決めるのはお前だ
「はぁ………………」
仕事が終わるまで後一時間。いまだ返事のない男にフランはため息が零れるのを止められなかった。
“どうする………”
シークが駄目だった時は別の人間に協力を頼まないといけないが………それだとユークリッドのしたい事がバレる可能性がある。どうする、どうするだけが頭を駆け巡る。キースからは目的のものは入ったと聞いた。後は魔術師団の情報だけ。
「………………………………………」
机の上で組んだ手に額を当てる。
ーどうか頼む………ー
協力して欲しいと願うフランの願いも空しく、終業の鐘は鳴り響く。
“駄目だったか………”
無常にも鳴り響いた鐘の音に周囲の人間が仕事を終えて帰っていく。かけられる声におざなりに返事をしながらもフランは最後の希望に賭け続ける。
「フラン、まだ帰らないのか?」
最後まで仕事をしていた男が声をかけるのにフランは頷く。
「ああ………もうちょっと………」
「そうか。お疲れー」
「お疲れ………」
そう返してとうとう一人となった場所でフランは天井を見上げてため息を吐く。駄目だったならここに居ても仕方ない。そう諦めて席をたった時。背後から声がかかる。
「なんだ………居たのか………」
「シーク!」
その声を待ち望んでいたフランは弾かれたように振り返って男の姿を視界に入れる。その声に辛気くさい顔をしたシークはつかつかとフランの前に進み出るとその机に持っていた紙を叩きつける。
「いなければよかったが………これが最初で最後だぞ」
「ああ………!」
叩きつけられた紙片を握りしめフランは頷く。
「シーク、ありがとう!助かった!」
その言葉にシークはにこりともせず視線を逸らす。
「別に。お前には助けてもらってるからな」
それだけを告げてシークは身を翻す。そんなシークの背中にフランは声をかける。
「シーク!」
その声にシークはこちらを見ることはしないが立ち止まる。その背にフランは自分の願いを口にする。
「いつか………いつか貴族だからじゃなくて。仕事が平等に出来る場所作ってやる!」
フランの声を背に受けたシークは何も言わずにその場を後にした。
「ユークリッド………待ってろ!」
その背を見送ったフランはキースとの落ち合い場所に向かって走り出した。
「行きましたね………」
「ああ………」
夕闇を背に飛び立っていた竜騎士と魔術師を並んで見送っていたアルフレットとユークリッドは言葉を交わす。少し疲れた様子のアルフレットにユークリッドは視線をそらしながら謝罪する。
「すいません。魔術師団には変人が多くて………」
「ああ………うん………大丈夫だ」
危うくお前を筆頭になと言いかけたアルフレットは慌てて言葉を濁す。
「ま、夜半には着くだろ」
「はい………」
魔術師には何故あんなにヒッキーが多いのか。満足にも集合出来ないとか社会人として終わっている。無事に帰って来たら社会人の心得を叩きこもうとユークリッドは心に決める。二人してため息を溢して部屋に帰ろうと身を翻した二人に息を切らした連絡部の人間が声を張り上げる。
「ユークリッド様!フラン・キャドル様から連絡です!」
『!!』
待ち望んでいた連絡に顔を見合わせた二人はどちらともなく水鏡室に向けて走り出した。
「………………………………」
何かに触発されるように眠りの波から引き戻されたレイはまだ寝起きでよく働かない思考能力の中、本能で魔石に手をかける。
「ん、俺」
『団長』
耳に滑り込んでくる声にレイはようやく覚醒する。あくびを噛み殺しながら声を出す。
「ユークリッドか?どうした?」
寝ぼけ眼を擦りながら問いかける。少しのつもりがかなり寝入っていたらしい。周囲が静かなのを確認し、何も起こってない事を確かめる。そんな間にももう一度あくびをする。言いよどむかのように無言が続く。
「ユークリッド。どうした?」
その無言に眠気が覚める何か起きたのかと再度促す。その促しにユークリッドは覚悟を決めたのか口を開く。
