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次代開きの大祭り  作者: 荒野銀


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10/11

(6ー2)

 右に切れるわだちの先に、短刀のような巨岩があって、その根元から、うすい白明が差し始める。それはだんだん膨らんで丸みを帯び、近づくにつれ歯こぼれある切っ先を、ぜんぶ光で縁取った。そして進み、岩影から現れたのは、開闊な、燦とまたたく銀の川。流れは愛嬌たっぷり。どの水も、流れ去る前には必ず微音をたてて挨拶してくれたし、澄明な川面は、細やかな可愛い光の粒で別辞を述べてくれていた。まさに眺望絶佳で、まあこれは、おそらく透徹した水底のなすところ。というのも、川底できらめく砂と礫、これは水晶。上流に石英の岩塊があるらしく、その断片が剥がれて川底や岸辺にびっしりと、堆積しているのだ。で、それが優雅なアーチの橋にともる白炎に照らされて、橋の領域を拡張し、広い光の渡し橋みたくなっている。ここが第一の関門、咸の沢。下瞰は明媚、でも渡るとなれば裏腹だ。だって、この川は、生まれて間もない尖った石英たちのむしろなんだから。例年ならば橋を行く、でも今回は、川に入り、むしろを踏んでわっしょいしなければならないのだ。

 が、もちろん対策はある。川に入るにしても、上手にのぼり、石英の氾濫する区域を迂回する。そして残った結晶で足を痛めないよう慎重に歩を進める。金の宮の調査で渡河ポイントが近くにあるのはわかっていた。

「くるま、停止せよ~!」スサ殿の号令でいったん停止。「これより咸の沢を迂回するぞ、各宮の御方がた、神輿モードに切りかえお頼み申すぞ。ただし、楽隊の御方がたはいったんここでお別れぞ。橋を直進後、対岸でお待ちになられよ。我らかつぎ勢もじきに追い付くでな。それでは、かつぎの御方がた、足に手ぬぐい巻いて移動開始じゃあ~!」

 尻餅ついての手拭い装着。で、多彩な着衣の乱舞混交があって。

 今度は僕も神輿に参加した。先時かつぎに招いてくれた同朋が、スペースを空け待ってくれていた。

「ハーイ、オモヒ。記録係は足抜けか? HA・HA・HA!」

「持ち場変更なだけ。かつぎのシーンも記録しとけってさ」

「げっ! じゃあ今も記録中なのか、やべえ! 化粧直しないと」

「男なら心を磨きな、ベイビー!」

 神輿は盛況、どの神様も、四肢に声に歓喜を発露し、勢いあまって活力が明後日に向かう御方も。というか、そんな御方々ばっかなのだ。それは遠巻きでも感取できることだったけど、実際に狂宴の渦中に潜入してみると、そこはもう異形の花の百花繚乱。けんか腰に煽り散らす御方や、泣きべそかいてここぞと意中の御方にほほ擦り付ける御方、禁忌の錠剤かみ砕きとつじょ高笑いする御方など。はっぴの懐から酒の小瓶を失敬する御方なんてのもーーでも、飲んだあとは中身を補充し戻してやる、なんの意味が? 宝刀自慢を闘わす御方に、特級酒のミニ競売会を開く御方、なじみの節をいい声で放歌する御方。誰が支えているんだろう、でも不思議と倒れぬ、この祭器。右に沈み、左に沈み、でもそのたびに、威勢のよい「わーっしょい!」の掛け声とともに跳ね返ってくる。

 白砂の上流に祭器の三倍はあろうかというクリスタルの炸裂花があって、そこを過ぎると川原の砂礫が青黒く変化した。さらに前進。で、川原のなかほどに標識あって、

「渡河とか過渡かと」

 ーーえーと、上下対称だから、折り返しかな?

