自分の仕事の守るのも
「ねぇ、ねぇアカリちゃんはいつお休みなの?」
「休みが合えば下の街で買い物に付き合ってもらってもいいんだが?」
「んー、残念だけど暫くお休みはないの~」
こちらが家族に対する手紙の代筆をお願いしてからまとわりついて来る相手にアカリは苦笑する。貴族のお坊ちゃんから“手紙書いてあげるよ~”と言われて断れなかっただけでアカリ自身は貴族のお坊ちゃんが嫌いだった。仕事時間にも関わらず、食堂に入り浸ってことある毎に自分を呼び止めるのだ。業務妨害も甚だしい。迷惑だな~と思うが言えないのは貴族のお坊ちゃんだからだ。アカリにとっては本当に迷惑極まりない相手だ。
「えー、仕事なんてサボっちゃえばいいじゃん!」
黄色の髪を揺らしながら“ねぇねぇ”とロッドはアカリの手を掴む。許可なく人に遠慮なく触れてくる相手にアカリの嫌悪感は増す。そんなアカリの気持ちも知らず、赤色の髪をかきあげながらレドリアルはこちらの申し出に頷かないアカリに更に不機嫌さを増す。
「貴族の俺達が誘ってるんだから来ればいいだろう」
ロッドほどではないが見目のいいアカリを連れ回す事に優越感を感じていたレドリアルは不機嫌にいい放つ。それに顔をひきつらせてどう逃げようかと考えいたアカリは無言で読書に励む青色の髪の男ブレオに視線を移すが。
「お前たちの好きにしろ」
「決まり~!」
「じゃあ、さっそく明日………」
「わ、私は………」
このままだと勝手に連れて行かれてしまうと青ざめたアカリが言葉に詰まったその時。
「嫌がる女性に無理矢理交際を迫るのはセクハラですよ」
『ん?』
女性の背後に現れた男の声に揃って顔を上げたロッドとレドリアルはそこに立つ相手に目を見開いて固まる。そんな二人を他所にブレオは読んでいた本から顔をあげて現れた男を優雅に見上げる。
「副団長、わざわざこんな所にいらっしゃるなんてどうされたんですか?」
鉄仮面と呼ばれるユークリッド・コンフリートの名に相応しく感情を一切感じさせない無表情で自分達を見下ろす男がそこにいた。
「一体、何ですか?こんな時間に………」
食堂でアイドルの給仕と戯れていたー3馬鹿トリオーを魔術師団の事務室に連行したユークリッドは固まる二人を他所に強気な態度を崩さないブレオの声に振り返る。感情を全く感じさせない表情で3人を見下ろしたユークリッドは冷え冷えとした口調で質問する。
「こんな時間?まだ勤務時間内でしょう」
勤務時間まで残り10分もある時間に持ち場を離れている時点で怒りのメーターを振り切った。給料を貰ってるなら働け!と思う。そんなユークリッドの指摘にブレオは相手を馬鹿にしたように呆れたように肩を竦める。
「仕事が早く終わったので早めに仕事を終えることのどこか悪いんですか?」
「仕事が終わった?」
ブレオの言い訳にユークリッドの周囲の温度が下がる。水魔法が得意なユークリッドは感情が高ぶると周囲の温度が下がる癖がある。普段は完璧に制御しているユークリッドが周囲に魔力の影響を出した時点でどれぐらい憤っているかが分かる。
「この足の踏み場もないような仕事場でよくも仕事が終わったなんて言えますね!!」
ユークリッドの怒声が部屋に響き渡る。
「この床に落ちた書類は期日はとっくに過ぎているんですよ!」
床に落ちた書類を拾い上げ、ユークリッドはそれ以外にも書類の積み上がった机を叩く。
「この書類の中にどれだけの人の希望が込められてるか分かりますか?」
紙にすればたった一枚。書かれてる内容に違いはあれ、治安に多大な不安があるこの異世界で嘆願書を届けることが一般庶民にどれだけ難しいか貴族である彼らには分からないのだ。その証拠に………
「希望?ただの便利屋扱いでしょう?雨が降らないからどうにかして欲しい。低級の魔獣が出た。退治して欲しい。そんなのに一々、対応していたら我々の体がどれだけあっても足りないでしょう」
ユークリッドの言葉にブレオは肩を竦めて言い放つ。辺境の騎士団に届く嘆願書の多くが自分でどうにかしろよと思うような嘆願書だ。
