16 魔物達との闘い
――遡ること30分。
ウォロは目標にしていた魔物の群れまであと数メートルの所で鞘から剣を抜いた。剣先を群れに向けて集中すると、剣に緑の光が纏わり付く。彼の気配に気づいたのだろうか。一番近くにいた豚人族が彼の方を向き、そして目を見開いた。速過ぎて気付いていない周りの仲間に警告を出そうとして口を開いたところに、ウォロの剣先が接近する。
「グゥッ....!」
〝疾風突〟
高速で口内に入ったウォロの剣は、風素の力で鋭さを増し、豚人族を呆気なく貫いた。そして、ウォロの体はそのままの勢いを保ったまま、豚人族の群れを吹き飛ばす。そしてさらに数メートル進んだところで、やっと彼の体は止まった。
「フゥ....」
後ろを振り向き、魔物の無残な姿態を見て顔をしかめながら、ウォロは呟く。
「〔元素付与〕もかなり上達したみたいだな」
彼は効果が表れたことにホッとしているようだ。しかし、ここは魔物が今、一番集中している所で、残り千体ほどのうち7割ほどが集まっていた。
そのことに気付いたのか、ウォロは顔を上げる。すると、自分を囲むように魔物たちがこちらを向いているのがわかった。豚人族や小鬼族のような人型モンスター、疾風狼や火炎蜥蜴などの動物型モンスター。今回の大群を構成するほぼ全ての種類のモンスターがいた。
「はぁ、なんでこんなに居るんだよ。ま、殺るしかないか」
ウォロは息を整えると、前方の魔物たちをキッと睨む。得体のしれない恐怖感に一瞬怯んだ小鬼族数体が、次の瞬間に首を刎ねられて息絶えた。
今まさに動こうとしていた魔物たちは、その光景に呆然としていた。獲物であるニンゲンはその場から動いていない。先程から変わっているのは、下ろされていた剣が、右に払われたまま静止している事のみ。彼が見ている方向は、首から上が無くなった小鬼族の死体。ここまで見れば、いくら知能が低めな魔物たちでも何が起こったのか理解出来るだろう。実際理解した彼らは、目の前にいる獲物が、自分たちよりも強いという事に気付き、今更ながら竦みあがった。
その状況を一瞬で作り上げた当事者であるウォロは、剣先を目の前、小鬼族達の死体の向こうにいた豚人族に突きつけると、ゆっくりと右に回る。剣に指された魔物たちは2歩、3歩と後退するが、そのことに彼らは気付いていない。それほど、目の前のニンゲンの形をしたバケモノが怖いのだ。
「おいおい、先に吹っ掛けてきたのはお前等だろう。責任、取ってもらわなくちゃなぁ」
一周したウォロは、そう言うと口の端を持ち上げる。その笑みは、獲物を狩る者が浮かべる嘲笑。目に映る爛々とした光は、狩人の浮かべるそれだ。自分が捕食の対象になったことにやっと気づいた彼らは、せめて最後に一矢報いようと、目に闘志の炎を燃やす。――既に彼らは、生きることを諦めていた。復讐に燃えていた悪魔に、そうさせられたのだ。そして、彼らはそのことに最後まで気付かなかった。
「グラアアアア!!!」
「キャァァァァ!!!」
「ウォォォォォン!!」
「ケルルルゥゥゥ!!」
豚人族が、小鬼族が、疾風狼が、火炎蜥蜴が、目の前のバケモノに最後の特攻を仕掛ける。豚人族は槍を突き出し、小鬼族は落ちていた石を投げ、疾風狼は風素を集めて打ち出し、火炎蜥蜴は炎の吐息を吐く。
四方八方から攻撃されるが、しかし、ウォロはその攻撃を躱し、捌き、受け流す。彼は一度も攻撃していないのに、魔物達は次々に倒れていく。槍が同族の血を吸い、石が仲間の額を砕き、風が家族を切り裂き、炎が同志を焼き焦がす。数多の攻撃をいとも容易く受け流すウォロの本当に凄い所は、攻撃を一撃も受けていないところではなく、その攻撃を仲間に当てているところだろう。いくら命を捨てていても、自分の攻撃が同族を、仲間を、家族を、同志を殺すことは耐えることはできない。たとえそれが魔物であっても。
