まさしく………それは
風切り音が凄まじい音でユークリッドを襲う。
“早すぎる!”
竜騎士の背に同乗させてもらったユークリッドはその速度に突っ込む。この異世界に生まれて早………24年。竜に乗る機会のなかったユークリッドにとっては異世界初空の旅だ。前世で車で高速を走ったのとは違う。また新幹線で走ったのとは違う感覚………。ヘリコプターが除外なのは乗った事がないから。遮る壁も安全バーもないジェットコースターとでもいうのだろうか瞬きする間に次から次へと景色が変わっていく。
ー怖い………ー
本能的な恐怖感から前の竜騎士を掴む手をユークリッドは強める。
「副団長?」
「………大丈夫です。何でもありません」
相手が訝しげに問いかけるのにユークリッドは努めて平素を装う。
ー決して見栄ではないー
ただ副団長の自分が竜の速度が怖いなんて口が裂けても言えないだけだ。再度繰り返そう………
ー決して見栄ではないー
そんなユークリッドを他所に竜騎士の青年は至極当然と言わんばかりに微笑む。
「なにかありましたら言って下さいね」
「ええ、ありがとうございます」
竜騎士の速度についていけないなんて絶対に口に出せないユークリッドに出来る事はただ一つ。
ー無言で相手を掴む力を強くして、相手との物理的に距離を縮める事だったー
“あ、当たってるから!副団長!!”
ユークリッドが距離を縮めた途端に背にあたるものに竜騎士の一人である青年は遠い目をする。これが女性なら言うことないがいくら見目麗しくとも男は男だ。背に当たる感触は硬い胸板に………口に出したくもないものだ。
“ロディア様なら良かったのに………”
魔術師だけの部隊。第4隊の隊長を勤めるロディアから抱きつかれたら鼻血ものだが、現実はそう甘くない。
「副団長………も、もう少しだけ離れてもらっても大丈夫でしょうか?」
腰にあたる切ない感触にだけは耐えられなかった竜騎士の青年は距離を縮めてきた副団長にそっと懇願した。
「団長~!」
氷漬けにしたキマイラ3倍もどきを見上げていたレイはその声に振り返る。
「何?」
「待機組が見えました!」
息を切らして報告に来た団員の声に空を見上げると空の彼方に点々と黒い点が浮かんでいるのがわかる。
「きたか………」
夜明けが見えはじめた空は東から徐々に藍色に変化し始め、山裾は赤く染まっている。その点を見上げていた間にも影はどんどんと近づき、その場に最終的には200人を越える人間が降り立つ。
「よく…………「団長~!」
“よく来てくれた………”と続ける筈だった声はとある声に掻き消される。
「お前、煩い!」
労いの声を掻き消されたレイはその声の主をねめつける。それにタジタジとした相手はその視線にうっと胸を押さえる。
「団長にそんな視線を向けられたら、ドキドキする………僕」
「それ以上、口開いたらキマイラもどきの前にお前をぶち殺す」
金色に空色の瞳を宿した美少年と言っても過言ではない少年が頬を染めるのにレイは冷たく言い放つ。そのいつものやり取りに全員が苦笑する。このやり取りが始まるのは本当にヤバイ戦場の前段階の時。なぜなら、今も“触んな!”・“近づくな!”・“俺の視界に入んな!”と叫ぶ団長がこの少年を召喚したからだ。そんな上司に向かって“ふふ、照れちゃって”と嬉しげに笑うのは団きっての問題児。魔術師団の奥の手ーユリアラ・ヘンドリックスーだ。色んな事に寛容な団長がそれでもそんな問題児と熾烈なやり取りをするようになったのは………
ー1年前まで遡るー
天才少年としてその名を轟かせた少年が左遷されてきたのはひとえにその我が儘で尊大な性格ゆえ。初めての戦場で戦死者と負傷者が入り乱れる戦場に降り立った彼からの発言に全員が反感を抱いた。
“こんな汚ない場所なんてやだよ!なんで、僕がこんな所に来ないといけないんだよ!”
天才少年としてちやほやされていた少年にとって血や肉片が落ち、人間の焼ける臭いのする戦場はまさに地獄だったのだろう。その発言に全員が反感を抱くも相手のバックボーンを知るが故に何も言えずに居た中、それを聞いていたレイが無言で近づいてくると少年を馬から引きずり落としたのだ。
“何するんだよ!”
