18 絡まりあう運命の糸
悪魔族の男―カルザーは、とある洞窟の内部をどんどん進んでいた。時々すれ違う魔物たちは、カルザーの姿を認めると道を開けてひれ伏す。
その光景を度々目にしながら進むこと数分。洞窟の最奥に作られた部屋の前に立つと、彼はその扉をノックした。すると、すぐに「入りなさい」と声が掛けられる。カルザーは扉を開け、中へと入っていく。
「遅かったわね。報告を聞かせてちょうだい」
カルザーが部屋の中心ほどで跪くと、頭上から声が掛かる。カルザーは顔を上げ、上座に座る夢魔の魔人―フィラーセを見上げる。
「はい。結果から申し上げますが、神眼の奪取には失敗しました。誠に申し訳ありません」
「また失敗してしまったの。貴方にしては珍しいわね」
フィラーセが珍しく驚きを露わにする。まさか二度も失敗するとは思っていなかったのだろう。
「原因をお話ししてもよろしいでしょうか」
カルザーはフィラーセに説明の許可を求める。言い訳だと言われないようにという手回しだろう。フィラーセは「そんな事で怒らないのだけれど」と思いながら、許可を出した。
「ありがとうございます。今回の失敗の原因は、私の情報収集不足と、相手にイレギュラーが紛れ込んでいたことです」
「イレギュラー?」
「はい」
フィラーセはイレギュラーという言葉に反応する。カルザーの情報不足の事については流れてしまったようだ。
「今回、あの龍と危険分子は〈アルバン〉という人間の街に居ました。そこで、〔糸人形〕によって魔物を操り、街を襲わせたのですが、ニンゲン共によって魔物は蹴散らされてしまいました。なので、切り札に取っておいた地竜種の魔物を嗾けたのですが、太陽神の神眼持ちにやられてしまいました」
「アマテラスねぇ....」
フィラーセは指を唇に這わせ、妖艶な笑みを浮かべながら思案する。
―――アマテラスは消息不明となっていた神の一柱だったはずだわ。まさかこんなに近くにいたとはねぇ。さて、どうしましょうか....
「フィラーセ様」
「何かしら?」
カルザーに声を掛けられ、意識を前の悪魔族に向ける。この男が自分から声を掛けることは珍しいので、彼がやろうという事に興味を持ったのだ。
「私に、もう一度だけチャンスを頂けないでしょうか。今回は私の慢心で取り逃がしてしまいましたが、今度こそ、奴らに報復を果たしたいのです。どうか、お願い致します」
そう言って頭を下げるカルザー。フィラーセは、これはチャンスと笑みを浮かべる。
―――今まではこの男を野放しにしていたけれど、そろそろ頃合いかしらね。これ以上は奴らに気付かれる可能性がある。この男があの龍を仕留めればそれでよし、失敗しても、こちらが処理せずに済むわね
「頭を上げなさい」
フィラーセはカルザーにそう言う。頭を上げたカルザーの目を見つめながら、許可を出す。
「そこまで貴方が言うのなら、許可しましょう。もし成功したら、正式に私の側近にしてあげましょう」
「本当ですか。ありがたき幸せ。必ず、良い結果をお持ちしましょう」
カルザーは感謝の笑みを浮かべながら一礼すると、その場を後にする。下準備をしに行ったのだろう。扉の外で、フィラーセは空間の揺らぎを感じた。使い捨ての駒の反応が消えたことを確認すると、フィラーセは虚空に向かって呼び掛ける。
「レイヴェル」
「お呼びでしょうか、フィラーセ様」
間髪入れずに答えが返ってくる。目を先程までカルザーがいたところに向けると、いつの間にか、黒装束に身を包んだ一人の男が居た。
「カルザーを監視して頂戴。彼はもう私に絶対の忠誠を誓っていないようだから」
「了解しました」
「後は、駄龍とその契約主の情報を持ち帰ってきて。彼は、今後壁となって立ち塞がるでしょうから」
「始末はしないで宜しいんでしょうか」
「多分難しいわ。貴方は暗殺専門でしょ。あの駄龍がいる限り、暗殺はほぼ効かないでしょうから」
「確かにそうですね。私には少し荷が重そうです」
レイヴェルが淡々と答える。少しは感情を出してもいいんじゃないかとフィラーセは苦笑する。
「もう加護の阻止はできそうにないから、少しでも弱点を見つけてきて。最悪、私が夢魔の能力を使うわ」
「それには及ばないと思いますが....」
レイヴェルはそう呟きながら、了解の意を示した。
「それじゃ、お願いね」
「了解しました」
レイヴェルの姿は、彼が言葉を言い終わったときには消えていた。
***
「マルスタさん、これを」
「ウォドルからじゃな....そこまで言われなくとも預かるのじゃがのう」