「いよぉ~し、ここで沢わたるぞ! くるま、90度転回せよ!」そして尻のみ回って「川底はすべるぞ。また、突き刺すものでもあるぞ。川床は藻がびっしりじゃ。一方で水晶の剣山、生えてもいるぞ。爪先でさぐり、踏んで確かめ、移動後に変な体勢にならんこと確認するのじゃ。漸進じゃぞ、前進のみでないぞ。迂回後退けっこうけっこう。皆々さま声かけあって、次の一歩を創っていくのじゃぞ。川渡るまでわっしょい禁止ぞ、報知聞こえんからな。よいな? よし。では、発進!」

 なだらかな川岸をくだり、先鋒は沢にはいって、足先をチョイチョイ、探りつ進む。が、突然「むむっ!」と声を発するかたあって、しゃがんで足元をまさぐり、六角の花咲く透明な結晶を拾い上げ、川下に放る。時々「あいた!」の声も(「大丈夫か?」「足切りか?」「軟膏売ろうか?」「つけでつけたいんじゃが」「あまいぞ! 軟膏の道は不楽、難航かくご!」)

 隊の中程までが浸かり、僕らも川中へ。最初は足首、でも進むたび、段々と脇に迫る水深に。一歩ごと、足裏に岩の丸みを感じ取り、胸に脚に、水の流れを感じとる。水流の音も間近に迫ってきた。すると

「た、たいへんぞ!」急を告げる一声が。

「どうした?」

「ヒダ殿が息してない!」

「なんじゃと!」

 ヒダ殿ーー? ヒダ殿は確か後方で、人差し指で支持を続けててーー見れば、居並ぶ胸像のすき間から、水切って、なおも一本槍を全うする剛健な握り拳一つ。ち、沈没してる!

「つ、筒だ! 誰ぞ筒持ってるものおらんかぁ!」

「笛! フルートなら持ってるぞ」

「貸してくれ!」

 その方が急いで銀笛を差し出す、で、渡された笛をヒダ殿の頭あたりの水面に差し込む。すると一間あって、他方の腕が勢いよく水面を破裂させた。そしてその五指は笛の穴を塞ぐように当てられており、

「穴じゃ! 穴が多すぎて片手じゃ押さえられん。そう言いたいんじゃ。誰ぞ穴五つの笛持ってないか?」

「尺八あるぞ。穴五つじゃ」

「よし、貸してくれ」

 すると水たまが弧を描いて飛び、今度こそ笛がピーと鳴った。

「た、助かったみたいぞ」

 祭器は慎重を期して徐行したが、その間、ヒダ殿の吐息はピイィピイィ鳴りっぱなしだった。そしてその音と同期するように、隠語をいう遊戯がはじまり、曰く

「スッポン(ピイィ)になってな、スッポンを(ピイィ)にスッポスッポしたピイィすると最高に具合がええの」

「じゃが亀頭を(ピイィ)するより(ピイィ)を先に揉んだ方がよくないか? (ピイィ)はぬらぬらしとるからの。足開かせてな、初めに(ピイィ)するとええな、ウィッヒッヒッ」

 が、突然ふえが鳴り止みーー最後の語句だけ白日の下となったが、それはスッポンの飼育法についてだったーー、音程が高下して、しばし試奏タイム。で、ついにヒダ殿の笛が旋律をかなで始めた。それは金局のテーマで、ある御仁が次は何々が聞きたいなぁと独語すると、まさかのそのとおり、それがはじまる。で、次はあれがいいこれがいいと、さながらヒダ殿ジュークボックスの様相に。

 岸に上がるとヒダ殿は、尺八の御礼を告げていた。調子にのってリクエストを送った金の宮の部下たちにも、もちろん、丁寧なお礼参りをした。

 川原をくだると、雅楽の囃子が聞こえてきた。白炎ともすアーチ橋の連結が長く伸び、その下で、白魚の群れのように閃くさざ波と、石英の川床から湧く無数の透明な光輝たち。その光を受け楽隊が、橋の上でこちらを迎えるように演奏していた。

 合流すると神輿の騒ぎとはしばしお別れ。本式の祭儀にのっとって、順路を進む。で、進むにつれ景観浮揚し、かすみ現出、そして段々、頭上に暗雲のふたが迫ってきた。この薄暗い雲霞の進路こそ第二の難所、「小過の雲海」なのだ。魑魅魍魎がでる、と云われている。

 それはまるで悪夢にいたるカウントダウン。歩ごと息ごと、濃霧は強まり、果ては、足元手元、すべてが霧中に溶けいって、視野全周が黒粉まじる煙霞に包まれる。夢中どうよう、己一個の意識体になったかのよう。でも、夢ではない、音は聞こえる、現実感を伴って。祭器牽く音、号令の声、楽隊の動揺のない旋律など音声だけは、それが夢中でないことを証明していた。だが、囃子の楽音が次第に遠のいていって。あれ、道まちがえた? 置いていかれてる? そして、いつの間にだろう、足元を白黒まだらの鳥が、チョコチョコ歩きに先行している。鳥は振り返り、翁のようなダミ声でこう話しかけてくる。

