最初から完璧なんて無理
「やけに大歓迎じゃん」
休憩中の馬車の車体に持たれかかったアルフレットは魔石を通して聞こえた上司の声に嘆息する。
『当たり前だろ!こっちはめっちゃくちゃ大変なんだからな!』
その言葉にアルフレット苦笑した。やはり杞憂は杞憂で終わらなかったらしい。苦笑はしつつも、何も知らない体を装おう。ポツポツと語られる話から上司である少年が“子供でいられる時間”を過ごしていない事は感づいていた。幼い頃に誰かに守ってもらう事で生まれる基本的な信頼感が薄い。いざという時の判断力も高いのに人への猜疑心も強い。誰が味方かを敏感にかぎわける。本人はそれに気付いていない。
「ん?なにかトラブル?」
本当はキリアから情報として入っているがそれはおくびにも出さない。今朝早く宿屋を出る前にキリアから連絡があり、上司が同年代の相手との関係に四苦八苦しているとは聞いていた。その時に手が空いた時でいいから連絡をいれて欲しいと頼まれていたのだ。
-自分達には弱味を見せないだろうからと………-
自分の知らない人間として割り切れる場合は気にならないらしいが、自分の味方らしいがよく知らない人間と居るのが苦痛の相手にとったら知らない人間と一室で過ごすのは凄まじいストレスに違いない。
『や………別にそういう訳じゃ………』
返って来た答えから見栄を張って口ごもる姿が想像できてしまう。その反応にアルフレットはため息を吐く。
「んな、訳ないだろ。魔術師団の連中と騎士団の連中は油と水なんだから」
貴族代表枠、平民代表枠を代表するような取り合わせが一緒の場所で仕事をしたからといってすぐに上手くいくわけないのだ。
「お前の事だから、やれ何を話したらいいかわかんなくて黙り込んでるとか」
考えられるトラブルを口に出すと無言が返る。
「あんなぁ、いきなり最初からうまくいくわけないんだからさ。とりあえずは一緒の部屋に居るのが当たり前にしたらいいだろ」
『そうなんだけどさ………』
無音から復活した相手にアルフレットは嘆息する。
「だろ?最初から完璧を求めたって無駄。竜騎士の新米を思い出してみろよ。まずは竜と一緒に過ごすことからやるだろ?」
『確かに………』
「な?なら最初から完璧を求めんじゃなくて“それなり”を目標にしてみたら?何話したらいいか分かんなかったらお前は黙って座ってろよ」
『まぁ………お前のいうことは分かる。けど、俺まで黙ったら話が進まないだろ』
「別に会話がなくたっていいだろ。仕事中なんだしな」
『ん………分かった』
先ほどよりも落ち着いた様子にフッと笑いアルフレットは慣れない環境で奮闘する上司を労う。
「ま、無理すんなよ。で、連絡した件なんだけどな。どうやらこの件、厄介事の匂いがする」
『何かあったか?』
労いの言葉をかけて本題を口にすると相手の雰囲気がガラリと変わる。それに微かに微笑みながら口を開く。やはり上司はこの方がいい。
「ノワール地方で奴隷の売買が行われている可能性がある。調べたい」
『詳しく教えろ』
「了解」
上司の言葉にアルフレットはニヤリと笑った。
「………という事だ。どうする?」
途中で生き倒れていたアデルから仕入れた情報をアルフレットは話終える。暫しの沈黙ののち、相手が唸る。
『軍を動かすと下手に刺激しかねないな』
「ああ。だから、お前の考えが知りたい」
直球で告げると魔石の向こうで相手が悩んでいるのが伝わってくる。時々、吐息に混じって聞こえる声が思案にふけっているのだと伝えてくる。それを根気よく待ちながらアルフレットはよく晴れた空を見上げる。
『アルフレット』
「ん?」
さてどうしたもんか………と悩むアルフレットの耳に考えを決めた上司の声が届く。
『詳しく調べて報告しろ』
「了解」
『お前とユークリッドだけだと手が少ないから………リルパから二、三キロ離れたリデリアの“林檎屋”っていう飲み屋に行け』
「了解。いるのか?」
『俺のもふらふらしてなかったらいる。いなければ“レナルド・エルバート”からの指示だと伝えてもらえれば動いて貰える』
「分かった。とりあえず、お前のを探す」
『ああ』
「じゃあな」
言葉少なく交わすと二人は通信を終える。魔石に通していた魔力を絶ち、アルフレットは通信石を首からかける。
「アルフレット」
「ああ。終わった。元気そうだったぞ」
街をある程度離れ、森の中で休憩をとっていたアルフレットは馬に岩塩を与えていたユークリッドからの言葉に振り返る。
「とりあえず、次の目的地は決まった。このまま馬を走らせてノワール領の一歩手前リデリアに行く」
「………リデリアですか?」
「ああ。そこに俺達だけでは手に余るからな。人員補充に行くんだよ」
馬車の前にひょこりと顔を出すと訝しげな表情をしたユークリッドとと視線があう。
「レイの手駒を借りにな」
騎士団の人間には正攻法でしか調べられなくても、彼らはそれすら無視して主のために働く。ユークリッドが“分かりました”と頷いて休憩を終わらせるために動き出すのを横目にアルフレットはため息を吐く。
「さてなんて出るかね………」
明らかにきな臭いがする案件。ただの調査の筈にアルフレットは現実逃避した。
-一方………-
「さて、昼からも頑張りますか………」
熱を失った魔石を再び首にかけたレイは伸びをする。その顔に先ほどまでの悲壮感はない。
「ま………最初から上手くいくわけないよな」
-最初から完璧を求めない-
アルフレットからの指摘に自分が珍しく上手くいかないといけないと思い込んでいた事に気づく。その事実に苦笑し、目の前に聳え立つ自分の仕事場を見上げる。
「とりあえず、最初は“それなり”からだな」
どうしても百点満点を目指してしまうが最初からそれを目指してしまうと上手くいかない。新しい事は最初は“形”になっていればいいから始めないと長く続かない。特に目標が高ければ高いほどその壁は高いのだから。
「頑張るか………」
アルフレットとの通信を終えたレイは肩を竦めると歩き出した。
いつもお読みいただきましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです




