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第二話 ミチ

「僕も一緒にいてもいいかな」


 少年は唐突に問うた。

 黒く長い前髪に瞳を隠された少年の表情は窺うことはできず、口元が笑っているように、悲しんでいるように、歪んでいる。

 少年は何を思ってその言葉を口にしたのか。

 その疑問の答えを知る者はいない。

 だって、彼は……。


 問われた少女もまた――。



 ――この世界にはいないから。



* * *


「ねえ、もう一度聞くよ? あなたは迷子なの?」

 迷子。

 ――子? 僕はそれほど子どもに見えるのか?

 ああ、確かに僕は童顔だし背も低いし、年齢もまだ二十歳だ。だから、社会的に子ども扱いされても仕方ないだろう。

 だが、僕はこれでも一応社会人だ。

 ちゃんと働いて給料を得て、生活をしている一般ピープルだ。

 そもそも、このどう見ても小学生にしか見えない少女に僕が子ども扱いされること自体がおかしい。間違っている。何故だ、なぜだなぜだ。

 というか、足音もせずにどうやって僕に近づいた。こそこそと僕の跡をつけ、忍び寄ってきたのか? それに、この子は何故こんな人が寝始める時間に家の外を一人でうろうろとしている?

 奇妙な少女に僕はひとしきりの疑問を浮かべて、答える。

「……違う」

 嘘などではない。

 僕は迷ってはいない。同じ道を歩いているだけ。ただ変わらぬ風景をいつまでも見続けているだけ。永遠に家に着くことができない帰路をたどっているだけ。ただ、それだけ。

「じゃあ、あなたはどうして同じ道を行ったり来たりしているの? 普通迷っていなければ、二度も三度も同じ道を歩くことはないよね。でも、あなたはそうしている。それは道に迷っているてことじゃないのかな」

「――なにっ?」

 僕は同じ道をただまっすぐに歩き続けているのではなく、ある程度歩いてはその道を引き帰していると言うのか。そんなはずはない。そんなことがあるはずがない。だって、僕は同じ道を、ただ……敷かれたレールを歩くようにそれをたどるように歩いているのだから。

 だが、それではどうして僕は同じ道に帰ってくるのか。

 どこかで無意識に引き帰しているのか?

 わからない、わからないわからない。

 あ、でも待て。おかしいではないか。おかしくないはずがないではないか。

 どうして、

「どうして、君はそんなことを知っている?」

 少女はにやりとした表情を浮かべ、それでもどこか可愛らしさが残る様子で答える。

「ずっと見てたから」

「どこから」

「そこから」

 すっと小さな手を伸ばし、近くの電柱を指差す。

 でも、そこは何度も僕が人を求め、助ける人を探した場所で見かけていれば、この犯罪的な年齢差であっても声をかけていたはずだった。

「わたしはあなたをそこからずっと見ていた。誰かを探しているのもわかったよ。わたしは声をかけてみようかと思ったけど、あなたはわたしに気づいていないようだったし……わたしも人と話すのは苦手だったから気づかないふりをしていたの」

 彼女の言葉に嘘はなさそうだった。

 あまりにも堂々と話していて、視線もそらさず僕の方をずっと見てきていた。僕が思わず顔を逸らしてしまうほどに。

 それどころか、この会話に嘘をつく理由が僕にも、この少女にもないのだ。

 故に、僕はどうしようもなく自分が情けなく思えてきて、

「僕は……無意識に道を引き帰すことを繰り返していたのか。それに、本当に気づいていなかっただけなのか? そして、君の存在にも」

 少女は笑って答える。

「そのようだね。でも、わたしに気づかないのはしょうがないよ。人間、誰でも焦ると前を、ただ一線を見つめることしかできなくなるんだから。それに、わたしの影の薄さにも問題があるわけだし」

 影が薄い?

 そのような印象はまったく受けないが?

 学校でもこんな風に話していれば、誰かの目に止まり休憩時間にでも、会話ができそうな性格のようなのに。

 でも、確かにこれほど同じ場所を歩いて、ましてや人を探していた僕の目に映らなかったのは彼女の存在そのものに問題があったのかもしれない。


「誰かに見つけられるということは、また誰かを見つけてしまうということ。わたしはそんな存在なんだよ」

 ――意味がわからない。

 何を言っている。この正体不明の白色幼女は。

「ところで、あなたはどこへ向かっていたの?」

 彼女は唐突に尋ねてくる。

「ああ、家だよ。僕が一人暮らししているアパートだよ」

「ふぅん、そっか」

 何か意味ありげな反応を見せると、彼女は空を見上げた。

 僕もそろって星を見る。

 アパートを出たときよりも、星の角度が変わっていた。あの時はちょうど真上にあったオリオン座ももう山の向こうに沈んでいくところだった。

 それほど時間が経ってしまったと実感する。

 それはつまりもう真夜中と呼べる時間にあるということだった。

 即ち――


「君こそ、こんな時間に何をしていたんだ? 僕を眺めるために家を出てきたわけじゃないんだろう?」

 少女は頷いて、指を唇にそっと当てながら答える。

「うん、違うよ。わたしはあなたがこの道を通る前からずっといたんだから。それで、道に迷っているらしきあなたがいたから親切なわたしは声をかけたというわけ。おーけぃ?」