「お主も群れからはぐれたんか? じゃが、こんなところにおるってことは、行先は山頂なんじゃろ? なんじゃ、そんな怪訝な顔して。鳥に話しかけられるのがそんな珍しいか? でもな、実はワシも神様に話しかけるのは初めてなんじゃ、一緒じゃのう。グァッグァッグァッ。(そのとき無数の鼓翼の音とともに霧中に紫電はしり)おお、仲間たちじゃ。どうもあっちが正道らしいのう。お主もゆくか? 道連れに、あないしてやるぞ?」

 が、そのときスサ殿の凄まじい「雷鳥でたぞォ!」の怒号あって、それが火事の警鐘のごとく幾度もまくし立てられた。「雷鳥だ! 雷鳥でたぞォ!」

 雷鳥? そう思った矢先、足元の鳥は細かい紫電の球形となってかき消えた。そして目の前の群雲がほどけてゆき、奥から現出したのは氷結する前の地球、まだ緑雲まとって瑞々しい、大海を浮かべる地球だ。これはなんだーー? まぼろし?

 でもそのとき遠くで大声が。「た、大変ぞ!」ハッとした瞬間、地球は紫電はしる菌糸状の球体となって消滅した。「ウカ殿が、ウカ殿がまた失踪した!」

 それからはウカ殿の大捜索会に。あちこちで「ウカ殿ぉ! ウカ殿どこですかぁ! 返事してくださぁい!」の号叫まきおこって、しかし、いっこうに応えなし。そのうち綱引き隊から滞留の愚痴がこぼれだして、

「ウッカり者のウカ殿! はよう出てきてつかあんさい!」

「ウカウカしてるとおいてきますよ!」

「ウカ殿のお顔色ばかりウカがってはいられんのですからね!」

 と、綱引くにも、諧謔そえねば綱引けん遊戯はじまる始末。それは段々熱をおび、真剣味がまし、

「ウカれとるのはウカ殿だけ!(「よし!」「合格!」)

「ウカ殿に受験ウカらせてあげたい!(「受験とはなんぞ!」「意味不!」「だが合格させるぞ!」)

「そろうなき ウカの二字面 ともわずも つなげてみとウ カみの名なれば(「ん? ん~?」「難解!」「おい水の宮! 知略駆使すな!」「でも合格! つぎつぎ!」)

「琵琶ァ~にィ、唄われェ~、あ~、どこどこいくの~?(一斉に「「「ウカ信濃!」」」「「「よし!」」」)

 うちわによる雲霞払いが行われ、狭小ながら隣り合う御方の相貌を視認できるくらいになった。そしてその御方は案外、手を伸ばせば届くくらいの距離。目の前は断崖、雲煙が猛と沸き出ていた。で、それは、ちょうど雷鳥たちの飛び去った方向で。すると、その懸崖の切れ目から碧色の袖の手が伸び生えた。それから上体もちあげ足を掛け、現れたのはボロボロのウカ殿。装束はひじひざの四所が破れ、烏帽子も喪失、その耳は、圧の加わった方向に栗色の毛並みを乱している。

「イヤァ~、金鳥追いかけっとたら、崖から転げ落ちてもうた。金子に化けるんやもん、金鳥はあかんな、血ィ騒いでもうて。転落するんは早いもんやなって。身も商売も。みなさんも、気ィつけや。お待たせして堪忍やで。ほな行こか」

 雲霧ぬけると氷山地帯に。止む寸前のような降雪があって、大きめの岩塊には苔むすように雪が張り付いている。

 雲海は足元にも天井にも。脚下は白雲、でも上方は、薄緑色して煌びやかな光さえまとっており、どうも奉納した精気が巨大な光る円盤となって、辺りを覆っているらしい。いつの間に。

 傾斜きつくする三周目。せーいせーいの掛け声に呻吟まじり、なんとか進もうと、死力の一歩をひねり出す。すると右カーブの登坂が切れ、白く先が、開けているのが見えてきた。

 そこは段差のある峡谷で、川幅広く、対岸は常人の6倍は高い。氷山のごとき青白い絶壁が、睥睨するようにふんぞり返っている。まるで圧倒のチャンピオンが矮小な挑戦者に対峙するみたいに。両岸には退色した木と綱の吊り橋がかけられ、橋げたはかなりのすきっ歯だ。さらにこの板、勾配きつい橋の柔軟な足場とするためか、両端を一本の綱のみで固定されているから、谷風に翻弄されっぱなし。いっせいにさか上がりを強要されたかと思えば今度は前回り、これも風の意のまま思いのまま。この質実すぎる簡素さと、断崖にだらんとかかる橋のやる気の無さが、よけいにこちらの窮地を鮮明にする。ここが「蹇の谷」。祭事とはいえ、毎度ここを渡るのか。本当に、毎度?

