まだ聞いてねぇぞ、その子の事。早く教え――」
「久しぶりじゃのうウォロ。元気にしてたかの」
グレンが気になっている事をもう一度聞こうとした所に割り込む男の声。邪魔すんな、と言おうとして振り向くと、杖を突いて歩み寄ってくる初老の男。暗赤色のマントを羽織っている彼は、先程人にはありえない魔力を出した男―マルスタ・フォン・ソルである。
「マルスタさん、お久しぶりです。」
「うむ。にしても、大きくなったもんじゃのう。あれはいつだったか....5年前くらいかの」
「はい。あの時お会いしてから、より一層修行に励んできました」
「そうかそうか。後で見てみるのが楽しみじゃのう」
「ちょ、ちょっとストップ」
顔を合わせた途端に思い出話を始める二人に、ジャンが焦ったように待ったを掛ける。不思議そうに見てくる二人に、困惑気味に話し始める。
「いやいや。なに急に話し始めてるんだ。この方は神守様だぞ。ほぼ誰も姿を見た事がないっていう、俺達にとっちゃまさに幻の存在だ。何普通に会話してるんだ」
真面目にそう話すジャンを尻目に、二人を顔を合わせると、一言、
「「知り合いだし?」」
「意味が分からん....」
ジャンは処理能力が追い付かなくなり、頭を抱えてうずくまってしまった。チョビ髭生やしたおっさんが、頭を抱えてうずくまる....何ともシュールな光景だ。
「ひとまず場所を移すかの」
マルスタがそう言うことでウォロ等は辺りを見渡す。生き延びた群衆たちは、未だに興奮気味に叫んでいる。このままでは落ち着いて話ができないと悟った一同は、マルスタの後について彼の隠れ家へと向かう....ジャンを置いて。
***
「ひとまず掛けてくれ。ミラシータ、お茶を」
「分かりました、お爺様」
ミラシータがマルスタに一礼する。踵を返し、三つ編みで纏めた長い朱色の髪を揺らしながら姿を消した。彼女を見届けると、客人―ウォロ達が座ったところを確認して話始める。尚、メンツはウォロ、グレン、ミルイ、ジャン、マルスタ、そしてミラシータだ。
「まずは一応自己紹介をしておこうかの。儂の名はマルスタ・フォン・ソル。〈ソラス神殿〉にて神守師の職についておる」
「じゃあ次は俺が。俺はジャン。この街の警備兵隊・第3分隊長をしている者です。神守様、領主、カルメイスに代わり、感謝の言葉を。貴方様が来て下さらなければ、この街は壊滅状態になっていたでしょう。ありがとうございました」
そう言うと、ジャンが頭を下げる。ジャンの言葉には、「救援依頼が成されていないのに助けてくれて」が抜けているのだが、マルスタは当然そのことに気付く。
「よい。今回はこの子らがいたからの。感謝するならこの子らにせい」
「ウォロ、グレン。お前らにゃまた一つ借りができたな。ありがとう」
今度は二人に頭を下げる。ウォロとグレンはその行動に少し戸惑ってしまうが、何とか顔を上げさせた。
「それにしても、領主の代わりとはのう。総隊長ならまだしも、まさか分隊長にその仕事をさせるとは....」
マルスタはそう呟くと髭をなでる。意味ありげに見詰められ、ジャンは戸惑う。しかし、何かを言い出す前に、
「なかなか肝が据わっておる。今のままでは物足りんな。警備兵隊総隊長....いや、王都警備隊分隊長ぐらいは行けるんじゃないかの?」
「いやいやいや、そりゃ恐れ多いですわ。俺なんかにゃ務まりませんって」
今度はからかうように見詰めながらそう言ったマルスタ。だが、言われた本人であるジャンは、必死に否定する。その大げさな態度に疑問に思ったグレンはウォロに聞いてみる。すると、
「王都警備隊っていうのは、ファーリエンス騎士団、国境警備団と一緒に数えられる三大兵団だ。そこに入るには、年に一度開かれる厳しい審査を潜り抜けた数人しかなれないんだ。しかも、その纏め役である分隊長や総隊長っていうのはさらになるのが難しい、狭き門なんだ」
「なるほど。要するにジャンは、めんどくさがってんのか」
「....そういうわけではないだろう」
グレンの理解した、という雰囲気に突っ込みを入れるウォロだが、グレンは気が付いていないようだ。
「ふむ、まあいいじゃろ。ミラシータもそこに座りなさい」
「はい。失礼します」
お茶を運んできたミラシータに、そういうマルスタ。ミラシータもその言葉に従い、ウォロの隣に腰を下ろす。
「そういや、さっきも聞こうと思ってたんだが、その子はいったい誰なんだ。いい加減教えてくれ」
「俺も気になってたんだ。その子とウォロはいったいどういう関係だ?」
グレンとジャンにそう問われ、ウォロが説明を始める。
「ああ、彼女はミラシータ・フォン・ソル。その名の通り、マルスタさんの血縁、正確には孫にあたる。俺の父、ウォドルの師匠がマルスタさんという縁で、たまに顔を合わしていたんだ」
「ミラシータです。ウォロさんが言ったとおり、お爺様、マルスタの孫です」
自己紹介を終え、礼をするミラシータ。その姿はお淑やかかつ優雅で、作法の慣れを感じさせられた。また、頭を下げる時にきれいな朱色の三つ編みが垂れ下がり、少し大人びた美しさも醸し出していた。実際、グレンとジャンは少し見惚れてしまったようだ。
「やっぱりミラシータちゃんは綺麗だね」
しかし、さすがに生粋のイケメンには耐性が無いのか、頬を染めて俯いてしまった。整った顔に笑みを浮かべて「綺麗」と言えば、大抵の女性は堕ちてしまうだろうが。
「まぁ、そういうことじゃ。何か聞きたいことがある奴はおるか?」
マルスタが孫娘を微笑ましげに見ながら、ウォロ達にそう問いかける。
「大丈夫です」
「平気だ」
「問題ねぇ」
「僕もです」
ウォロ、グレン、ジャン、ミルイの順でそう答える。マルスタは一つ頷くと、「それでは解散じゃ」と言った。