『この度の報告遅延の結果が分かりました』
「聞こう………」
『はい………』
ユークリッドの気落ちした声にレイは肩を竦めた。
「ん?つまり話を総合すると騎士団と魔術師団からの連絡が同時だったと」
『はい』
「んで、しかも職務時間にも関わらず出勤してなかったから連絡が受け取れなかった………と?」
ユークリッドの話を聞きながら渋面を作ったレイは眉間に寄った皺を伸ばしながら唸る。その言葉にユークリッドがため息を吐く。
『はい………』
「そうか………」
ユークリッドからの報告を聞いてまず思ったのは失礼だが。
ー魔術師団終わってるー
………だ。情報の共有が出来ないとかもう何から突っ込んだらいいのか分からない。そこについては帰ってからユークリッドと詰めようと心に決める。せっかく仕事の出来る副団長が来てくれたのだ。これを機に立て直さない手はない。
「で、お前はどうすんの?」
『え?………いや………その』
「黒なのは決定だ。ミスしてるのもその3人で間違いない。なら、どうする?」
砦の今の最終責任者はユークリッドだ。何か起きたらユークリッドの判断に任せようと心に決めていた。言葉に詰まるユークリッドにレイは口を開く。
「今の砦の最終責任者は誰だ?お前だろ、ユークリッド」
彼にはこれから数えきれないほどの決断が課せられる。
ーだからー
「決めるのはお前だ。ユークリッド」
その3人の処分はユークリッドの手に委ねた。
ー決めるのはお前だー
ユークリッドはそう告げる声に息を飲む。ただ、報告すればいいと思っていた自分を打ちのめす言葉にユークリッドは言葉を失う。
『ユークリッド、お前はどうしたい?』
「私は………………」
ーどうしたい?ー
そう聞かれてユークリッドは言葉につまる。今まで自分は前世の教訓から勉強に励み、優秀な成績を残すことにのみ全力を注いできた。将来の安定した生活を夢にそれも自分でしたいと思って全力を投じたことだ。だが………今、自分がどうしたいかは分からない。良いも悪くも二回目の人生を歩いて来た自分は“どうしたいか”ではなく“どうあるべきか”で生きて来た。
ー私は、今どうしたいんだ!ー
仕事をサボった部下を断罪したいのか?
上司である相手に決めて欲しいのか………
「つ………」
まだ17歳の若き青年の声に二回目の人生にあぐらをかいて自分の意思がなく流されて生きてきた事を突きつけられる。言葉が出ないユークリッドに上司であるレイの声が響く。
『ユークリッド、お前がどうしたいか決まったらいつでもいい連絡してこい』
「団長」
『これからお前が副団長として生きていくならこれから数えきれないほど決断を迫られる』
「はい………」
『お前の決断ひとつで多くの部下の生死が決まるんだ。分かるな?』
「はい」
自分に分かるように声を荒げることなく語りかける声にユークリッドは白くなるほど拳を握りしめる。
『その時、お前はその決断が正しかったか間違っているかを真剣に考えないといけなくなる』
「はいっ!」
まだ17歳の青年の団を預かるという責任の重さを知る声にユークリッドは我知らず目頭を熱くする。
『でも、その時にその決断が間違ってるか正しいかなんて分かんないんだよ、人間。神様でもないしな。だったら自分は何を基準に決断するかなんだよ』
「………………………………………」
自分に語りかける声にユークリッドは何も言えずに無言で頷く。
『間違ってるか正しいかなんて分からないなら、せめてお前がその決断をして胸を張れるかを考えろ。その決断で命を失うかもしれない部下に胸が張れるか。その一点だけは絶対に譲るな。分かったな?』
「はい」
『ならいい。ユークリッド、連絡待ってるぞ』
そう告げられた言葉を最後に魔石が熱を失う。
「ユークリッド………」
手を魔石からおろし、どこか放心した表情でだが晴れやかな顔で虚空を眺めるユークリッドにアルフレットは声をかける。
