ものは言いよう
「数は揃ったか?」
ノワール領領主室で男が二人向かい合っていた。一人が椅子に座っており、もう一人が膝をついている姿からその身分差は自ずと分かる。
「はい。それなりに………売り払うルートも見つかりましたので二、三日中には」
豪奢な作りの部屋のなかで椅子に座っていたユーティリは目の前に膝まづく相手に不満げに鼻を鳴らす。そんなユーティリを前に人好きする笑顔を浮かべた初老の男性は恭しく頭を下げる。
「あまり時間をかけると他から嗅ぎ付けられるとご心配されるユーティリ様のご心配はよく分かります。ご安心下さい。我々は人を誘拐して売っているのではありません」
「まぁ、そうだな」
奴隷商人の言葉にユーティリは頷く。そう自分達は下働きに出たいと思う子供達を集めて、一括で運んでいるだけた。子供がいなくなったと騒ぐ家族には見舞金も渡している。これはれっきとした慈善事業だ。
「国に嗅ぎ付けられるとややこしくなる。上手くやれ」
「心得ております」
どこか落ち着かない様子を晒す男性を前に奴隷商はうっそりと笑った。
-その頃………-
「ここだな」
「ですね」
“林檎屋”
煤けた看板に刻まれた文字を確認し、ユークリッドとアルフレットは顔を見合わせる。周囲は建物に囲まれており、まだ夕方だというのに薄暗い。あれからレイの指示通りにリルパを後にしてもうひとつノワール領に入る手前にある小さな宿場街であるリデリアまで進み、指定された店を探していたのだ。
「見つかってよかったです」
馬車止めに馬車を止めてから半刻。街の人間に場所を確認しながらようやく場所を突き止めた。ホッとした様子を漂わせる。ユークリッドの言葉にアルフレットも深く頷く。
「入るぞ」
「ええ」
促しに頷いてユークリッドはアルフレットに続く。扉を開けると“カランカラン”という音が店内に響き渡る。
「いらっしゃい」
扉を潜った途端、ドスの聞いた低い声が二人を迎える。どうやら飲み屋だったらしく、日暮れ前のこの時間店内は込み合っている。顔を声のした方に向けると五十手前のいかついスキンヘッドの男性が料理のためか刃物を握っている。一瞬、たじろいだユークリッドをよそにアルフレットはその人物に向かって歩き出す。もう出来上がっている男達は明らかに場違いな二人組に視線を送ってくるが一切無視だ。その視線を無視したアルフレットが店主に向かっていくのを少し腰が引けたユークリッドが慌てて追いかける。
「レイ・アルフォードに頼まれてきた」
薄暗い店内を歩いてカウンターに近づいたアルフレットは料理を作っており、こちらに関心すら抱かない相手に声をかける。そう告げるとこちらをそれまで見もしなかった男がようやく顎をしゃくる。
「あそこの席に座れ」
「ああ」
男の言葉に頷くとカウンターを外れ、指定された席に向かう。手慣れた様子のアルフレットの後をどこか落ち着かない様子をしたユークリッドがまたもや追いかける。
「なんか物騒なお店ですね」
目当ての席に腰を下ろすアルフレットに倣って向かいに席を下ろしたユークリッドはこっそりと囁く。
「まあな………ここは色んな奴らが集まる店だからな」
店内はギルド所属と思われる傭兵や冒険者に流れ者。一目見るだけでも一癖、二癖あるような面々が酒を飲み、料理で腹を満たしている。こんな店に今まで縁がなかったのかどこか落ち着かない様子のユークリッドに苦笑していたアルフレットに声がかかる。
「いらっしゃい、お兄さん達。僕をご所望と聞いたけど?」
その声にユークリッドは驚いた表情で顔を上げ、アルフレットは見慣れた姿に手を上げる。
「よっ、久しぶりだな」
フードを軽く上げて挨拶すると自分の姿に誰か分かったのか相手が口元に笑みを浮かべる。
「久しぶりだね。アルフ様。アルフ様が来たって事はご主人様が俺を呼んでくれたの?」