「雨を降らせろ。そんなのは呪文を唱えたら終わりじゃないか」
ブレオの当たり前と言わんばかりの発言にユークリッドの怒りに沸いていた頭が凄まじい勢いで冷える。
“ふざけるな………”
ブレオの背後でビクビクと事の成り行きを伺っていた二人が頷くのが更に怒りに油を注ぐ。
「なら………それが国からのアルへ地方への魔獣討伐依頼書であったとしてもですか?」
『は?』
ユークリッドの発言に3馬鹿トリオは目を丸くする。
「アルへ地方に一番近い騎士団は第5竜騎士団しかない。ましてやそれが災害級ともなれば早急に対処しなければ甚大な被害が出ると分かっていともですか!」
「そ、そんな書類、見たことありません!」
「お、俺も見てないです」
ブレオがユークリッドに対して何か言う前に顔を青ざめさせたロッドとレドリアルが背後から進み出て首を振る。そのあまりにも責任感のない態度にユークリッドはローブのうちポケットに入れて置いた書類を取り出す。
「これが証拠です」
フランが王都での自分の立場を悪くするかもしれない現状でそれでも集めてくれた情報を机の上に広げてユークリッドは追求していく。
「この討伐依頼書が届いたのは昨日の朝、青の刻です」
三人が食い入るように書類を見る前でユークリッドは淡々と事実を指摘していく。
「連絡部からすぐに騎士団の事務課に連絡が入り、担当者に
よる暗号の解読が開始されました」
そう口にしながらユークリッドの目が遠くをみやる。その当たり前の作業の中で暗号は更に暗号化されたのだ。
「その後、事務課担当のヴァイセによりこの魔術師団の事務課に運ばれた所までは正確に記載されています」
『………………………………………』
ユークリッドの指摘に自身の言い逃れの隙を探して目を皿のようにして書類を見る二人を他所に冷めた目でブレオはユークリッドをみやる。
「青の刻に我々がここに居なかった証拠もあるんでしょう?」
「ええ………」
彼らの背後の貴族位を意識したときにユークリッドは徹底的に言い逃れが出来ない証拠を集めた。ブレオの背後で書類の不備を探す二人はまだ諦めておらず、ユークリッドを睨む。
「こ、こんな書類俺達を貶めるために捏造されたものかもしれないじゃないか!」
言い逃れ出来る要素がまったくなかったレドリアルは書類がおかしいんじゃないかと叫びだす。
「そ、そうだよな!俺たちは仕事をしてやってるんだ!」
それに便乗したロッドがわめきだすのにユークリッドはため息を吐いて用意して置いた奥の手を呼び出す。
「ヴァイセ、入りなさい」
閉められた事務課の扉にそっと呼び掛けると私服姿の茶色の色彩を持つ小柄な青年が恐る恐る入ってくる。
「副団長、俺………何かしました?」
半泣きの表情で入ってきたヴァイセが不安げにユークリッドを伺う。その気弱そうな様子とは裏腹に壊滅させたい敵の所に送り込んだら見事に敵を内部から崩壊させてくれそうな特技を持っている彼にユークリッドは微笑む。
「いえ、貴方には貴方の書いた書類を見つけて欲しかっただけなんです」
「書類?」
上司の予想外の言葉にヴァイセは目を瞬かせる。
「貴方が昨日、こちらに持って来てくれた書類です」
「ああ!災害級魔獣の討伐依頼書ですか!」
ユークリッドの言葉に合点がいったヴァイセはようやくほっとする。
「こちらに伺った時、誰も居なかったので見つけやすいようにそちらの机の上に置かせて頂きました!」
『!!』
ヴァイセの言葉にロッドとレドリアルは目を見開く。ブレオは淡々と事の成り行きを見守っている。
「ここに置いてあった書類を見つけて頂けますか?」
「分かりました。お時間下さい」
ユークリッドの言葉に自分が何かミスをして呼び出されたんじゃないと分かったヴァイセは“すいません”と硬直する三人の横をすり抜けて机に近寄るとうーんと唸りながら書類を捲り始める。
「勝手にさわ………」
「勝手にどうするんだ?」
顔を赤くしてヴァイセが書類を整理していくのを見守っていたレドリアルが声を荒げようとする中、アルフレットは言葉を被せる。その声に背後を振り返ると扉に凭れるアルフレットが立っている。