そう喚く少年に凍りつくような寒々とした表情と視線を向けたレイはその頬を無言で張り飛ばしたのだ。全員が目を剥くなかレイに迷いはなかった。
“ふざけんな。自らの命をかけて戦うこともしらない餓鬼が戦場を汚ない言うな!ここら自らの命をかけて守りたいものを守った奴の聖域だ。何もしてないお前には奴らを侮蔑する言葉を吐く権利はない”
その言葉に友を失ったもの………家族を失ったものが目を伏せて目礼する。頬を押さえて、血や肉片でぐちゃぐちゃの戦場に腰をついていた少年はレイを呆然と見上げ………。
“はい………申し訳ありませんでした”
その一言から今に至るのだ………。
「いいな!絶対に俺の半径三メートルには入んな!」
ふーふーと毛を逆立てるように少年を見据えたレイが叫ぶ声に一年前を回顧していた面々は現実に戻ってくる。
「もちろんだよ!遠くから貴方を眺めるのもまた違った趣でたまらないからね」
それ以来、間違った方向性でレイを崇拝するようになったユリアラ・ヘンドリックスは真顔で断言する。
「それに貴方の役に立つためなら、この身なんて投げ出す覚悟だよ」
「キモい!」
同い年の青年から無償の愛を捧げられる事に鳥肌をたたせた第5竜騎士団団長レイ・アルフォードは今日もその愛の受け取りを全力で拒否するのだった。
ーそんないつもの漫才が繰り広げられている頃ー
「キリア様」
キマイラから三キロほど後方の森の中で新兵達を最低限の人数でフォローしながら進軍していたロディアは横を歩く第2隊竜騎士キリア・ロベルトに声をかける。その声に傍らに視線を落としたキリアは優しく微笑む。
「何ですか?ロディア様」
「今、私たちは後方からレイ様の攻撃魔法が周囲に被害を出すのを止めるための結界を張る為に移動してるわ」
歩みは止めずに話しかけるロディアにキリアも頷く。闇夜にも浮かぶほど白く美しい顏にキリアは見惚れる。だがそれを隠してキリアは穏やかに頷く。
「そうですね。時間を考えるとギリギリですね」
今宵は運も悪く新月。普段なら月を頼りに方向を確認することも出来るが今日はそれすら出来ない。
「団長が待ってると仰って下さるなら大丈夫ですよ」
氷漬けにしてやった。時間は稼いだ。だから冷静に素早く行動しろ。その連絡が来たのが数時間前。あれから休みを適度に挟みながらもキマイラを円で囲むように魔術師団の面々が進軍している。反対側と西側からは砦からの面々が布陣する。こちらから切り離した分隊が東側を補う。キリアの声にロディアは小さく頷く。
「そうね………」
詰めていた息を吐いてロディアは前を見据える。
「私たちには私たちで出来る最善を尽くすしかないわ」
ー女性だからー
その言葉で評価してしまうには勿体ない魅力を持つ人間がそこにはいた。前を見据えてきゅっと紅い唇を噛み締めるその姿にキリアは頬を緩めてしまう。
「貴女なら大丈夫ですよ」
月並みの言葉に万感の思いをのせてキリアはロディアを励ます。
「………ありがとう………」
その言葉に自分の横に立つ男をロディアはチラリと見やる。
ーその瞬間ー
雲を赤色に染め上げて赤き光が山あいから姿を表しだすのに気づいたキリアは徹夜で歩き続けるロディアを励ます。
「さぁ、行きましょう!夜明けも近いです」
「ええ………」
その言葉にロディアは頷く。
ーまさに灯りのない闇夜は終わりを告げようとしていたー
ーその頃ー
「俺の半径三メートル以内には絶対入るなよ!」
何度も釘をさしながらもレイはキマイラ3倍擬きの前に向かう。
「肩を並べることが出来なくて残念だけど、貴方の役に立つならついて行くよ」
他の人間には甘い言葉を吐かない相手の声にレイは総毛立つ。
ー本当にキモい!ー
ついて来いとは言ったものの、ぶち殺したくなる。総毛立つ鳥肌を服の上から擦りながらレイは務めて平素を装う。
「こいつの属性をしらべろ」
キマイラ3倍擬きの前で立ち止まり、くいっと示すと途端にユリアラの顔つきが変わる。
「へぇ………これはまた興味深い………」
そう淡々と呟いたユリアラはレイの存在を忘れて規制線ギリギリまで近づくと手を翳す。
“………こうしてると普通なんだけどな………”
ユリアラの横顔を眺めながらレイは色んな意味で安堵する。複雑な呪文がユリアラの口から紡がれていく。それを腕を組んで見守りながらレイは溜め息を吐く。何の嫌がらせか第5竜騎士団にはまともな奴は左遷されて来ない。
ー左遷ー
文字で表せばたった2文字だがその2文字がもたらす被害は甚大だ。
「左遷、左遷って気軽に左遷するのはいいけどさ………左遷先の被害も考えて欲しいもんだ」
そう呟いて肩を竦めると同時にユリアラの詠唱が止まる。
ーそしてー
「団長、これの属性は………………」
自分を振り返ったユリアラが冷静な表情で口を開こうとした瞬間ー。
《ビキビキビキ》
何かが割れる音が響き出す。
「全属性だよ」
ユリアラの言葉が届くと同時に半日ぶりに氷漬けから解放されたキマイラ3倍擬きの咆哮が響き渡る。その咆哮に“ふぅー”と溜め息を吐いたレイは肩を竦めて吐き捨てる。
「さて、第二ラウンドの始まりだ」
氷漬けにされた事が気に入らなかったのか怒りの咆哮をあげるキマイラ3倍擬きにレイはニヤリと微笑んだ。
その後方ー5キロ地点ー
「何の声ですか!!」
空気を震わせるような咆哮が耳に届いたユークリッドは前で手綱を握る竜騎士の肩越しに前を見やる。まだ視界には広い平野しか見えないがその中心に居すわる何かが上げる声だとは分かる。
「副団長!!危ないから座って下さい!」
「すいません………」
中腰で前のめりだったユークリッドは竜騎士の懇願に腰を下ろす。それでも諦めはせず、前を見続ける。どんどん景色が変わっていく中にユークリッドは見慣れたものが視界に入ってくるのに呻く。その物体にユークリッドは見覚えがあった。前世時代幼き頃にはその姿に熱狂し、成長してからは国会議○堂が破壊される光景に熱狂していた。
そう………それはまさしく………
「キング○ドラ………………」
見えてきた災害級魔獣を前にユークリッドの脳裏に甦ったのは前世の少年時代に大流行した某怪獣映画だった。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。
誤字、脱字がありましたら申し訳ありません。
リアルが忙しくて投稿までに時間が開きました。誠に申し訳ありませんでした。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
それでもひとつだけ言わせて下さい。
もつ鍋食べ放題は油がキツい………です