「ああ。お前に手伝ってもらえと聞いてな」
「それは嬉しいな」
そう言って少年は栗色の瞳を緩めて笑う。年の頃は17、8だろうか。すらりとした華奢な肢体に栗色の髪と持ち合わせた雰囲気はどこにいる少年とも変わらない。
「で、どんな用件?」
“はい”と少年は給仕係らしく、メニューを机に置きながら微笑む。アルフレットから上司の抱える間者に依頼すると聞いていたユークリッドはその柔らかい態度にホッとする。
「ノワールの件………でな」
アルフレットの告げた用件に少年は何度か瞬きした後、微笑む。
「ああ………そういう事。ん、了解。任せてよ」
「頼む」
少年があっさりと了承する姿にアルフレットは念を押す。その姿にクスリと笑い、少年はアルフレットにしだれかかる。
「もちろんだよ!ね、それよりレイ様はお元気?」
その仕草に唖然としているユークリッドをよそにアルフレットはその手を嫌そうに払いのける。
「元気だぞ。お前から解放されてな」
目の前のいかにも庇護欲を掻き立てる容姿であっても男である限り、迫られても嬉しくない。げんなりとした表情で告げると相手がクスクスと笑い出す。
「酷いな~。毎日、御奉仕したいって言っただけなのに」
「何の拷問だよ」
彼のいう御奉仕がどんな事か分かるアルフレットはどんよりとした目を晒す。
「望むなら、アルフ様だったら安くしとくよ?」
「断る」
「残念」
言葉では残念と言っているがその瞳は笑っていない。
「ま、僕の主はレイ様だけだからね」
そういうとアルフレットから体を離す。その言葉にアルフレットは嘆息する。
「その主様からのお願いだから手を抜くなよ」
「抜かないよ。失礼だな。僕がレイ様の依頼を失敗したことある?」
「ないな」
「でしょ?」
アルフレットが肩を竦めると少年“ん~”と伸びをした後、意地の悪い笑みを覗かせる。
「全力で取り組むから安心してよ」
「頼りになる」
「任せといて。だから、レイ様に会えるようにしてくれない?」
ね?とおねだりされたアルフレットは乾いた笑いを張りつける。
「あいつがいいって言ったらな」
「えー!ん………まぁいいか………。レイ様は飴と鞭の使い方をよく知ってるし………ご褒美ぐらいはくれるか………でも、僕って優秀なんだよ?僕が居る間。レイ様の部屋に虫けら一匹通したことはないもん。レイ様からここを拠点にするように言われた時は悔しくて、第一のフレアを殺害しようかと思ったぐらい」
「俺はあいつが夜な夜なお前との攻防に疲れていく姿が哀れだったよ」
自分の要求が通らないことに唇をとがらせながらも唸る相手にアルフレットは疲れたように突っ込む。たしかに彼が居る時は暗殺騒ぎもなかったが、毎夜違った意味で狙われていた上司に心底同情したものだ。ちなみにレイを暗殺しに来た暗殺者の末路は二つに別れる。一つは死。二つ目は徹底的に叩きのめされて妖しい道に目覚める。彼は後者だ。
「何を言うの。レイ様ほど美しく気高い人間はいないとすら思ってるよ。僕は」
真顔でそういい放つ姿にアルフレットはげんなりする。暫く離れていて忘れていたか青年は特殊な面々が多い中でもかなりの熱狂的なレイ心棒者だ。
「いつもながらに熱いな」
若干、引き気味で顔をひきつらせると相手はさも楽しそうに微笑む。
「何言ってるの。レイ様はこの世の神だよ………で、そこに飾り物みたいに鎮座している男がレイ様の副官?」
うふふと笑いながらもアルフレットといつもの調子で舌戦していた少年はこの間も一人黙り込んでいたユークリッドに視線を移す。自分に向けられた視線にユークリッドは軽くローブを上げて挨拶する
「初めまして」
「ふーん………」
ユークリッドの挨拶を観察し終えた青年はアルフレットに視線を移す。
「こんなんがレイ様の趣味なの?」
「リザ、止めてやれ。あいつはノーマルだ」
「だよね。こんな男がレイ様の趣味だったら僕が目を覚ましに行く所だよ」