 が、絶句のなか、上流ほどなくの川中の一点が赤く裂けだした。それは徐々に幅を広げ、たゆたう半月をかたどると、今度は逆に、盈虚するように欠けていく。それを繰り返し、でもそれだけ。

 スワ殿を待つうち焦慮が口々に出始めた。曰く「このままじゃ日出てしまうぞ」「大神さまに顔向けできん」。聞いた感じ、日の出が祭りの刻限らしい。5宮の執政官も迫真顔で対案を検討し始めた。若い衆が組体操で橋になってーー、片輪走行でーー、いやそもそも要件を整理すべきーー、するととつぜん、憤激した様子のインバ殿が祭器から降りてきた。肩を怒らせ人垣を押しのけ、危険ですよの制止も聞かず、崖際に猛進していく。で、崖下の深紅の月をただならぬ形相でにらみつけ、口もとに手をあて、

「スワ殿ォ! スワ殿どこですか! 出てきてくださーい!」

 その瞬間、川が暴発し、白いブラキオサウルスのような筋肉質の首がせり上がってきた。そしてねじれつつ高々と昇った首は、ちょっとの間、左右をキョロキョロする。

「おお? おお!おお! 寝てない。寝てないぞ! ウトウトしてただけ! ドワハハハハ!」

 が、応答するものなく。

「? ーーま、ええか。みな壮健であるな、けっこうけっこう。で、祭りの程はと」空を見上げ「おお、緑雲出とるでないか! 無事進捗しとるようじゃの、天晴れよ」

 が、やはり沈黙のとばりだ。

 スサ殿が地を鳴らして降りてきた。「スワよ。お前、また酔っとるのか? 今日がなんの日かーー」

「待て待てーい。伯父貴の話は長いんじゃ! 要は祭祀の最中に酒飲むな、終わってからにせい。そう言いたいんじゃろ? そんなことは百も承知ぞ! じゃがな、祭りぞ。飲まずにおれるかよ、この堅物!」

 やれやれといった様子で顎髭をなで「身体ばっかでっこなって、おつむの程は相変わらずじゃのう、お前は。あのな、ええか? いつも言うとるがーー」

「スサ殿」と厳粛と理性をまとうインバ殿が「今は議論より祭りを優先すべきかと」

「ーーそうじゃの」

 神輿にチェンジ、これまでより凝集形態で。

 谷渡る計画はこう。まずスワ殿が頭を接岸し、その上に祭器を運ぶ。ただ全員が乗れるほどスワ殿の頭は大きくないから、神輿を下ろし固定のお役のかた以外はスワ殿から下り、吊り橋を渡る。で、スワ殿が対岸に頭を移動させ、祭器を運び出す。これだけ。

 で、実際、祭器を乗せた後、僕らは降りた。そして祭器のゆくえを見守りつつ、揺れもめくり上がりもする橋げたをゆっくり登る。スワ殿クレーンはとても安定的。太さを増しながらどこまでもスルスルと川から生えていく。でも、ときどきは悲鳴まじる懇願も。

「どわあ!」見れば4綱の固定の御方々が、でんでん太鼓みたく宙に浮き「スワ殿! スワ殿、急に振り向かないで!」

 上も下も気が気がじゃない。が、スワ殿のほうは昇ってしまえば用はなく、すでに岸壁に頭を横付けにして我らの到着を待っている。注意は安固として動かぬ筋肉の塔から、気まぐれな足元の橋げたへ。両手で綱をつかみつつ、一歩一歩着実に。宙を踏みぬかないように。

 が、それは別の危地を呼び寄せた。

「む! むー? いかん、急げ!」スワ殿が急に気色ばみ「早よ橋渡れ! おい固定の御方がたよ、手を離せる者おるか? ワシを焼け! 祭器の炭でワシを焼くんじゃ。早うせい!」

