英雄なんて必要ない
「そんなに簡単に倒せたら竜騎士なんていらないじゃん」
まるで当たり前のようにそう言い放つ青年に必死の思いで領軍を率いて戦いに挑んでいた男は呆然と立ち尽くす。
「じゃあ…………どうすれば………」
「今からそれを考えればいいだろ」
呆然とする男を前にレイはそう言い放つと部下達が救出した領軍の方に視線を向ける。全ての人間が項垂れて魔術師が張った救護テントの周りで意気消沈している。目の前で友を失ったもの。家族を失ったものもいるだろう。それを思うと居たたまれなくなるが、心の片隅では自分一人で全ての人間が救える訳ないだろうと突っ込む自分がいる。
ーだからー
“嫌なんだよ………”
英雄一人がいればなんとかなるというその思想。誰か一人にすがるその腐った考え方がレイは嫌いだった。確かに英雄は必要だろうが英雄一人で国を守れる訳でも、自分の大事な人を守れる訳ではない。守るのは自分の力と思いだけ。他者に守ってくれないと相手を罵倒するのはお門違いだ。
「…………………………………………」
胸に去来する苦い思いに眉を潜めるのは一瞬。
「とりあえず、負傷者の数を把握して。対策を考えましょう」
軽く嘆息してレイは肩を竦めて治療にあたる魔術師達の様子を確認しようと踵を返す。
「だったらどうすればいい!」
踵を返したレイの背に鋭い声が突き刺さる。その声に一切の表情を消してレイは振り返る。振り返った相手に自身も血と泥にまみれた男は叫ぶ。
「どうすればいいんだ!我々の何が悪い!」
自分達では手が届かない相手に敵わないのならか援軍を頼んで何が悪い。息も荒く訴える訴える相手にレイは機嫌が急降下するのが分かる。
“何が悪い?”
そう聞く相手にいつも思う。
「助けを求める事は何も悪くない。だが、その解決を他者に任せてどうする。我々は助けを求める声には必ず来る。だが、最終的に自分の守りたいものを守るのは自身の両手だ」
レイの声にうつむいて疲弊していた兵士の何割かが顔を上げる。
「だから他者に答えを求めるな!」
レイの声に魔術師達や周囲で救護を助けていた竜騎士が何事だと視線を向けてくる。それを無視してレイは相手の男を見据える。
「自分で考え、自分で生き延びようとしない限り突破口は開けない。………氷結魔術の効果は約半日。明日の明朝には溶ける」
自身の背後で首を目一杯に伸ばし、咆哮する姿勢で固まったキマイラ三倍もどきを振り返る。相手の力が強ければそれよりも早く。
「たった半日。でも半日の猶予が稼がれた。今、考えるのは半日後に備える事だ」
若き青年の言葉に男は顔を歪めて俯く。その姿を見ないようにしながらレイはそっと言葉を添える。
「もっと早く助けに来れなくて悪かった」
「!!」
その言葉に男は自身の力が及ばなかった事に唇を噛み締めながら俯いた。
「団長」
男から離れたレイの背後にそっとやってきたオルソはそう声をかける。
「なんだよ?」
即座に返る声にオルソはホッと息を吐く。まだ余裕がある証拠だ。自分では気づいてないが、まだ若い団長は不機嫌になってくるとむっつりと黙り込む。そして本当に危ない時は自身の身を盾にしてでも部下を守ってしまう人だ。それだけ責任感が強い。だから………
「魔術師達はまだまだ余力あるんで、大丈夫です。団長は天幕の中で休んで来て下さい」
にこにこと笑いながらオルソは年若い団長に言い聞かせる。
ーあなたのせいじゃないーと。自分の言葉にどこか不機嫌だが意気消沈した雰囲気を漂わせる相手にオルソは肩を竦めて見せる。
「魔獣を相手して疲れたでしょう?何より魔術師ではない我々が騎竜したまま魔術行使をすると疲れますからね。どうせ夜は徹夜になります。今のうちに休んで来て下さいよ」
自分の声に無言の団長の背をオルソはさぁさぁと押す。自分を天幕の方に押しやるオルソにレイは我に返る。
「疲れてないって!」
慌てて抗議するとオルソはいやいやと首を振る。
「疲れてますよ。一体、一人で何時間魔獣の前で人を救うために囮になってたんですか。眠たくないなら、キウイ君と天幕の片隅で戯れてて下さい。ご飯出来たら呼んであげますから」
「あのなぁ………」
「キウイを呼べないんでしょう?疲れてる証拠です。ここにいるのはあなた一人じゃない。………あなたが少し休むぐらいの時間を稼ぐぐらいの事は我々にも出来ます」
オルソはまだ抵抗する相手を見据えて断言する。
「………………………」
普段なら意識せずに呼び出せるキウイを呼びだせないほど魔力を消費している事を指摘されたレイは詰めていた息を吐く。
「………確かに………ちょっとは疲れてる………」
視線をそらして呟くとオルソは微笑む。