いかにも慣れてない相手を前にリザと呼ばれた少年はユークリッドに視線を移す。
「初めまして、副団長様。僕はリザ」
男だというのは見た目からわかるがどことなく艶かしい姿にユークリッドは慌てて自己紹介する、
「私はユークリッド・コンフリートです。リザさん、よろしくお願いします」
「…………………………」
目の前に差し出された手に目を見張ったリザはユークリッドをギッと睨み付ける。
「なんのつもり?」
「え?」
睨まれたユークリッドは差し出したその手のままに固まる。だが、顔を紅潮させたリザは親の仇みたいな目で自身を睨み付けてくる。その態度に驚いて混乱するユークリッドをよそにリザは言い募る。
「友好的な態度を見せて懐柔しようとしても無駄だからな!レイ様の部下、一位の座は僕のものだからね!」
「………………………………」
顔を紅潮させて告げられる言葉にユークリッドは相手をマジマジと見つめてしまう。そんなユークリッドの反応にアルフレットは苦笑しながら口を開く。
「それはこいつの自称な。ちなみにレイは一切認めてないから」
「はぁ………………」
「自称なんかじゃない!僕ほどレイ様を愛し、尽くしてる部下はいないよ!時々、こっそり顔を見に行ってるんだから。だから、僕のレイ様をこんな奴に取られたらどうしようかと膓が煮えくり返りそうだね」
表情豊かにこちらに“べー”と下を出してくる相手に戸惑っていると更にアルフレットから爆弾が投下される。
「ちなみにこんな見かけだけどコイツ俺達と同い年だから」
「え?」
リザに押されている自分を哀れに思ったのかアルフレットが放った一言にユークリッドはリザと呼ばれた青年をマジマジと見てしまう。その視線はふんと鼻を鳴らされて蹴散らされるが更にアルフレットが追撃する。
「ちなみにコイツはこんな馬鹿だけど一応は優秀な間者だ」
アルフレットに優秀と評されたリザはユークリッドの前で斜に構えながら吐き捨てる。
「言っとくけど、僕はまだ貴方の事認めてないからね」
「………………………………………………」
リザからこんな奴扱いされたユークリッドは砦にいるだろう上司の姿を思い浮かべる。
“お疲れ様です、団長”
どこか変な気質のある人物に好かれる上司にユークリッドは心の底から同情するのだった。
“くしゅ”
同時刻。自身が噂の的になっている事を知りもしないレイ・アルフォードはくしゃみをして鼻を擦る。そんな上司に最初よりか距離の縮まった部下は声をかける。
「団長、大丈夫ですか?」
「ん、大丈夫だ。お、仕事終わったか?」
そんな上司に最初よりかは距離の縮まった部下は声をかける。
「はい」
「なら先に上がれよ。俺はこれだけやったらあがる」
そう言って急ぎの警備案を示すと部下達は顔を見合わせて頭を下げる。
「団長、でしたらお言葉に甘えてお先に失礼します」
『お疲れ様です!』
終業の鐘を聞いてから尚、半刻。仕事をしていた部下は昼食後にかけられた上司からの言葉に従う。
「おう、お疲れ」
昼間、執務室に戻って来た後から変な気負いをなくしたレイは机から顔を上げる。
-仕事が終われば気にせず、帰れ-
つかず、離れずと距離を計っていた間は互いに遠慮していた面々にいつもながらにそう声をかけたのだ。本当にいいのか?と伺う部下に遠慮するなと言い放ち。今に至っている。
「また明日な」
『はい』
自分に向かってかけられる言葉にレイは笑みを浮かべた。
いつもお読みいただきましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
説明会を上手く繋いでゆく技量がないことが歯がゆくて仕方ないです。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。