「ど、どうしたというのです、スワ殿!」

「そんなんどうでもええ! 眠い。冷えすぎた、冬がくる。炭を落とせ。ワシを焼くんじゃ! それで多少は持つ」それから激昂の色つよくなって「橋わたる諸君よ、悠長ならんぞ! 早よう来い、祭器を下ろせ! む、だめだ、眠い」

 すると屹立していた巨大な塔がたわみ、その頂点に鎮座する祭器が横滑りした。そして足場が崩れて斜めの貨車が宙に放り出され、置き去りにされたあまたの火の粉が事故を彩る終末の星屑を振りまく。誰も反応できず、誰も意思を行使できない。でも唯一、己一個で祭器を自在にできる御方、万力のスワ殿が、そのたわんだ身と意識を目一杯に引き伸ばした。スワ殿は首のなかほどまで顎を割くと、身をひねり、祭器と口とが平行になるよう祭器をひとのみにした。そして谷を超えるほど身を伸ばし、粉塵まきあげ対岸に乗り上げた。

「ぐうううう」口腔を焼く痛みに身を硬直させ「なにやっとるんじゃ、火が消えるぞ、早よう来い! 早よ出さんか!」

 我らは急いだ。そして第一陣のスサ殿の一群が到着すると、

「首を切り落とせい!」苦悶まじるスワ殿の叫ぶ声が聞こえる。「尾のひとふり、持ってきとるんじゃろスサ? やれぃ! 火の消えんうちに車取り出すんじゃ!」

 スサ殿は腰の剣に手をかけ一瞬ためらったが、意を決すると剣を引き抜き、おできのように膨らむ首の横を一刀に両断した。そして追い付いてきた我らに向かい、

「車運び出すぞ! 取りかかれぃ!」

 先達の御方がたが次々と首の洞に入り、そのたびにスワ殿は苦しそうに呻く。

 取り出しやすいように何度か天井の肉を裂かれ、祭器は運び出された。スワ殿の胴体は断崖をずり落ち、川に沈んで見えなくなった。

「よう耐えた、スワ」スサ殿が剣をしまいながら環視の代表として言う。「雄壮じゃ。褒賞ものじゃぞ。最期に言いたいことあるか?」

「ミヌマ殿、そこにいるか?」

「ハッ、ここに」が、それはスサ殿のすぐ脇だ。

「酒、持ってきとるんじゃろ? 少し分けてくれんか?」

 するとインバ殿は袖から小瓶を取りだし、口先からのぞく舌先に、最後の一滴まですべて注ぎかけてやった。

「良き酒ぞ。伯父貴、祭りを頼むな。ミヌマ殿。すまんの、あとを頼む。祭り、成功させてくれよ」

「ハッ! 必ず」

「それでは、な。また、はる、に。ドワ、ハハ、ハ」

 そして赤い半月は閉じ、動かなくなった。つかのま、沈黙がおりる。

「さてと」とスサ殿、妙に明るく「じゃあこれ、邪魔じゃし、川に放ってまうか」

 ええ。こいつ狂人か?

 が、水の御方々から異存なく。代わりに金局の若衆が疑義だして、

「そんな粗末に扱っていいんですかい? 水の宮の大将なんでしょう?」

「ええのええの。どうせまた春になれば復活するんじゃし。それにもう、九度目だしのう」

 復活? あ、そうか、蛇! で、あの巨体、あの不死の肉体で、しかも目的のためには断頭もいとわぬ剛毅ぶり。そりゃ信望を集めるわけだ。

 スワ殿の生首を谷に放ったら、祭器総点検。結果、貨車に歪みないものの、体液と精気で濡れた炭は火力半減、コマの精気もだいぶこぼれた。コマの腹は冷え固まり、沸き立つ湯気も糸筋数本、なのにもう炭焼きしてる時間がない。スワ殿よりこちらの方がよほど深刻で。特に、高位の御方ほど沈痛にだまりこくっていた。

「とにかく、祭りを続行せねば」

 とスサ殿。が、まるで海に石を放り投げたみたい。つまり、いま必要なのは打開策なのだ、そしてこの窮地を救うべく凛と鈴の音が鳴ったかのような清音、その清音が現に鳴って、衆人を、一斉に振り向かせる。