自分の攻撃で仲間が死んでいることに気付いた魔物たちは、攻撃の手を緩めた。緩めてしまった。もしこのまま続けていれば、もしかしたら倒すことができた可能性もあったのにもかかわらず。バケモノに、付け入るスキを与えてしまったのだ。
「引っかかったか....」
笑みを消し、元の冷静さを取り戻した(今までのはすべて演技なのだが)ウォロは、魔物共を仕留めるべく、父から教わった、たった一つの範囲殲滅技を発動した。
「風よ ここに斬撃の嵐を 我が敵たちを 全て斬り裂け」
言葉を紡ぐと同時に、剣に濃緑の光が纏わり始める。動きを止めた魔物達に目を向けながら、剣を鞘の横に持っていくようにして構える。
「〝斬烈嵐〟」
その言葉を呟いて、濃緑に染まった剣を右に薙ぐ。その瞬間、ウォロの周りに全てを切り裂く斬撃の嵐が巻き起こった。その嵐は、その場に立ったままの魔物達の体を細切りにしながら広がっていく。その嵐は、命を止める死の象徴か。辺りにいた魔物たちは等しく死を与えられ、死後の世界へと旅立っていく。もう二度と戻ってくることのできない魔物たちは、しかし皆穏やかな顔をしていた。
ウォロがまだ魔物たちの特攻をあしらっている頃。南門前では、負傷者たちの手当てが急ピッチで進められていた。
「クッ、不覚....」
「こいつ、腕を刺されたんだ」
「では、あちらに運んでください」
「了解です」
左腕から血を流している男を運んできた男が、回復役の指揮を執っている女性に言われて、右のほうに歩いていく。それを見届けた女性は、「かなり負傷者が多いですね....」と呟いた。
彼女はベネア。‘冒険者協会’⦅アルバン支部⦆の受付嬢だ。初めの方はジャン、クルス達とともに前線で戦っていたのだが、火炎蜥蜴の攻撃を右足に被弾し、後退したのだ。南門前に担ぎ込まれ、処置を受けている間に、回復役の統率が出来ていないことに気付き、その後指揮を執っている。彼女は受付嬢になる前、傭兵のまとめ役をしていたこともあり、彼女が指揮を執って以降、効率的に負傷者の処置を出来るようになっていた。
「この街に、回復役がいて助かったわね」
後ろの光景を見ながら、ベネアはそう零した。
冒険者たちの7割ほどは、3人以上のグループを作っている。その中の一人が回復役を務めているのだ。そうすれば、回復薬などの消費を抑えられるからだ。
今回、街にはそんな回復役が7人ほどいたので、効率よく処置を進められていた。中でも、それなりな難易度の魔法を使う一人の少女に助けられていた。
「ソフィアさん、まだ大丈夫そう?」
「ええ。まだいけます」
「そう」
近くで処置をしていた女性に声を掛けるベネア。彼女は、体をすっぽりと覆う魔法衣を纏っていて、フードを深くかぶっているので、見ただけでは体格どころか性別も判らない。しかし、ベネアは彼女に処置をしてもらっていて、また昇格試験で会っていたので、彼女を知っていたのだ。
「未だに魔力補充薬を使わないなんて、あなたはよっぽど魔力収集の効率が良いのね」
「生まれつきそうなんです。それに、元々の魔力も多めですから」
「そうなのね....あっ、また一人、お願いできる?」
「誰ですか」
「彼。右肩が炭化しているみたいね。多分貴女しか手に負えないと思うんだけど」
「分かりました」
「今連れてくるわね」
ベネアはソフィアにそう言うと、負傷者の下に駆け出す。その間、彼女は少女の事を考えていた。
―――ソフィア・カーレン。冒険者には珍しい、魔法使いのソロ。ランクはDながら、その回復魔法の威力はCランクは下らない。なぜパーティーを組まないのかしら。
右肩が炭化した男に声を掛け、ソフィアの下に誘導しながら考える。
―――彼女にはどうも、自分を隠そうとしている節がある。彼女がフードを取ったところを、私は一度も見
た事がない。彼女は目立ちたくない理由を持っているのかしら。あるいは、何か別の理由が....?