マルスタの隠れ家にて、会話をしているのはウォロとマルスタだ。ウォロは、父であるウォドルから持たされた手紙をマルスタに受け渡した。その内容を読んだ彼は、苦笑しながらそう呟いたのだ。
「では、俺たちの事を....」
「うむ。その力は扱えてなんぼじゃ。儂が鍛えてやろう」
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げるウォロに、「少し厳しくいくから、覚悟しておくのじゃぞ」と、マルスタは笑みを浮かべながら言った。
一方、グレンは初対面のミラシータと友好を深めるべく、お互いに自分の事などを話していた。
「じゃあ、ミラシータは精霊使いになるのが目的なのか?」
「はい。折角精霊に詳しい御爺様がいるので、私は精霊使いを目指そうかと思いまして」
精霊使い――それは、その名の通り、精霊を使役する者達の呼び名である。彼ら、彼女らは三種類ある魔法の一つ、精霊魔法を使える者たちだ。この魔法は、精神生命体である精霊たちに、自分の魔力を譲渡し、精霊に魔法を撃たせるものだ。精霊には属性があるので、彼等にはその属性の攻撃しか撃つことができない。
精霊にはいくつか段階がある。最下級の意志を持たぬ微精霊、ある程度の行動ができる精霊、自我を持ち、強大な力を持つ大精霊。精霊の各属性の頂点である霊王。そして、全ての精霊の頂点である精霊帝。
微精霊とは、元素に霊気が混ざり合ったものだと言われ、これを操作できるのは精霊と契約を交わした者だけだ。この微精霊が眠りにつき、その力が集まった霊魂核には膨大な元素が凝縮されており、また珍しいため、高い値段で取引される。
精霊は微精霊が集まり、進化したもので、人々の言葉をある程度理解することができる。精霊使い達は、精霊を思い通りに使役できれば初級と言ったところだ。
大精霊は、精霊が永き時を生き、その身に大きな霊気を蓄えたものだ。先程も出たが、霊気とは純粋なエネルギーであり、世界を満たしている不可視の物質だ。大精霊とは、世界の理に足を掛けているともいえるだろう。
霊王。それは、大精霊がさらに進化し、高度な知能と強大な力を持つ特異種だ。その力は、神々と同列に語られるほど。それぞれの属性に一体ずつ確認されており、守護神と崇められている者もいれば、またその強大な力故に封印された者もいる。
最後に精霊帝。全ての精霊の頂点にして、霊界の主だ。霊界の精神生命体の中で一番の力を持っている。
このように、精霊と言ってもその強さはピンキリだ。精霊使い達は、精霊帝にたどり着いたものが精霊使い最強と言われている。この世界で精霊帝に辿り着いたものはまだ居ない。
「マルスタの爺さんは精霊使いだったっけか」
「はい。昔の御爺様は、『精霊騎士』と呼ばれ、その剣技だけでなく、精霊使いのあこがれの存在にもなっています」
「ほえー。そんなにすごかったのか」
「グレン、荷物を取りに行くぞ」
グレンとミラシータの話に割り込んできたのは、扉の前に立ったウォロだ。
「オッケー貰ったのか」
「ああ」
「そいつはよかった....っと」
立ち上がったグレンは、ミラシータに「また後でな」と言うとウォロの傍へと歩いていく。ウォロはマルスタに一礼すると、グレンを伴って[陽光の宿]へと向かう。
***
扉を開けると、いつもと変わらぬ喧騒が彼を迎えた。戦いが終わった後とあり、どこも自分の武勇伝を披露しているようだ。
そんな中、彼は人込みを掻き分けて受付へと歩いていく。目線の先には、書類を纏めているベネアの姿があった。彼が前に立っても、忙しさからか一向に気付く気配がない。彼は肩をすくめると、彼女に声を掛けた。
「ベネアさん」
「はい、何の御用....って、ミルイさんじゃないですか。どうしたんですか?」
そう、彼の正体はミルイ。蒼い髪に深緑の瞳を持った、爽やかイケメン物好き学者だ。
「ああ、人を探していてね。さっきまでここに居たって話なんだけど」
「誰を探しているんですか?」
会話をしている間、ミルイは思わず苦笑いを零した。ベネアは、ミルイと普通に会話できる数少ない女性の一人だ。いつもは会話にならないことが多いミルイにとって、彼女は希少な存在なのだ。
「ミルイさん。どうしたんですか?」
「あ、ああ。少し考え事を。えっと、誰を探しているのか....だっけ」
「ええ。っさっきまでここに居たってことは、私も知っているはずですから」
「そうだよね。だから君の下へ来たんだから」
にこやかにその言葉を口にするミルイ。彼は気付いていないが、周りで彼をこっそり見ていた何人かの女性は頬を紅潮させて恥じらっている。しかし、当のベネアは、特に気にしていないようである。その鋼の心はどこから来たのだろうか....
