虎穴にいらずんば虎児を得ず
ユークリッドの言葉が理解出来ずにアルフレットは眉をよせる。
「こけつにいらずんば………孤児を得ず?」
そう繰り返してみたユークリッドが頷く。それにアルフレットは目を瞬く。
「孤児なんて街の裏通りに行けばいくらでもいるだろ?」
今さら“何を言ってるんだ?”という表情のアルフレットに前世のことわざを使ったユークリッドは苦笑しながら訂正する。
「そっちの孤児ではなく虎の児って意味ですよ」
「虎?なにそれ?」
「虎穴にいらずんば虎児をえず………簡単にいえば野獣の子供は野獣の巣に入らないと手に入らない。つまり、渦中に自ら飛び込まないと得られないものもあるって言葉を短くした言葉ですかね」
本当の意味は危険をおかさなければ大きな成功を得ることは出来ないが正しいがここは前の世界とは違うのでアルフレットに伝わりやすいようにユークリッドは説明する。その説明に腕を組んで悩んでみたアルフレットはユークリッドに視線を戻す。
「よく分からないけど………ようは何の作戦もないけど突っ込むってことか?」
「端的に言えばそういう事ですね」
アルフレットの言葉にユークリッドは空を見上げた後、視線を戻す。
「確かに私の言ってる事は何の作戦もありません。はっきり言って無謀だし、考えなしだと思います。ですが、今はっきりしているのは今、介入すれば救える命もあるかもしれないという事です」
自分を見据えて紡がれるユークリッドの言葉にアルフレットは目を瞬く。そんなアルフレットに苦笑しながらユークリッドは自分の思いを口にする。
「私の言ってる事は綺麗事だとは自分が一番分かっています。でも目を背けたら何も変わりません。それだけは嫌です」
正直、何の考えもなくただ介入するのは馬鹿のする事かもしれない。それでも前世で残してきた子供を思えば目を背ける事は出来ないと思った。彼らが同じような目にあうかもと考えた時、耐えられないと思ったのだ。
「馬鹿でしょう?」
「………………………………………………」
自分を見て自嘲的に笑うユークリッドを眺め、視線を上に上げて唸ってみたアルフレットは“はぁ………”と溜め息を吐いて肩を落とす。
「策はあるのか?」
「アルフレット?」
何かを諦めたかのように自分を見てくるアルフレットにユークリッドは目を瞬く。
「だから策はあるのかって聞いてるんだよ。なくてただ突撃するだけなら反対だけどお前がそこまで言うなら策はあるんだろ?」
呆れた表情は隠しもしないが頭をかきながら自分を促してくる。その言葉に口元を緩めたユークリッドは頷く。
「はい。今のノワールの仕組みを利用してやろうかと思います」
「仕組み?」
「はい。子供を売ったその金で国に払う税収を補うという悪しき仕組みを」
ユークリッドの口から出た発想にアルフレットは虚をつかれる。アルフレットが不思議そうな顔をするのに手近に落ちていた枝を拾ったユークリッドはそれを使って地面に文字を書く。
「今のノワールの現状は話を聞く限りで考えると税収の足りない分を奴隷商に子供を売ってその損失を補填してるってことですよね?」
「ん?うーん………そんな感じなのかな………難しい事は分かんないけど子供を売った金で足りない税を払うのは確かだな」
アルフレットの返しに頷いてユークリッドは更に図を描く。
「つまり今のノワールには国に支払うための足りない税を子供を奴隷商に売って補うという仕組みが出来上がってしまっている。私達にはそれを変えること難しいでしょう」
自身の考えをアルフレットに説明しながらユークリッドは奴隷商にバツ印をつけ、第5竜騎士団と書く。
「ですが、子供買い付ける奴隷商の場所に第5竜騎士団が割り込むことは出来ると思います」
「どういう事だ?」
眉をひそめるアルフレットにユークリッドは奴隷商を第5竜騎士団に書き換えた図を見下ろし、微笑む。
「奴隷商が子供の代金として親に支払う金を第5竜騎士団が子供を買うことで代金を立て替えるんです」
弾かれたように顔をあげるアルフレットにユークリッドは頷く。
「ようは第5竜騎士団で子供を直接雇用し、その給金の何割かを返済にあててもらい。子供を買った代金は子供から回収はします」
アルフレットはユークリッドの口から紡がれる考えに目を見張る。
「流石に8つにも満たない子供を買っても役には立たないかもしれません。ですが、子供は4年間の間に色んな仕事への適正を見つける時間をえて、衣食住と健康の保証はされます」
その間に子供が辛いと思うのなら就職先への斡旋は田舎にいる時よりも簡単に街にしてやれるだろう。成人した後は自助努力だが幼い子供が劣悪な環境に放り込まれるのを少しは軽減出来るのではないかと思う。
「………………………………そんなに上手くいくか?」
ユークリッドの説明を聞いていたアルフレットの問いかけにユークリッドは首を振る。
「上手くいくかは正直分かりません。子供ですからね。でも竜騎士団では下働きは不足してますし、水を汲むとか子供にも出来る事は山ほどありますよ。流石にノワール全体の収穫量をあげるとかそんな事よりかは余程現実的だと思います」
こちらを真剣に見つめるアルフレットをユークリッドは見据えた。アルフレットに説明しつつ、ユークリッドもわかってはいる。これは根本的な解決策ではないと………。でも収穫量を上げるための灌漑施設の作り方や莫大な予算の捻りだし方なんて自分には分からないし、そういった投資をするのは国だと思う。何より左遷されてきた自分にでも実行可能な案は奴隷商を竜騎士団にすり替えるぐらいだ。
「アルフレット、やってみる前から諦めたらそこで終わりじゃないんですか?」
ユークリッドの挑発にも近い視線を受けたアルフレットは苦笑する。
「つまり俺たちは今から奴隷商として子供達を買いに行くって事?」
「そういう事です。幸い、左遷されてきてお給料も上がりましたし、こう見えて独身貴族ですから子供を買い付ける投資が出来るぐらいには蓄えもありますよ。アルフレット、くれぐれも間違えてはいけないのは今回は証拠物件の買い付けなだけです。我々は奴隷を買う訳ではありません」
アルフレットの同意にユークリッドは胸に手を当てて自信満々に言い放つ。その姿に竜騎士団が子供を買い付ける資金として資金が必要なら自身も手をあげるなと決めながらアルフレットは勝ち気に微笑む。
「いいのか?レイに聞かなくて」
「聞いたら怒られるでしょうね」
アルフレットの言葉にユークリッドは肩を竦めて苦笑する。勝手にやればもしかしたらここにも居場所がなくなるかもしれない。
「でも、誰かの命を助けるための行動で生まれる責任なら喜んで取りますよ」
全てを王都で失った自分にあるのは“覚悟”だけだ。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
ユークリッドいわく………名付けて
“虎穴にいらずんば虎児を得ず”作戦が上手くいくのか………