「ですよね。天幕の片隅なら横になってても邪魔になりませんよ」
穏やかに微笑むオルソに頭を掻いたレイはため息を吐く。
「規制線張って、負傷者把握して、それから領軍のやつらを戦闘に参加させるかを決めないと………」
「団長、任せて下さい!俺、規制線張るの超得意です!」
昨年晴れて花形の竜騎士として戦場デビューした騎士が“はいはい!”と手を上げて立候補してくる。魔術師の補佐で治療を手伝っていた面々が次々に手を上げていく。
「俺とこいつで負傷者数えて隊長に報告します。こいつとなら両手を駆使したら10人までは数えられます。またこいつの手を使えば10人の組が何組あるか数えられます!」
数は数えられないが、手を使って数えると二人の竜騎士が発言する。
「………………………………………」
「治療なら一通り、目処がついて来たんで魔術師の方で負傷者が戦闘に参加出来るかは判断させて頂きますから、団長は魔力を回復させて来て下さい」
天幕から出てきて負傷者の治療の順番を決めていた魔術師の一人はもうひとつ別に張られた天幕を指差す。
「………………悪い………」
「何言ってるんすか。俺達はチームで戦ってるんです」
レイが休む事を決めたのにオルソはニヤリと微笑む。
「それに本当にヤバイ時は物量で押すんでしょ?」
一人に頼るなと言いながら目の前の人は助けを求める人を決して見捨てない人だ。オルソの台詞にレイはようやくいつもの笑みを浮かべて見せた。
「当たり前だろ。あるものは使わないとな!」
ロディアとキリアに任せた部隊の布陣が済み次第。一気に畳み掛けるつもりだ。その宣言にオルソは微笑んだ。
「若いっすね………」
天幕に消えていった団長を見送った竜騎士の一人はその背を見送って隊長であるオルソに話しかける。それにオルソも頷く。
「なまじ本人に戦況をひっくり返せるだけの力があるからな」
竜騎士として長年戦場にいれば頼れるのは自分だけだと身に染みる。だから、自分が自分の役割を果たさないと戦争に負ける事を痛感している。誰かが代わりに戦ってくれるだけではない。生きて帰りたいなら自分の役割を果たさないといけない。
“パンパン”
「さ、ほら始めろよ。起きて来た時にサボってるとどやされるぞ」
オルソは団長を見送る面々の意識を手を叩いて戻すと肩を竦める。
「団長に怒られたくなかったらすぐに動けよ!」
『了解でーす!』
隊長の掛け声に緊張の欠片もない声を上げた面々が自らの役割を果たすために散っていく。それを見送り上司が凍らせた魔獣を見上げて苦笑する。
「この世に英雄なんて必要ないんだよな………」
たった一人の武勇に頼っていては決してチームは成長しない。この世界に英雄は必要ない。英雄よりも必要なのは………
「必要なのは部下の命に責任を感じて、一緒に笑って泣いて、目の前で俺達のためにひたすら頑張る姿を見せてくれる一人の人間だけだよ」
2年前のあの日、恐怖に震える自分を助けた上司にオルソは自分の理想像を見た。だから言える。
「この世に英雄は必要ない」
そう凍りついた魔獣に吐き捨てるとオルソは肩を竦めて、自らも役割を果たすために身を翻した。
「………ふぅ………」
天幕の片隅に移動したレイはふっと息を吐いて座り込む。
「きっつー」
部下の前では貧血に近い目眩を耐えていたがかなり辛かった。目を閉じると途端に眠気がやってくる。一気に魔力を消費し過ぎたのだ。
「少しだけ………」
部下の気遣いに感謝しながらレイは剣を枕に暫しの休息に身を委ねた。
「キース」
騎士団の廊下の影で相手からの接触をまっていたキース・クラッチは握らされた紙にホッと息を吐く。
「悪いな、助かった」
相手が違反して情報を流してくれた事にキースは即座に感謝の意を伝える。それに騎士にしてはひ弱な体つきの男性は首を振る。
「ユークリッド・コンフリートへの協力なら惜しまないさ」
そこで言葉を切った男はキースに微笑む。
「レイ・アルフォードには友を助けてもらった借りがある。彼の助けになるなら俺はいつでも協力するさ」
2年前のあの事件に巻き込まれてもまだ親友が生きてるのは彼のお陰だ。その言葉にキースは申し訳なさそうに謝罪する。
「危ない橋をわたらせてすまない。なにか困った事があればいつでも言ってくれ」
「気にするな」
「ありがとう。じゃあな」
「ああ」
邪推をさけるために言葉をあまり交わすことなく二人は別れる。キースと別れて少し無言で歩いた後、立ち止まり空を仰ぐ。
「オルソ、頑張れよ」
遠き地で戦っているだろう友に男はエールを送った。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。