「彼女は確か....ソフィアと言ったかな。魔法で〝流石雨〟を防いだ」
「ああ、彼女ですか。彼女なら、確かにさっきまでいましたね」
「どこに行ったか分かるかい」
「えっと....[三ツ矢の宿]に戻ると言っていたような気がしますよ」
「[三ツ矢の宿]....あそこか。ありがとう、助かったよ」
彼はそう言って、踵を返す。「また来るよ」と言い残して、彼は建物から出て行った。ベネアは、彼の背中を見送りながら、彼が珍しい行動をしていることに気付いた。
「彼が女性を追いかけるなんて、滅多にないわね。しかも少女を。知り合いなのかしら....」
そう呟いたベネアだったが、まだ仕事が途中なのを思い出し、すぐさま続きをし始めた。10分もしたときには、ミルイとの一幕は忘れていた。
ソフィアは、[三ツ矢の宿]への道を辿っていた。
「今日はいろいろあったわね。まさかあんなに魔物が押し寄せてくるなんて....」
今日の出来事を呟きながら、歩みを進めていくソフィア。どのくらい歩いていただろうか。ふと目線を上げてみれば、見た事のない光景の場所に立っていた。周りには建物の壁、壁、壁。空が薄暗くなっていることから、どうやら暗さで路地裏に迷い込んでしまったようだ。
「気を抜きすぎてしまったようね。さて、どっちに行けばいいのやら」
彼女が周囲を見回して思案していると、後ろから突如、
「君がソフィアさんかい?」
「ッ....!」
声を掛けられた。ソフィアは声がした暗がりへ咄嗟に杖を構える。いつでも攻撃できるように気を張っていると、陰から両手を挙げた男が歩いてきた。青い髪に深緑の瞳、整った容姿をした好青年―そう、ミルイだ。
「何の用?」
目を細め、鋭い眼光を浴びせながらそう問いかけるソフィア。彼女は経験上、見た目に惑わされてはいけないと学んでいた。なので、爽やかイケメンのミルイに対しても、動揺せずにいられるのだ。
「僕は何もしないさ。このままじゃ落ち着いて話もできない。どうか杖を下ろしてくれないかい」
目をしっかり見ながらそう言ってきたミルイに、ソフィアは警戒しながら杖を下ろす。目線を男に向けながら、ソフィアはひとまず話を聞くことにした。
「あなたの名前は?」
「僕はミルイ。冒険者をしている。まぁ本業は研究者なんだけどね」
「なぜ私の名前を?」
「ベネアさんに聞いたんだ」
「なぜ私の場所が分かったの?」
「[三ツ矢の宿]に居ると聞いて、近道を通ってきたら君がいたのさ」
「はぁ....」
ソフィアは思わずため息を吐いた。彼が言っていることが本当なのは分かるのだが、何か隠しているような気がしてならないのだ。これでは埒が明かないと感じたソフィアは、思い切っった行動をとる。
「何か隠しているでしょ。早く言いなさい。さもなくば、あなたの体が吹っ飛ぶわよ」
好戦的な発言をして、再び杖をミルイに向ける。その瞳が、彼女が本気だと物語っている。それに気づいたミルイは、顔から笑みを消して口を開く。
「―――君は、カーレティナ家の子だね」
突如目の前に現れた水球。しかし、ミルイはそれをいつの間にか取り出した短刀で斬ると、一瞬で間合いを詰め、ソフィアの首筋に短剣を添えた。ソフィアは、その素早さについて行けずに体を硬直させる。至近距離で目を見つめるミルイに、ソフィアは静かな怒りを含んだ言葉を放つ。
「あなたも奴らの仲間なの?」
「まさか本物だったとは。いやいや、生きるって面白いな」
「答えてッ!」
再び笑みを浮かべて呟くミルイの態度にイラっとしたのか、命を狙われていることも忘れて叫ぶソフィア。その瞳には、何故か涙が滲んでいる。
