俺の濃くて切ない2年間
ー俺の苦労は2年前から始まるー
「は!!なんで、俺が1番隊隊長なんですか!」
仮の隊長として団の総責任者である1番隊の隊長にアルフレットは食って掛かった。血走った目で突っかかってくる部下に申し訳なさそうに………だが、上司は組んだ手に顎を乗せて遠くを見やる。
「次期団長に内定したレイ・アルフォードの一存だ。ちなみに異議は受け付けないそうだ」
「そんなの横暴です!」
100人隊長どころか20人隊長もやっとの自分に何を任せるつもりだとアルフレットは気が遠くなる。突きつけられる現実に気を失いたいのに衝撃が強すぎて気を失うことも出来ない。アルフレットの血の気の引いた顔に1番隊隊長を務める男はふっと笑う。
「お前は人事は全て自分に一任する事を条件に団長を引き受けたレイ・アルフォードのお眼鏡に叶ったんだぞ」
ちなみに自分は新人が多く配属される9番隊への異動内示を承諾した。現上司からの声にアルフレットは溜め息を吐く。
「正直言って何も嬉しくありません」
「正直だな」
「確かにこの団の団長としてあの方は相応しいと思います」
利権のみを目当てに来た貴族のボンボンが団の女性達に手を出そうとした時もその機転を活かして彼女達を救った。その後、その貴族騎士団長の特大スキャンダルが発生し、貴族のボンボンは王都に送り返された。そのスキャンダルの内容はどうやって集めたと言わんばかりのもの。その手際よさと才覚に全員が彼を見たが本人は至って平素だった。これでまだ弱冠15歳だと言うから本当に末恐ろしすぎる。
「ですが、俺は平民で字も書けないし、読めません。誰も認めませんよ」
必死に自分には向いていないと訴えるがアルフレットの発言に1番隊隊長は頬を緩める。もう齢40を越えた男にはその青さが羨ましく、あの少年が自分の右腕にアルフレットを指名した理由が分かったのだ。
「俺も今から異議は受け付けない事にする」
「は?」
「お前はレイ・アルフォードが団長就任時から1番隊隊長だ」
自分もかつてはこうだっただろうかと思いながら自分の過去に男は思いを馳せる。彼がアルフレットを指名した時は無理だと抗議したが今なら分かる。あの少年がアルフレットを認めた理由が………。
「お前は1番隊隊長になるべきだ。そして彼を支えろ」
自分を見据えて呼び出された当初とは違う熱さをもって告げられる言葉にアルフレットは震える拳を握りしめた。
ー何考えてんだ!アイツは!ー
異議を受け付けてもらえずに団長室を後にしたアルフレットは怒りのままに相手が居るだろうと場所に向かう。怒りから表情を消した無の顔で歩く自分に周囲から視線とひそひそ声が向けられる。それに拳を握りしめながらアルフレットは目当ての場所に着くと感情のままに叫ぶ。
「レイ!!」
次期団長に対する礼儀など知るかと名を呼ぶと気乗りのない表情で自分の隊の訓練に臨んでいたレイが“よっ”と手をあげる。
「来たのか………」
「来たのかじゃない!!お前やってくれたな!」
そのいかにも普通な態度にアルフレットの堪忍袋の緒が弾けとぶ。確かにあの場所でお前に相応しい立場を与えてやると聞いていたので肚は括っていたが予想外の立場に目眩を覚える。怒りのままに相手を見据えると相手は肩を竦めるが再び平素と変わらない態度で部下の鍛練を観察し始める。
「レイ!聞いて……「諦めろよ。俺はお前しか認めないからな」
再度、叫んだ声は冷え冷えとした横顔と堅い意思に遮られる。その頑なな態度に驚いて思わずその横顔を眺めるがそこに宿る意思は揺るぎない。その見るものに圧倒的な意思を感じさせる少年にアルフレットは“だが”と言い募る。
「俺がい………」
「それ以上はここで言うな!」
凄まじいまでの威圧とこちらを見上げて即座に言葉を遮ったレイにアルフレットの方が驚く。彼から殺気に近い威圧を見せつけられた事のなかったアルフレットをその場に縫い止めれて呻く。アルフレットの言葉を遮った事を確認したレイは溜め息を吐いて空を見上げるとこちらを振り返る。
「場所変える………ちょっと待ってろよ」
あれ以来、百人隊長から一気に第三隊隊長に昇格していたレイは自分の副官に場を離れることを告げるために訓練の一時停止を止めた。
「だから、なんで俺なんだよ!もっと相応しい人物が居るだろうが!」
物陰にやって来て人の気配がないことを確認したアルフレットは問題な人事を引き起こした相手を振り返る。それに平素のまま肩を竦めたレイは閉ざしていた口を開く。
「お前しかいない」
「だから!」
「俺が本音言えるのはお前しかいないから駄目」
自分を見上げて告げられる言葉にアルフレットは言葉を失う。驚愕に染まったアルフレットの顔から嘆息して視線を逸らしたレイは壁に背を預けて空を仰ぐ。
「今のところ、俺が信用出来る部下はお前しかいない。だから駄目」
目に痛い青空は夏空。もうあれから二月も経っているとは思えない。時の流れとは早くて残酷。戻すことは出来ない。
「だから、お前は1番隊隊長でないと俺が困る」
そう告げる少年の言葉尻が何かを堪えるように震える。そして自分に向けられた視線は痛いほどに強い。
「変えたいんだよ。ここを」
自分に向けられた視線を前にアルフレットはゴクリと喉を鳴らす。
