アルフレット・ノワール
「ま、でも頑張るしかないよな」
暫しの間………遠くを見て現実逃避していた若冠17歳の青年団長はそう結論づけるとさっさと切り替えて再び書類に意識を戻す。
その時間………
ー僅か十数秒ー
「そう結論づけるお前が凄いな………」
いつもながらに前向きな上司発言にアルフレットは苦笑する。アルフレットの言葉に書類から顔をあげた相手はわざとらしく肩を竦めてみせる。
「考えてもみろよ。アルフレット。内情知らない奴らからすると俺はすっげぇ出世人事なんだぜ?毎年、毎年飽きもせずに王都で絡んでくる奴の胸ぐらつかんではっ倒したくなるぐらいに羨ましがられる内情だと思えば乗り越えられる」
「いやいや、それ完全嫌みだろ!」
いつも王都から帰ってくる度に上司が不機嫌な理由を悟ったアルフレットは冷静に突っ込む。羨ましがられるその内情をもっと知って欲しいとすら思ってしまう。そんないつものノリ突っ込みを見ていたユークリッドは“プッ”と吹き出す。急にクスクスと笑いだした副団長にレイとアルフレットは顔を見合わせる。
「なんか吹き出す要素あったか?」
ユークリッドがクスクスと笑い続けるのにレイは小首を傾げながらも問いかける。アルフレットも盛大な嫌みを気づいていて気にも止めない相手に突っ込んだだけなので一体何がそんなに面白いのかと眉根を寄せる。二人の訝しげな表情にひとしきり笑ったユークリッドは眦に浮かんだ涙を拭って口を開く。
「本当にお二人は仲がよろしいですね」
『は?』
ユークリッドの発言にアルフレットは目を剥く。一体どこをどう見ているのだろうか。反対に虚をつかれたように瞬いたレイはニヤリと笑う。
「これでも2年前からの付き合いなんだけどな」
「まだ2年なんですか?長年一緒に居られる感じがしますが」
「マジで!アルフレット、どうする?俺達相思相………」
ニヤニヤと悪戯を見つけたように上司がこちらを見た途端、アルフレットはポカリとその頭を叩く。
「いて!」
「ふざけんのもいい加減にしろ」
まるで自分の弟妹の悪戯を叱るようにアルフレットは上司の悪ふざけをたしなめる。それに唇を不満気に尖らせたレイははいはいと肩を竦める。
「ほんとに遠慮のない部下だな~」
「お前との関係疑われるぐらいなら、前線で戦死するわ」
この2年の俺の苦労はどれほどのものだったと思っているという視線を向けるとレイがニカッと笑う。
「確かにな~、俺はふっかふかの女の子が好きだもんね!」
自分の意を汲んだ相手が嬉しげに笑うのにアルフレットは後頭部をかいていたが“ハッ”と唐突に思い出す。
「だからって………お前、執務机に裸婦画なんていれんなよな!見つけた時のコメントに困るだろうが!」
つい先日の事件により上司の引き出しに入っていた裸婦画を思い出したアルフレットは上司を叱りつける。アルフレットの発言にレイは青ざめると引き出しの一番上を開けて絶句する。
「は?ちょっ………何で知ってんの!!」
アルフレットの発言につい先日までの激務の名残を思い出したレイは引き出しを凄まじい勢いで開けるとそのままカラカラと閉めて机の上に突っ伏す。
「うーわ………俺ないわ………」
「まぁ、お前も健全な男だから捨てろとは言わないけどな………とりあえず、隠し場所は部屋にしろ。部屋に!」
「………俺………マジ恥ずかし………」
自身のおかずを見られた衝撃にうちひしがれた相手の肩を叩いたアルフレットはそれをニコニコと微笑ましげに見守るユークリッドに気づいて焦る。
「副団長、俺たちそんな関係じゃ決してないですからね!」
アルフレットと上司の兄弟のようなじゃれあいを微笑ましげに眺めていたユークリッドは頷く。
「大丈夫です。分かってますよ」
「不安すぎるわ!!」
いかにも微笑ましげに自分達に向けられる視線にアルフレットは絶叫した。
「じゃ、俺帰るわ………」
ユークリッドの爆弾発言に疲れた表情で肩を落としたアルフレットは意気消沈した様子の上司が無言で差し出す書類を受けとると踵を返す。これ以上のやっかい事に関わってたまるかと言わんばかりの態度にユークリッドは微笑む。
「お疲れ様でした」
「………………ああ」
自分の背に躊躇いもなく労いの言葉をかけるユークリッドにアルフレットは目を軽く閉じてから振り返る。
「お前もね」
「ええ………多少、つまづいたとしてもまた立ち上がって歩き出せばいいんですから大丈夫ですよ」
問題新人による左遷人事を初経験し、新たな職場ではまともな事務能力の保持者がいないという過酷な現状であるのにユークリッドは悲壮感も見せずに苦笑する。
「ちょっと予想外に根が深いなという事は思いましたがね………」
ユークリッドの言葉にアルフレットは視線を伏せる。上司であるレイもユークリッドも自分達平民を見下しもしないし、差別もしない。それは他の団にいる同期に聞けば分かる。自分達は恵まれていると思うが………。
ーそれでも溝は確実にあるー
貴族と平民。金持ちと貧乏。出発点が違えば求めるラインは違ってくる。それが歯がゆくて辛い………。ただ生まれた場所が違うだけなのに。同じ年のユークリッドが身近に来た事によってそれがより顕著になった気がするのだ。何より上司であるレイが自分には頼らないことをユークリッドには頼るのだ。
“なに………嫉妬してんだか………”
自分とユークリッドでは上司であるレイの求めるものが違うと頭では分かっているのに複雑な感情が胸を過る。
「そっか………頑張れよ~。なんか役に立てる事があればいつでも相談のるわ」
ユークリッドには頭のキレる上司がついているから大丈夫だと分かっているのについ見栄を張る。そんなアルフレットからの言葉にユークリッドは頷く。
「よろしくお願いします」
「ああ。じゃぁな~」
ユークリッドからの言葉に軽く手をあげるとアルフレットは今度こそ部屋を後にした。
「………………………………………」
団長室を後にしたアルフレットは暫く無言で歩いてから立ち止まる。視界に入る山々は若葉で生い茂り瑞々しい。それを無言で眺めていたアルフレットは深い溜め息を吐いて自嘲する。自分が字を読めるようになったのはレイの諦めない指導の賜物だ。
「俺たち平民組は字が読めないのが基本だからな………」
そう呟いてアルフレットは天井を見上げる。上司二人は字が書けないこと読めないことが“ヤバイ”と慌てているがアルフレットとしては字が読めなくて困ると実感してないことの方が危ないと思うのだ。
なぜなら………………
アルフレット・ノワール
こう名乗る俺の名前はノワール地方出身のアルフレットという事しか教えてくれない。家名を持つのは貴族だけ。平民である俺達にあるのは地名だけなのだから………
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません!
少しでも楽しんで頂ければ幸いです
ユークリッドとアルフレット持ってる性格も性質も違う二人………の話をお楽しみ下さい