「アルフレット………」
「なんだ?」
自分の方を振り向いたユークリッドに視線を投げ掛けるとそこには覚悟を決めた瞳が自分を見据える。
「私は彼らに自分達の仕出かした事の重大さを教えたいです。今はまだ処分をどうするかまでは分かりませんが………」
そう口にしながらユークリッドは自分のアイデンティティーを思い出す。自分は自分の仕事の重大さを理解しない奴が大嫌いなのだ。ならそれをあの3馬鹿の赤・青・黄トリオに教えたい。信号機のような色をしているくせに事故を起こしやがってと思う。信号機とは本来、事故を起こさないために設置されるのに!自分を見据えて告げられた言葉を受け止めてアルフレットは頷く。
「お前のしたいようにしろよ」
「はい」
ふっと笑って肩を竦めたアルフレットにユークリッドは真顔で頷いた。
「………………………………………」
ユークリッドとの通信を切ったレイは一人、剣に額を当てて苦笑する。
“何が部下に胸を張れるかで決めろ………だよ”
どうしても決断に結果はついてくる。そこで失う命が少ないか多いか………。それが最大の結果だ。よかれと思って決断したことが部下の命を奪う事もある。反対に誉められる事もある。
「………はぁ………………」
たった一人で全てが終わればどれだけ楽だろうと思う。個人の武勇で全ての人間が救えたらどれだけ楽だろう。
ーでも現実は残酷だー
「目の前の人間だって………救えないのに………」
助けて欲しいと手を伸ばす人を見捨てないとならない時だってある。自分の命を守るために。その度に今度は必ずと決める。
「でも………いつかは………きっと………」
一人では戦えない相手にも協力してなら立ち向かえる。そう思わせる事が出来るなら、目の前の一人を助ける事で未来にその一人が誰かを救うかもしれない。
「英雄じゃない人間が誰かを救得るようになるかもじゃん」
目の前で救えない人間を見るたびに悔しい思いをしなくて済むこの世が来るならそれがいい。いつか親を見返せる日が来るといい。
「団長」
「ん?」
剣を枕に思案していたレイはその声に顔をあげる。そこには天幕を開けてこちらを伺う部下の姿がある。
「なんかあった?」
「晩飯、出来ましたよ?体調はどうっすか?」
顔だけを突っ込んで聞いてくる相手にレイは苦笑しながら立ち上がる。
「大丈夫だよ。………少し寝かせてもらえて楽になったありがとな………」
「いえ」
トンと苦笑しながら自分の胸を叩く相手に笑いながらオルソは一緒に天幕を出る。
「状態はどうだ?」
「第一波の被害を抑えるために魔獣から3百メートルを立ち入り禁止区域にしてます。また負傷者の数は領軍の約七割。死者は不明です」
「了解」
「魔術師団の方からは負傷者のうち100人程度しか戦闘には参加出来ないだろうと」
「ん~、つまり俺達だけって話か」
「そうですね」
遠い目をするオルソにレイは肩をすくめる。目の前にそびえ立つのは災害級魔獣。警戒のために掲げられた松明の光が暗くなっていた空を照らし、魔獣を浮かび上がらせる。
「つまり物量で押し込めって話か」
「ですね。砦を出た面々がつくのが夜半過ぎ。氷結魔術の効果が半日なので。来たら即開始の可能性もあります」
「さっさと晩飯食って、仮眠させるか」
「ですね」
考えても仕方ないという結論に至った二人はいい匂いを漂わせる場所に身を翻す。
「今日の晩飯何かな~♪」
「上手いといいっすね」
すぐ傍で災害級魔獣が凍りついているにもかかわらず二人はいつも通りだった。
いつもお読みいただきましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
本日二本目。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。このままのペースで何とか乗り越えていきたいです。