「わたくしがコマを加熱します」

 熱線と業火のあるじ、ミワ殿だ。

「通してくれますか?」馬を降り、一歩、一歩と停止を交え進むたび、鈴がなるたび、息を飲みつつ人垣が、後ずさって割れていく。「奉納の緑雲はすでに成った。山頂までもあとわずか。そのわずかな時間だけ、お焚きを継続できればいい。そうでしょう、スサ?」

「それはまあ、そうじゃがなーー」

「ならやるしかない」

「え。あ、やべ。みなよ! 目をふさぐのぞ!」

 その瞬間、光景も意識も思考も、何もかもを純白に消し去るような鮮烈な閃光が放たれた。それは闇も、その闇に跋扈する悪鬼どももことごとく殲滅するかのごとく、刹那のあいだ、しかし完璧に、雲海やその先の低木を生やす禿山にまで無差別に明光を浴びせかけた。が、すぐにミワ殿の背後から光のベールがめくり上がり、八翼に分裂しながら倒立して、次には花が閉じるようにひとつに集束していく。そして、ついには竹筒ほどの光の柱に集束したーー叩けば金属音が鳴るほどミチミチに光子を詰めこんだ、そんな柱だ。それは緑雲のあちこちにスポットライトを振ったあと、降下してコマに妥協のない光の判を打った。そしてミワ殿は足を開いて腰を落とし、その場に低く踏んばる、あたかも激昂の武闘家が、敵前で意気を高めるのように。で、歯を食いしばり、青筋たてて、

「ぐ、ぎぎ、ぎ」

 呻き声さえ漏らして、お顔も、どんどん真っ赤になっていく。

「ゴ、マ、を、ま、わ、じ、て、く、だ、さ、い」

 指示された通りに綱引いて回す。すると光の当たっていた箇所が、焼きごてを押したように赤熱していた。

 この焼き入れをコマの全面にほどこした。湯気は復活した。そしてこの過程は同時に、我々の心底にも希望の火をともしていた。

「こ、これで、ま、まつり、再開、できます、ね」

 息も絶え絶え。でもこの一言は、喜びを発すべきタイミングを今か今かと待っていた我らにとって、除幕式のテープを切ったに等しかった。わき上がる歓呼、歓呼の、紙吹雪。「ミワ殿! ミワ殿~!」「ミワ殿、万歳! スワ殿も万歳!」「叙勲はミワ殿だけ?」「「「いいえ、ミワでスワ!」」」もういつもの調子に。

 神輿になって進行再開。つぎの難所は「旅の階段」。といって明確な範囲の規定はなく、しいて言えば、蹇の谷より先の、すべてがそう。というのも、この参道、ただでさえ傾斜きついのに、さらには足場が大小さまざまな瓦礫でできていて、安易な一歩が即転落につながってしまうから。といって、長くとどまっていることもできず。階段とはよく言ったもので、実相は、鋭峰に岩石を振りかけてできた、岩ジェンガの急坂帯。だから、段差にしろ傾斜にしろ、強度にしたってすべてが一期一会で、登るとなればそのつど最適な一足を創造していかなければならない。しかも、このジェンガ、毎回組成が一変し、お歴々の御方がたの経験則も無用の細石に等しくなるとか。

 コマを灼熱する大技を出したミワ殿は、始終困憊。すんごい不機嫌、というか、もはや般若の面。肩が抜けたみたいに猫背、なのにうつむかず、持ち上がる首。その双眸は、恨み骨髄といった怨望で、スサ殿をまっすぐ凝視している。というのも、このとき、スサ殿がミワ殿の騎馬を借用してたから。スサ殿が歩けば地が揺れる、それは「旅の階段」をゆくうえで致命的。だから、これに対処するため、スサ殿が馬を拝借するーー毎度の恒例だったーー、救世の功労者たるわたしが徒歩で、功労ないスサが馬? 救国のために消耗しいられたわたしがかちで、無意味に英気を発散するスサが馬? ありえない! それはまちがっている! しかも、元気いっぱいのスサは、倒立だの鞍馬だの、調子にのって馬上で歌舞きまくっている! なっとくできない、スサ許すまじ。と、ミワ殿の心中、憶測してみたが、ともかく。前門の険難、後門のミワ殿という、奇妙な緊張のなか歩を進めること15段、ついに状況が変動した。ミワ殿が馬に駆け寄り、もう我慢ならぬの代弁に、その尾を手に巻き、止めたのだ。

