何もしなければ何も変わらない
カビ臭い臭いが漂う地下牢の前に二人の男が立って子供達を眺めていた。
「大分集まりましたねぇ………」
地下牢に集められた2、30人の子供を前に初老の男性は横に立つ自分よりも若い男性に話しかける。
「そうだな………次はガロンの街に下ろす分にしろ」
まだ来たばかりの子供達は泣きつかれて虚脱していたり、泣いている子供もいるがそうではなくこちらを見る子供も幾人かいる。そんな子供達を前に若い男性はふっと笑みを溢す。何より彼らは連れて来られた時よりも遥かに血色もよく、体調が悪いものもいない。満足気に子供を眺める主に初老の男性は微笑む。
「かしこまりました。して、ノワールでは奴隷商が幅をきかせていると噂が流れ始めているようです」
「らしいな。あの男には隠せるだけの力量がなかっただけの話だろう。この館で奴隷商と商談すればいくら隠していても分かる」
呆れた様子を隠しもせず吐きな捨てる男は容姿から横に立つ男性と親子と言ってもおかしくない年齢だがこの場の主導権を握っているのは若い男性の方。年の頃は30代そこそこ。黒髪、黒目。健康的に陽に焼けた肌。鋭い目付きから猛禽類を想像される容姿をしている。
「ノワールでの商売はここが打ち止めだな」
「その方がよろしいかと………」
初老の男性も男の言葉に頷く。普段、領主の代行者と会う男の横で黙っている方の男が国が必死に探している密売組織の主だと思うだろうか。その男は浚われたり、親から売られたりと様々な理由でここに集められた子供達に嘆息する。
「今回の取引が終わればノワールから拠点を動かす。痕跡は残すなよ」
「もちろんでございます」
男の指示に初老の男性は恭しく頭を下げる。その男の横で30代の男はただ地下牢に集められた子供達を眺めて口元を緩める。
「取引が終わったら盛大に情報をばらまいてやれ。思い知らせてやればいい」
「そうですなぁ………我々が持ちかけた話だったとしても自領の子供達を売るようなクズですからね」
子供達を売らないか?と持ちかけたのは自分達だが自分達がいなくなった後も同じように甘い汁を吸えると思われたら我々-ラ・スール-の名折れだ。我々は売る前の商品に傷は一切、つけず。丁重に扱う。だが、にわかに甘い汁を吸うようになった人間はそんな事も分からずに劣悪な環境に子供達を放り込み死なせてしまう。我々の目的はあくまで-救済-だ。
部下の男の言葉にふんと鼻で笑った男は口を開く。
「世間に言わせれば俺たちも同じようなものだろ?」
「心外な。我々は子供達を救済しているのですよ」
ほっほっといかにも好好爺の表情で男性を見上げる。
「子供を育てる事が出来ない癖に子供を産み落とし、結局は僅かな金で子供を売り払う。子供を愛していると言いながら育てられなくなれば即座に手放す。野生の野獣の方がよほど優しいでしょうな」
そこで言葉を切り、初老の男性は虚ろな瞳を晒す子供達を前に言いきる。
「ならば価値を最大限に高め、傷一つつけずに食事をしっかり与える我々に売られた方が子供達も幸せというものです」
「………ま………否定はしないな」
「子供は愛玩動物ではありません。自分達が生んだのなら責任はもつべきでしょうな」
自身の過去に何があったかを多くは語らない初老の男性は子供達を救済すると言って奴隷商に身を扮する。
「子供は国の未来です。何もせずに子供が死ぬぐらいならそれが親元でなかったとしても生きる事が出来る環境に移してやる。我々はそれを代行しているにすぎない。何もせずに非難ばかりするこの国の阿呆共に何を言われようとも、我々は気にすべきではないと思っております」
「あまり熱くはなるなよ」
「もちろんです………」
自身に釘を刺す、上司にほの暗い笑みを晒した男は自身の信念を貫く。
「子供は甘い汁を吸うための道具ではありませんから」
今は虚ろな瞳を晒す子供達も自分達がお腹一杯食べられるようになり、今よりも良い環境に置かれれば感謝することだろう。何より自身が全てを失った時に助けてくれたのは“国”ではなく“目の前の男”だった。
「私はもう………二度と間違えたくありません」
自身の過去を口にする事は出来なくても二度と目の前で救えるかもしれない命を失う事だけは男にとって耐えられない事だった。いくらその方法が間違っていたとしても“何もしない”よりはマシだと知っている。
「好きにしろ」
「畏まりました」
上司の許可に初老の男性は恭しく頭を下げた。
「………………………………………」
「………………………………………」
朝から一言も会話のない二人は漂う沈黙をそのままに昼休憩に突入していた。ユークリッドが馬車を止め、道の端によせたのを切っ掛けに互いに用意していた携帯食を食べる。
-あれ以来………-
二人の中では互いに溝を感じている。アルフレットにとって人が売られるのは珍しいことでも何でもなく、当たり前の事だった。実りが少ない年は誰かが売られるのではないかと恐怖に身を震わせていた。親が叱る時も口癖のように悪戯ばっかりしてると“売ってしまうよ!”だった。
「………………………………………………」
ちらっと向かいに座るユークリッドを確認すると無表情で食事をとっている。
「なぁ、ユークリッド」
「………………何でしょうか?」
問いかけると硬い声が返る。それがユークリッドもまた自分に対する蟠りが解けていないのだと知る。硬い声に何て言おうかと悩んでいるとユークリッドが溜め息を吐くのが分かる。
「………すいません………意地をはりました」
「いや………俺も悪かったな」
微苦笑をむけられたアルフレットは自身の緊張を解く。二人して意気消沈した表情で笑いあう。
「あなたの言い分も分かってはいたんです………何も分からない状態で突っ込んでも言い逃れされて終わりだと………」
ただ………それでも目の前で売られるとわかっている子供がいるのにそれを見逃すことが嫌だった。今世で子供はいなくても前世では子持ちだったから子供が物のように売られるという事実を受け入れられなかった。
「俺も悪かったな………ちょっと感情的なりすぎた」
あまりにも正論でぶつかってくるユークリッドが眩しくて苦しかった。自身はどうにもならないと諦めている事を諦めずにどうにか出来ないかと足掻く姿に。互いに自分にはない所が目について反発した。
「で、どうしたいんだよ?」
自身を真っ直ぐと見つめるユークリッドにアルフレットは苦笑混じりに問いかける。その問いかけにユークリッドは悪戯を見咎められた子供のようにアルフレットに肩を竦める
「あ、分かります?」
「当たり前だろ」
ユークリッドの様子にアルフレットはだいたいの予想がついて苦笑する。その様子にユークリッドは満面の笑みで笑いかける。
「名付けて“虎穴にいらずんば虎児を得ず”作戦です」
格好つけて言ってはみたが思い付いたのは“特攻”だった。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
さて、しばらくは“題名”の問題から離れている内容が続いていますが、ちゃんと解決するためのものです。なので、いやがらずお付き合い頂ければ幸いです。
今回はいい笑顔で言い放ったユークリッドですが何の作戦もないことでしょう。