ソフィアの下に着き、彼女が魔法で癒しているのを見ながら、今はそんなことを考えている場合ではないと思って、戦場の方に目を向ける。すると、魔物が集中していた所に、突如嵐風が巻き起こった。それは魔物たちを切り裂いていきながら、周りの物を吹き飛ばしていく。
「あれは魔法戦技....?」
魔法戦技。これはその名の通り、魔法を使った技である。普通、魔法と言うと魔法使いたちが使うものを連想するが、魔法の性質や使い方によっては武器に効果を付与して使うこともできるのだ。一番多いのは、矢に魔法を付けて放つことだろう。中には、武器ではなく自身の肉体に魔法を纏う者たちもいるそうだ。
さて、嵐の刃が止むと、おびただしい数の魔物たちの死体が辺り一面に広がっていた。嵐の起点にいた者達の肉体は細切れとなって血の池に浮かんでいる。起点から離れていた者たちも、生きている者はいないようだ。そんな光景を作り出したであろう人物は、魔物達の無残な死体に囲まれながら、右手の剣を払って鞘に入れた。今まで俯き加減だった顔が上がったところを見て、ベネアは首を傾げる。
「あれ、何処かで見た事が....」
髪の毛は少し長め。ほとんどが白髪だ。だが、所々に金髪が混ざっているようで、日光を反射してキラリと光っている。瞳は黒いが、全てを呑み込むような暗黒ではなく、夜空のような漆黒だ――
「あっ....」
そこまで見たところで、ベネアはやっと思い出した。それは昨日の話。⦅アルバン支部⦆に来た二人組の少年は、歴戦練磨の冒険者達をものともせずに受付に歩み寄り、冒険者協会会員証明書の発行を頼んできたのだ。
「ウォロ・カルゴン....」
そう。彼の名はウォロ・カルゴン。戦場となっている南門を通り抜け、道なりに進んだところにある〈カリャ〉の“蛇守”の一人。
「謎多き“蛇守”の一人って言うから予想はしていたけれど、まさか魔法戦技を使うとはね....」
そう呟くと、彼とともに来た、もう一人の少年の方を見る。彼は今、残り僅かとなった魔物たちの掃討に加わり、その力を最大限振るっていた。
「彼も、尋常じゃない力を持っているなんて思いもしなかったわ」
ベネアは、ウォロの相棒に目をやりながら、そんなことを零していた。
今から10分前。ウォロとグレンは、南門横の詰所屋上にて、戦況の確認をしていた。そこで、ジャンが襲われそうになっていたことを知ったウォロは、飛び降りている途中にそちら向けて高速飛翔したのだ。置いていかれてしまったグレンは、ひとまず、南門前の回復役を襲おうとしている小鬼族に目標を定め、その間に割り込むようにして落ちた。今まさに攻撃しようとしていた子鬼族と、それを退けようとしていたベネア達数人は、突然の出来事に硬直していた。
「キィィァ?」
「な、なにッ?」
地面から巻き上がる砂塵が晴れると、背の半分は超えているであろう大剣を片手で持ち、肩に担いでいる一人の男。
「なにウォロは勝手に行ってんだ。お前の方がよっぽど好戦的だぜ」
そう呟いて、グレンは剣先を小鬼族に突きつける。
「降参は今のうちだぜ」
不敵に笑いながら、降参を促すグレン。勿論するわけがなく、
「キャイィィ!!!」
甲高い声を上げてグレンの喉元を狙――
「....遅いな」
一閃。
数瞬後に、首から上が木っ端みじんに砕け散る。一拍遅れて、豪ッッ!!と音が鳴り、爆風を吹かせて後方の魔物達を吹っ飛ばした。
ベネア達支援隊が硬直している前で、大剣を背中の剣帯に仕舞い、彼は後ろを振り向いてニッと笑うと、惨状の真ん中を悠々と歩きながら進んでいった。
「これから、強者がもっと多くなりそうね....」
彼の豪快さに頬を引き攣らせながら、そう呟くベネア。元素を巧みに操るウォロ然り。両手用の大剣を、片手で軽々と操るグレン然り。魔力効率の良いソフィア然り。これから何か大きな出来事があるんじゃないか、そう勘繰らずにはいられない状況に、苦笑いを浮かべてしまう。そんなことをしている間に最後の魔物がその命を絶たれ、とうとう戦いは終わった。両手を上げて喜びたいところだが、第二波に備えて緊張を解かない者数人、後はその場に座り込み、消耗した体を休めにかかる。そんな状態だから、反応できたものが少なかったのは仕方がなかったのかもしれない。
ゴオオオアアアッッッ!!!
