そんな魔術があったなら………
昼食をとるべく集まってきた団員達で第1食堂はごったがえしている。そんな中、自分の目の前に座るオルソを前に遠い目をしたレイは組んだ手の上に顎を乗せ、重々しく切り出す。
「いやぁ………俺はいつも通りだった。ただ、鐘が鳴ったからさ………飯に行こうって叫んだ時には………もう戦場だっただけだ」
「すいませんが話の内容が見えません」
疲れきった表情で告げてくる相手にオルソは苦笑する。どうやら同年代の部下達と食事に行く努力はしたらしい。オルソの返答に“はぁ~”と深いため息を溢したレイはガシガシと頭を掻いて肩を竦める。
「かけたらすぐにほぼ………全員がお気に入りの給仕がいる食堂を超押してきてさ」
声をかけたと思った次の瞬間には“さぁ………行きましょう”と殺気だった表情で目の前に立たれたのは恐怖体験だった。きっと魔物が大群で押し寄せてもあんなに怖くない。
「全員が“どの食堂に行きますか?もちろん………なんて言われてみろ。選べるかよ………」
誰か一人を選んだら血を見そうな状況。魔物なら倒して進めばいいが部下は倒したらそこで状況は詰んでしまう。ジリジリとこちらに近づいてくる敵。すぐ背には壁。
「気づいたらここで一人飯を食ってた」
「ようは逃げたんすね………」
「戦力的撤退だ!」
「何言ってるんですか…一人で過剰戦力な癖に………」
一人で第1隊と同じぐらいの活躍を戦場で見せる相手の言葉にオルソは突っ込む。その突っ込みにレイは今にも泣き出しそうな表情で叫ぶ。
「お前に俺の何が分かる!“もちろんイチオシはユキちゃんですよね?”とか聞かれる恐怖が!」
ワッと叫んで机に突っ伏す相手をオルソは苦い顔で見下ろす。戦場での頼りになる姿とは裏腹の姿にこれは新兵には見せられないなとオルソは苦笑する。一通り嘆いた相手は黒い面を全面に押し出しながら顔を上げる。
「これならレッドイーグルの群れの中に一人で突入してた方が気が楽でいい」
「普通はそっちの方が嫌ですけどね」
“チッ”と吐き捨てたレイにオルソは即座に突っ込む。ちなみにレッドイーグルとは竜騎士泣かせの切れ味のよい翼を持つ嘴に毒を持つまだ低級の魔獣だ。
「なら、ブルー………」
「団長、逃避したって何も変わりませんよ」
ブスくれた表情のままの相手にこういうのは俺の役目じゃないと思いながら、オルソは口を開く。
「だいたい、魔獣より人間の方が楽でしょう」
オルソの言葉にレイは腕を組んで天井を見上げる。
「ん………難しいな。暗殺しようとするのは人間の方が多いからな」
「団長の常識に俺は驚愕の嵐ですよ」
そう突っ込みながらも今日の定食を口に運ぶ。オルソの反応にイマイチ納得のいかない表情をしつつもレイも残りのおかずを口に運ぶ。
「でも戦場では誰にも追従を許さない団長が人間相手に苦労してるなんて不思議な感じですよ」
普段は団の長として毅然とした姿を晒す相手が人間関係。しかも、部下に迫られてうおさおしているなんておかしすぎる。クックッと笑いを噛み殺しながらもそう口にするとレイは苦虫を噛み潰したように苦笑する。
「そりゃあ、人間相手の方が大変だろ?」
「どうしてですか?」
自分の力量が足りなければ命を奪われる戦場より、人間の方が苦手だと告げる相手にオルソは首を傾げた。その反応にレイは真顔で向き直る。
「だって、魔獸は己の力量次第だけと人間は自分一人の力じゃどうにもなんないだろ?」
「………………………………………………」
予想外の言葉にオルソは瞬きして相手を伺う。
「魔獸は力があれば制圧出来るけど人間関係は力で従わせる事は出来てもそこに信頼関係は生まれない。何度も背を預けて闘って、相手を助け、助けられて関係を築いていく。でも、ちょっとした事で壊れるじゃん」
魔獸は殺したら終わりだが、人間関係は壊れたら一から築き直さないとならない。
「だから俺は魔獣を殲滅してる方が気が楽」
オルソに言われなくても自分の世界が狭くて、人間関係を構築するのが苦手だと分かっている。自分よりも上の人間は上手く自分を立てながら接してくれるからまだやっていけるが、同年代のしかも上下関係のある相手にどう接したらいいかなんて分からないのだ。
「でも、俺が逃げてたらなんにも進まないとは思うんだよな………これが………」
まともに会話も出来てない現状が辛い。“ふー”とため息を吐く相手にオルソは肩を竦めてみせる。
「ま、確かに魔獣は関係を築く必要は一切ありませんからね」
人間の害になる生物なので交遊関係は必要ないし、出会った自分の命を守るために全力で殲滅しなくてはならない。
「だろ?魔術を詠唱したら勝手に関係解消じゃん」
「魔獣はですね。人間相手にはやめて下さいよ!」
「当たり前だ!………とりあえず、俺は飯を食ったら帰るべきかを悩んでる」
「それは諦めて帰って下さい」
仕事からの逃亡を示唆する相手にオルソは即座に突っ込む。
その言葉にレイは頭を抱えて唸る。
「なぁ………いっその事………魔術を詠唱したら人間関係が構築出来る魔術はないかな?」
「それはまた………直球ですね」
「はぁ………あいつらは何に興味があるんだよ!」
「お疲れ様です」
「あー、俺やだもう!」
魔獣の大群よりも怖いもの………それは………。
「人間やめたい」
疲れたように吐き捨てられた言葉にオルソは微苦笑する。
「人間辞める前に出来る事はまだありますよ」
「………かな………」
オルソの励ましに肩を落として嘆いていたレイは“はぁぁ”と深いため息を吐いた。
「気が重いわ………」
オルソと別れ、ノロノロと仕事場に向かって歩いていたレイはどこか遠いところ見ながら現実逃避する。
“もっと色々進むと思ってたんだけどな………”
ポリポリと頭を掻いてため息を一つ追加する。なんとか雑談(女の話)は出来るようになったのでそれは大きな進歩だ。だが………仕事となるとやはり、互いに遠慮が生まれている。
「どうすっかな………」
これが魔獣相手なら“怯むな、突っ込め!!”で済むが人間関係はそうはいかない。
「………やっぱり………人間関係が簡単に構築出来る魔術ないかな………」
力に頼って生きてきた自分は初めてぶち当たった壁の高さにため息しか出ない。それでも敵前逃亡は恥ずかしいと仕事場に戻る決意を固めたレイは首から下げた通信石が熱をもっているのに気づく。誰からだと小首を傾げながらも耳につけて魔力を流す。
「はい、俺」
『レイ、元気にやってるか?』
そんな自分の耳に届いたのは聞き慣れた声。
「アルフレット!!待ってた!!」
その日、初めて自分の右腕からの連絡にレイは涙が出るほど感動した。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
さて、魔獣よりも人間相手への苦労が半端ない第5竜騎士団団長。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです




