演習日程は非公開です
「………ねぇ……レイ様………」
レイの腰に手を回したロディアは潤んだ瞳で自身の前で手綱を握る相手に声をかける。自分の後ろに乗るロディアの声にレイも感極まったように口を開く。
「ああ………なんて素晴らしいんだろうな………」
頬に感じる風にうっとりとした表情を晒すレイもほぅと息を吐く。その声にロディアも更に“ああ”と感嘆の息を吐いた。
「私、こんなにも素晴らしいなんて知りませんでしたわ」
「俺もこんなにも恋しいとは思わなかったよ」
「普通に会話して下さい。普通に!」
キウイに騎乗してふふと笑みを交わし会う団長とロディアの会話をずっと聞いていた第2隊隊長ーキリア・ロベルトーは呆れた顔で二人に突っ込む。その指摘に久しぶりの外出にはしゃいでいた二人はピタリと会話を止める。そしてレイとロディアは仲良く部下を睨み付ける。
「キリア様は外の美しさがわかんないなんて、なんて残念なんでしょう………」
「お前には数ヵ月ぶりにキウイと外出出来るこの奇跡がわかんないの~」
ここ数ヵ月、砦から出ることは愚か………執務室から出られなかった日もあった二人にとっては久しぶりの外出だ。浮かれるのも仕方ないとは思っているが色んな想像を書き立てるような会話は止めて欲しい。そんか二人の息のあった抗議にキリアは微苦笑する。
「外の美しさは常日頃から分かっておりますよ。ロディア様。それから、団長も浮かれるのはいいですが暴走しないで下さいよ」
「あら、貴方に風流さが理解出来たなんて初耳だわ」
今年、33歳になるキリア・ロベルトはロディアの指摘に苦笑する。茶色の髪と瞳。中肉中背と目立つ容貌はしていないが人の良さそうな人相の男性である。キリアの指摘にレイは恨めしげに視線を向ける。
「いいじゃんか………ちょっとぐらい」
「ダメですよ。今回は新人達を教育するんです」
一回り以上も年下の少年に敬意は示しつつも、アルフレットとは違う意味でレイの手綱を握っている。三番隊の野太き声の隊長とは違い、レイに意見出来なければお目付け役は務まらない。それでも中に籠るのがどちらかと言えば苦手な少年の気質を知るキリアは折衷案を出す。
「ですが、どうしてもストレス発散されたいんなら、先行して処分する危険害獣指定なら構いませんよ」
「へーい」
しばらくぶりの外出とストレス発散に心引かれて隊への随行を決めていたレイはキリアの声に軽く頷く。アルフレットからキリアを連れて行くならと念を押された意味がようやく分かったレイはむーと唸る。そのいかにも不満気な表情にもニコニコとした表情を崩さないキリアの耳にロディアの嘆きが響く。
「せっかく………せっかく外出出来たからお化粧品を買ったり、お買い物したかったのに!」
「殲滅する魔物が店開きしてたら買って頂いてたら結構ですよ。ロディア様」
その嘆きにキリアは困ったように笑いながらも問題児二人組に嘆息する。
「頼みますから、自分の欲望に打ち勝って下さいね。二人とも」
『はい』
キリアの声音に秘められた“この問題児ども!”という響きを正確に嗅ぎとったロディアとレイは顔を見合わせると白旗を上げた。
ーそんな上司と部下が演習を隠れ蓑に外出を楽しんでいた頃ー
「ふぅ………二人がいないと静かなんですね」
今朝、送り出した二人組が演習を隠れ蓑に久しぶりの外出を楽しんでいる頃………ユークリッドは自身の執務室で隊の仕事を片付けていた。組み直した演習日程から派生した雑務は多岐に渡る。今回の魔獣と野獣討伐時にありうる他領への入領許可のお願いをした後の礼状をしたためるのも自分の仕事だ。
“………ようやくこれで10通目ですね”
その土地の領主に警備隊など様々な部署に根回しが必要になるのだ。ただ演習で隊が砦を空ける事を国境を接する他国に知られないためにも様々な擬装が必要になる。もちろん………それで情報の流出が完璧に抑えられる訳ではない。
「………………………………」
ちなみに部隊が帰って来た時の打ち上げと言う名の慰労会も自身が手配する。
「………おかしいですね」
確かに行くまでは上司の方が大変だっただろうが………居ない間の実務の量を考えると演習についていく方が遥かに楽が出来るのではないかという事実に思い至る。
「………………………………」
切ない真実に思い至ったユークリッドは心に決める。
「次は私が行きましょう………」
暑い執務室で自分がババくじを引いた事に気づいたユークリッドは遠い目をしながらも“慰労会”という名の計画書を眺める。
「一週間………」
短いようで長い闘いになりそうである。今日も氷水盥に素足を突っ込んだユークリッド・コンフリートはちっと舌打ちした。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
ユークリッドの怒濤の一週間の始まりです。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。