「僕は君の敵ではないさ。証拠に、君を離そう」
耳元でそう囁き、ミルイは短刀を仕舞うと後ろに下がる。それを確認して安心したのか、ソフィアはその場に座り込んでしまった。ミルイは跪いて目線の高さを合わせると、優しく話しかける。
「カーレティナ家。《マレイスト王国》の領地に住んでいた、大陸で随一の回復魔法に特化した一族。一族の者は攻撃魔法の威力は著しく低下するが、回復魔法にかけては最強と言われ、国内では重要視されて秘匿までされた」
「......」
「しかし、前国王が死に、マレイスト国王になった王は、ある日一族の秘密を知ってしまう」
「―――て」
「一族の祖先は、はるか昔に、月光神ツクヨミと契約を交わしていた。ツクヨミは、回復を司る神。一族の中にその継承者がいれば、長年封印されていたツクヨミが我が物になるのではないか。彼はそう考えた」
「―――めてよ」
「契約を交わしていたのは女性。彼は、一族から次々に女性を引き抜き、ツクヨミをその身に宿させるよう強要した。しかし、彼女たちは魔力をすべて吸われて干乾びてしまうだけ。とうとう我慢が出来なくなった一族の男たちが、国王に謀反を起こした。国王以下王族は一族の男たちを血祭りにあげ、黙らせた」
「やめてって、言ってるでしょッ!」
ソフィアが涙を流し、ミルイの胸倉を掴みながらそう叫んだ。ミルイは、彼女の両肩を優しく掴みながら語り掛ける。
「彼らと関わっていくうちに、君は必ず過去と向き合うことになる。それは、必要なことなんだ」
「......」
「その時は、どうか逃げないでくれ。それが、彼を導く僕らの役目だ」
「....僕ら?」
ミルイのその単語に反応するソフィア。なぜ、ただの研究者が彼の導き人だと名乗っているのか。
「さっき、一つ言い忘れていたことがあった」
ミルイは立ち上がり、踵を返しながらそう言った。ソフィアは、彼の言葉に耳を傾ける。
「僕の名前はミルイ・クラント。昔の名前は、ミルイ・クライスだ。何が言いたいか分かるね?」
「クライス、ってまさか....」
ソフィアはその名前に覚えがあるのだろう。目を見開いてミルイを見つめる。ミルイは、口元に微笑を浮かべると元来た方向へと消えて行った。
彼が消えたことを意識せず、ソフィアは無意識に呟く。それは、彼の本当の正体。
「クライス家。『探究者の一族』と呼ばれた"天啓"の一族。まさか生き残りが居たなんて....」
――これが、ソフィア・カーレンとミルイ・クラントの出会いだった。
これにて第1章は完結です。人物紹介を挟んで、第2章に入る予定です。
前にも言ったかとは思いますが、これから、また書き溜め期間に入ろうかと思っています。次回の投稿(第2章1話)は4月8日を予定しています。それまで、どうかお待ちください。
また、その時までにプロローグ書き直しや改稿もしたいと思っています。まだ1章終わったばかりなのに、生意気な。なんて言わないでくださいね....
このようにして、この作品をより良いものにしたいと思っているので、応援よろしくお願いします。
と言ったのが約2週間前ですかね。それから頑張り続け、何とか改稿を終わらせました。書きだめが出来てない!どうしよう!
人物紹介話で、そのまま第2章に入る予定です。どうか楽しみにしていてください。
プロローグだったところはすべて1章に入れたり、新しくプロローグ入れたりしましたので、よろしければ最初から見ていただきたいです。
それでは、後1週間ほど、お待ちください。