「ああ、オーケー……じゃないよっ! どうして、もっと前に僕に声をかけてくれなかったんだ。おかげで時間を無駄にしたよ」

 言って、気づく。自分に必要ない時間が減ったところで無駄などではないことに。でも、気にしない。続ける。

「それに、僕はどうして君がそこにいたという理由が聞きたいんだ。友達を待っていたらこんな時間になっちゃって、と言うのは無しだぞ。だとすれば、君は大馬鹿者だからな」

「あっはは、それはさすがに無いかな? わたしだって、それほど間抜けじゃないよ。今日だって、友達と一緒に遊んで別れる前にさよならの挨拶をして家に帰ったんだから」

「じゃあ、どうして君はそこで立っていたんだ。子どもはもう寝る時間だ」

 すると、何がおかしいのか顔を傾けて、

「わっかんないんだよね。わたしがここにいる理由」

「はぁあっ!?」

「いや、本当に本当に。わたしは家で寝ていたはずなんだけど、気がついたらここにいて。その直後にあなたが道に迷いだして――」

「つまり、君は無意識に家を飛び出していたということか?」

 呆れた。

 無意識に行動する者がここに二人いたとは……。それに僕が含まれているのは、自身の言葉でも不本意だが。

「わたしも帰ろうとはしたよ。でも、結果はあなたと同じ。わたしも……家に帰れない」

「それは君も迷子ということか?」

「えへっ、そういうことになるかな?」

 てへっ、拳を額に当て、舌をぺろりと出す少女。

 ――おい。

「人のこと、言えないじゃないか」

「ごめんごめん」

 にへらと笑って少女は手刀を自らの顔の前に作って、僕へ向けてくる。

 というか、どうしてこの子は僕にこれほど馴れ馴れしいのだろうか。

 一応、見かけ上は八歳ほど僕が年上のはずなのだが。

 み、見かけ上はっ!

「で、どうやって家に帰るの? お互いに道に迷っている身としてそこは大事だと思うんだけど……。まさか一生、ここにいるわけにはいかないでしょう?」

「ああ、確かに。僕は夜が明ける前には家には帰らなければいけないからな」

「どうして?」

「仕事だ」

「しごと? あなた、働いているの? 給料をもらっているの? すごぉおい! 中学生でもお金をもらえるんだねっ!」

 うるさいよ。僕は何度も言うが、二十歳なんだよ。

「童顔で悪かったな。これでも一応、社会人なんでな。仕事は休むわけにはいかないんだよ」

「へぇ、じゃああなたわたしよりずっと年上?」

「君が年齢詐称できるほど、僕と同じく童顔でなければ、な」

「じゃあ、あまり離れてないんだね」

 ――なんだとっ!

「君は……いくつなんだ」

「え~っと……」

 彼女は指を折っては開いて自分の歳を数える。

 ああ、やはり年齢相応の容姿なんじゃないか。

 だが。


「十九、だね」

「…………え」

「だから、十九歳だって。あなたとあまり離れていないでしょ?」

「でも、友達と遊んだって……」

「そんなの、大学の友達に決まってるでしょ」

 僕は呆気にとられた。

 勝手に小学生と捉えていただけなのだ。彼女は間違ったことは何一つ言っていない。

 僕が勝手に思い込んだだけなのだ。

 ――人は見かけによらない。

 それは、誰が口にした言葉なのだろう。

 確かに、それは真実だった。

 明らかに、小学生にしか見えないその容姿をしていても、齢は十九。そんなロリ体型が許されるのは中学生までだと信じていたが、実在するとなると年増ロリもいいのかもしれないと思い始める僕を置いて、

「わたしの歳なんて関係ないでしょ」

「あ、ああ確かにそうだが……」

 だがしかし、けれども。

「ああもう! あなたは家に帰りたいの帰りたくないのっ!?」

「そりゃあ帰りたいに決まってるだろ」

「っなら!」

 少女は声を張る。

「わたしを手伝ってよ」

 なんで僕が……。

 なんて思うが、誰も通らない道に二人。どちらかがどちらかに協力をしなければ、家にたどり着くことはできないかもしれない。

 であれば、僕の方を手伝ってほしいと心のどこかで考える。

 だが、そんな考えは捨てる。

 僕は男で、この子より一つ年上なのだ。

 だから、僕は答える。

「わかった、君が家に帰るのを手伝うよ」

 言うと、彼女はそれまでの表情を一変させ、顔を笑みで満たす。

「ありがとう。よろしく」

 それに、心なしか……自分の中で何かが動くの感じた。

「ねえ、いつまでもあなたって呼ぶのも変だから、名前。教えてよっ」

「なんで?」

「いいからいいから」

 意味がわからないが、この子は今後も僕と会うつもりなのか?

 別に減るものでもないし、悪用されることはないだろうから、

「フーだ。紅葉の楓と書いてフーだ」

「フーさん。いいね、よろしく!」

「僕が名を名乗ったのだから、君も名乗れよ」

「ああ、そうだったね」

 少女は僕の前になおって、見据え、

「わたしはミーです。美しい衣と書いてミー」

 それから右腕を額に添える。

「よろしくね、フーさん」


 そうして、何者でもない僕――楓と、何者かであった美衣は出会ったのだった。

 

いかがでしょうか。

これから少しずつ物語は動いていきます。


次回の更新は来週になるかな?

僕は一応、楓君と一緒で今二十歳の社会人ですから。


次回もよろしくですっ!

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