突如響いた何かの音に、人々は驚愕する。その腹に響く咆哮を、〈アルバン〉にいる人々は恐怖とともに知っていたのだ。とっさに逃げようとするが、消耗している体は言うことを聞かない。焦りを浮かべる人々は、次の瞬間、森から放たれた爆風に吹き飛ばされた。
「うわあああ!!!」
「きゃあああ!!!」
悲鳴を上げながら、森の近くにいた者は強制的に飛ばされる。そして、空いたスペースに悠々と歩いてきたのは、全身をごつごつとした固い皮膚で覆い、額には一本の立派な角がそそり立っている、大きな魔物。
「地竜種ッ....」
誰かがそう呟いた。小さな声にもかかわらず、ほぼすべての者に聞こえたその単語。
「なぜ岩頭竜がここにいる....森の中にいるんじゃなかったのか!」
この近くの主ともいえる魔物。いつもは街の北東に広がるマレタクル森林で暮らしているはずの魔物が出てきたことに、人々は恐怖で動くことができない。
「グググウウウァァァ....」
地竜種と呼ばれた魔物は怒りを含んだ目で辺りを窺うように見渡す。人々が息を潜めるようにその行動を見ていると、その魔物はある場所をじっと見ている。釣られて見てみると、そこには負傷している人々とそれを治療する非戦闘職の者達が。
「ヒッ....」
先程の右肩が炭化していた青年が声にならない音を上げるとともに、地竜種と恐れられている魔物が攻撃を仕掛ける。
「グゥゥゥァァァ!!!」
魔物が唸り声をあげるとともに、地面が隆起しこぶし大ほどの石が浮き上がる。そして次の瞬間、その
石たちは一直線に人々の下へ飛んでくる。
〝流石雨〟
高速で飛んでくる石達。それを避けようとしても、恐怖によって回避行動ができない。数秒後には体を穿たれてしまうという所で人々の前に出たのは、一人の少女。
「風よ 我に汝の守護を与えたまえ」
フードに隠れた口から、凛と澄んだ声が響く。言葉が紡がれるとともに、人々の前に風が吹き始める。
「風は無数の刃となり 形あるものを切り刻む」
風は少女の前で一つになると、地面の砂を巻き上げ、高速で回転する。それはまさに、全てを切り裂く風の刃。
「それは刃とともに我らを守る盾なり 〝風刃壁〟」
詠唱が終わると同時に無数の石が到達する。殺意を持って放たれた攻撃は、しかし風の刃に切り刻まれ、地に落ちていく。
「なんてことなの....!」
その光景を間近で見たベネアは、驚きに思わず声を漏らす。使った魔法が中級にもかかわらず、威力は通常よりも高い。それも、Bランクに指定されている地竜種・岩頭竜の〝流石雨〟を相手に、今のところ持ちこたえているのだ。その事を凄いと言わずに何と言うのか。
「相当魔力と元素の練り上げが上手いのね」
ベネアは、少女―ソフィアの評価を上方修正した。
人々が安堵している中、岩頭竜は攻撃を阻まれていることに腹を立てていた。いつものようにゆっくりしていたのに、目の前の者達に魔力弾を当てられ、更には得意魔法の一つが阻まれる。いつも見下し、蔑んでいる人間にそれをされていることもあり、彼には怒りが溜まっていた。そして、一向に風の壁を抜けない彼は、とうとうその魔法を行使する。
突然落石が止み、人々はホッと息をつく。ソフィアも肩の力を抜き、魔法を終了させる。石を砕く刃となっていた砂塵が空気中に舞い、少しの間視界が悪くなる。もうあの魔物は去ったのかと希望を持ちながら待つこと数秒。再び晴れた視界の向こうには、
「グググゥゥゥゥ....」
こちらを睨みつけ、その頭上に大きな岩を浮かべた岩頭竜の姿があった。
「そんな....」
さすがにソフィアも動揺を隠せない。
この世界には元素魔法、詠唱魔法、精霊魔法と言う三種類の魔法がある。このうち、ソフィアが使っているのは詠唱魔法。これは、魔力と元素を詠唱により練り上げることで威力を高めたものだ。元素魔法は元素の量に比例して強くなるので、元素が少ないと話にならないが、詠唱魔法は元素が少ししかなくても練り上げられた魔力の量によって強さが上がる。分かりやすく言えば、魔力が粘土、元素が絵の具みたいなものだと考えてほしい。
要は、ソフィアは魔力を多く使いすぎてしまったのだ。魔法の威力を無理に上げようとしたために。なので、今軽い魔力枯渇状態になっているのだ。もう先ほどと同じ強さの魔法は使えない。しかも、岩頭竜が今発動している魔法は〝流石雨〟よりも威力が高いだろう。更に、もうここにはあの魔法を防ぐほどの力、もしくは体力がある者はいない。ここで終わるのかと、人々の顔に絶望が浮かぶ。
「グググウウウァァァ!!!」
その光景を見た地竜種は、とどめを刺すべく待機状態だった魔法の引き金を引いた。
〝破流星〟
その巨岩は死の権化と成りて落ちてくる。眼前が影で真っ暗になり、そして今度こそ人々が潰される....
「〝風の精霊よ ここに一陣の疾風を〟」
「〝嵐烈斬〟」
二色の声が聞こえた。同時に起こった光景に、人々は息を呑む。
「....何てことなのッ!」
目の前まで迫っていた流星が文字通り真っ二つになり、彼らの両側に誰一人潰すことなく墜落する。そして、その目線の先には、
「なぜ暴れん坊がここにいるのじゃろうか」
右前足が斬られて倒れる岩頭竜と、それを見つめる一人の老人の姿があった。