「………………………………………」
逃げ道を押さえられ、逃げ場所を失ったレドリアルが悔しげに俯く中、ヴァイセは探し続ける。………どれぐらいの時間がたったのか………重苦しい沈黙に支配されていた事務室にヴァイセの明るい声が響く。
「ありました!副団長!」
見ようによっては犬の尻尾が見えそうなぐらい得意気に書類を掲げるヴァイセに3馬鹿トリオは肩を落とす。
「こちらに頂けますか?」
「はい!!」
副団長の声に走りよったヴァイセはどうぞとユークリッド書類を渡す。それにザッと目を通したユークリッドは思わず口元を抑えて悲鳴を堪える。ヴァイセが渡して来た書類は見事に近況を伝える手紙と化している。あまりの衝撃にユークリッドはヴァイセにひきつった笑みを浮かべる。
「貴方の(潰滅的な)文才に感動します」
「いや~、それほどでも………」
副団長に誉められて満更でもない表情のヴァイセをアルフレットは生暖かい瞳で見守る。
「か、貸して下さい!」
そんなやり取りを見守っていたレドリアルはキッとヴァイセを睨むとユークリッドの手から書類を引ったくる。ひったくり中身に目を通したレドリアルが硬直する。それを訝しげに覗き込んだロッドも目を見開いてワナワナと震えだす。
「………………………………………………」
二人の様子に興味を引かれて書類を覗き込んだブレオは遠くをみやる。
「これで貴方達にもいかに就業中はきっちりと働かないといけないかが分かったでしょう!!」
熱いものが込み上げてくるユークリッドは目頭を押さえなが言い放つ。本当にこの騎士団の仕事に対する熱意とは裏腹な技術力の低さに涙が溢れる。だが、この3馬鹿は違う。
「これから貴方達の職務怠慢が招いた結果の責任を取りに行きます。そこで貴方方は今回のミスが招いた結果を知るでしょう。そこに行っても貴方達が自分の仕事の意味を理解出来ないのなら………辞めてしまいなさい!貴方方に人の命を背負う資格はない!」
普段の冷静沈着な副団長の怒声に魔術師団の3馬鹿トリオは言葉を失った。
ーそしてー
『ユークリッドがこっちに来んの?』
魔石を通して上司の驚いた声音が耳に届く。
「ああ………」
3馬鹿トリオの叱責も終わり、魔石を通して遠い所にいる上司に連絡をとっていたアルフレットは夜の空を眺めながら現実逃避する。
「馬車で向かうらしいぞ」
もちろんそんなに時間のかかる方法は却下し、竜騎士四人を伴につけて運ばせる算段を取り付けて送り出したがアルフレットは誰かにこの言い知れない脱力感を共有して欲しかった。そしてそれは違う事なく上司に届く。
『なんで馬車?』
「さぁ………」
その場に居合わせた俺が一番知りたいよ!と思いながらもアルフレットは正しい情報を口にする。
「だがな、さすがに時間かかるなと思って竜騎士に運ばせた」
『お、おう。お疲れ………』
魔石の向こうで上司が怪訝そうな顔をしているのを浮かべているのを想像したアルフレットは口元を緩める。
「疲れたから帰って来たら労を労え」
『了解』
「じゃあな」
それだけを言って通信を終えたアルフレットが空を眺めたのと同時刻。
「アルフレット様はなんて?」
レイの横で今日の夕食ー薬草のスープーを啜っていたオルソは酷く消化不良の表情で通信を終えた上司を見下ろす。それにスープの椀を抱えたまま通信していたレイは怪訝そうな表情のままオルソに視線を移す。
「なんか………ユークリッドが馬車で来るらしい………」
アルフレットと同じような脱力感に見回れたレイは横にいた部下に共有して欲しいと訴える。
「………………………」
上司の予想外の言葉に押し黙ったオルソはうーんと空を眺めて見てからレイに問いかける。
「なんで馬車なんすか?」
「さぁ………」
オルソの疑問にふるふると首を振ったレイは冷めかかったスープを再び口に運んだ。
いつもお読みいただきましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。