「アルフレット。お前も何かを変えたいと思うなら、他人に頼るなよ」
目元だけを緩ませたレイは切なげに視線を地面に落として自嘲的に吐き捨てる。
「助けたいと思ってもその手が間に合わなければ誰も救えないしな………」
その横顔がアルフレットは痛々しいまでの苦さを孕んでいる事に気づく。
「レイ………お前………」
“誰の死”を悼んでるんだと問いかけようとした言葉は相手が自分に向けたまだその死を乗り越えられていない瞳を目にして止める。
ーまだ聞けない………聞いてはいけないー
戦場ではいとも容易く人は死ぬ。誰かの死は乗り越えて行くものだがそれには個人差がある。少なくともアルフレットにはまだ目の前の少年がー誰かの死ーを乗り越えていないように思えた。
「だからアルフレット。変えられるだけの力が与えられるんなら逃げずに奪いとれ。他人に任せず、自分が変えないと何も変わんないぜ?だから、俺は団長職を得るんだからな」
自分を見つめるアルフレットを前にレイは“はぁー”と深い溜め息を吐いてから“ニヤリ”と笑った。
「だから俺はお前を1番隊にした。頼むぜ、相棒」
ー団長の右腕ーと呼ばれる1番隊隊長に任命されたアルフレットはその言葉に諦めて溜め息を吐く。あれ以来、この少年に巻き込まれて巻き込まれて流されて来た。こうなれば今から抵抗しても無理な気がしてきた。
「言っとくけどな。俺、平民で字は書けないし、読めないぞ」
1番隊隊長に就任しても自分に出来る事は何もないぞと相手に告げる。アルフレットが返した了承の意に笑ったレイは頷く。
「大丈夫。知ってる」
「ただ、お前の愚痴聞くぐらいしか出来ないぞ。10人隊長しかやった事ないからな」
「おう」
アルフレットの言葉にレイは頷き、笑う。
「大丈夫だ。それに関しては対策考えたから」
「は?」
虚を突かれたように瞬くとニヤリと笑った相手は懐から一冊の冊子を取り出す。
「とりあえずは字の読み書きからだよな?俺が付きっきりで教えてやるよ。任せろ、これは俺お手製の教本」
“ポン”と自分の手に置かれた本にアルフレットは“まさか………”と顔を青ざめさせる。
「名付けて“アマンダに首ったけ”だ」
冊子の表紙でお色気姿を披露する“アマンダ”を見下ろす。
「それをやろうぜ。まずは」
自分の意思がそこには介在しないことを理解したアルフレットは1番隊隊長の就任が気が遠くなるほど嫌になった。
ー現在ー
「………俺の2年間は濃いな………………」
自分の仕事部屋に戻り、上司から戻された小隊長の編成許可書を見下ろしながら溜め息を吐く。帰り道に思い出してしまった切ない2年間の始まりに溜め息が溢れ落ちる。
「でも………“アマンダに首ったけ”ははまったな………あれ」
自分のために用意された教本冊子は凄まじいバリエーションに溢れていた。あれで“読み書き”が気づいたら普通に出来るようになっていた優れものだ。ちなみに礼儀教本まである。
そして今………それはもれなく自身の部下の教育に使われている。
「アルフレット様!」
自分が部屋に戻って来た事に気づいた平民出身の今度小隊長になる青年が“アマンダに首ったけ”を持ってこちらにやって来る。
「ん?出来たか?」
「はい!なので答え合わせをお願いします!アマンダを幸せにするんです!俺は」
並々ならぬ気合いを込めて告げられる言葉に苦笑しながらもアルフレットは自身の机にある答え合わせの紙を取りだし、部下の答えを合わせる。部下の答えを見たアルフレットはその設問を選んだ時の“アマンダ”の反応を口にする。
「“あなたなんて最低ね!私のどこが醜いと言うの!”レリア、お前。“アマンダ”に罵声浴びせてるぞ」
「ええっ!」
アルフレットに答え合わせをしてもらった小隊長候補の青年は自身の手にある教本を食い入るように眺める。ちなみに全問正解出来ないと“アマンダ”から結婚しようという言葉は出ない。全問正解すると全問正解者のみに見せてもらえるサービスショットが答えの書かれた冊子についている。男の心理を上手く利用した教本冊子なのだ。
「アマンダを幸せにするんだろ。頑張れよ」
なぜか教本冊子の筈なのに挿し絵には女性の絵姿がついている。ちなみに答えによってアマンダとの恋愛ステップが変わるので自身もサービスショットを見たくて頑張ってしまった。“アマンダ………”と呟きながら机に戻った相手は必死に単語の意味を解読している。アマンダとの甘い未来は自分の読解力に掛かっているのだ。その姿にかつての自分自身を重ね合わせたアルフレットは天井を見上げて嘆息する。
「あれから2年か………本当に濃かったな………」
それ以外の感想がないほど生まれて24年よりも1番隊隊長就任してからの2年間が濃くて涙が溢れそうだった。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。
誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
*注意レイに巻き込まれた青年アルフレットの立身出世物語ではありません。
とりあえず、異世界の労働問題を解決しようと思いますです(笑)
少しでも楽しんで頂ければ幸いです