「そこはわたくしの座です、スサ。譲りなさい」

「姉ちゃん、何言ってーー」

「あなた元気いっぱいでしょ。譲るのです」

「いや。あんな、いま『階段』の最中ぞ、疲れてるのは分かるが、今ワシ降りたらーー」

「タケ!」すると神輿の群衆に見守られながら、つるぎの切っ先を足裏で挟んで剣の上で座る太股たくましい御方が、ピョンピョンと、やじろべえみたいに跳ねてきた。で、近づくなり、

「姉御ォ、またですかい? もういい歳なんだから天変もいいかげんにーー」

「こやつを排除するのです。できますね?」

「いやそりゃあ、できるできないで言ったらーー」やれやれといった様子。「旦那、こう言われちゃ、もう辞世の歌さえ待てねんだ。すまねいな」

 そして、言いも終わらぬうちに飛び上がり、目にも止まらぬ速さでスサ殿の脇腹に、後ろ回し蹴りを食らわした。スサ殿は放物線を描いてぶっ飛び、

「だぁー! ワシがなにをしたって言うんじゃー! ねいちゃーん!」

 叫びを遠くしながら落下していった。

「耐ショック姿勢、よーい!」と号令あって、しばし。「いま!」大きな地震が。

「すんごい落下じゃったの」誰かがつぶやき、

「平気じゃろ。今度は爪も髪もあるしの」

 入念な下調べからの昇段つづき、頂上まであと数段。でもここで、小石が震え、砂礫ながれて、平たい石が、宙で躍り始めた。なにか不穏な雰囲気。

「おい、この揺れーー」

「スサ殿ぞ! もう追いついたのか?」

「なんぞ叫んでるような?」

「数字ーー? 抜き去った人数では?」

「増えとるぞ。十六? 楽隊の十六柱か?」

 意味は分からない。でも、カウントアップしながらスサ殿が、猛然と迫ってきている。

「これは」と、血相を変えるミワ殿。「反意の兆し? 腹いせに、祭りぶち壊してやろうって魂胆なの、スサ?」

 で、馬頭を返し、神輿の後尾に馬を走らせ、袖より7連のビッグボウガンを取りだした。で、すべてに装填し、闇のなか、探るように矢先をすべらす。

「止まりなさいスサ。いるんでしょう、スサ? なにゆえそう猛進するのです。祭りを台無しにするつもりですか?」

 返答はあった、でもそれは、地響きにかき消されて意味をなさない。が、一方で震源はますます接近しており、再三の警告にも、返答は依然、虫食いのまま。ついに足場の一端が崩れ、数名の御方が、闇に転がり落ちた。

 すると一瞬、ミワ殿が閃光を発し、一帯ーーとくに下瞰ーー、が露になる。ゴツゴツとした岩の急斜面、その各所に生える鋭利な岩。光を浴び、崖下に影をひいており、そのなかのひとつ、はるか下方の岩肌に、手足を伸ばす大きな玉虫。いわ登るスサ殿だ。

「あそこね」

 ミワ殿は弦の音ひびかせ、躊躇なく矢を撃った。え、撃った?

 矢は暗闇に消え、

「今のはほんの警告です。次はほんとうに当てますよ」

 神様方もこれには唖然。が、すぐ堰きったように非難百出し、

「相手はスサ殿! 弟ぎみを撃つとはなにごとぞ!(「でも義理だし」「そういう問題ちゃうねんで!」)」

「だが、スサ殿は岩つちの権化じゃから、いしゆみ効かんのと違うか?(「一理あり!」「いやなし! 無の理、矢のおことわりぞ」)」

「姉弟ゲンカぞ、ほっとけほっとけ(「投げ槍すぎる!」「指弾くらいが丁度よし」)」

「過度こえて 火土のあいだに 角がたつ 天のみかどに 奉ずる過渡にて(「おーい、土の御方。歌詠んどる場合か?」「か働もしとるぞ、心配すんな!」「本当、かど、うかのう」......)

 激論もまたまた頓知のまつりに。が、そうは問屋が許さない。矢先を泳がせていたミワ殿が、またも索敵の光を放ったのだ。そして露になるスサ殿、風きって進む矢。で、議論は再び「なにごとぞ!」に。で、第三、第四の射的がつづき、ここで奇才ある御方が、よせばいいのに発射の間欠性に、気づいてしまった。五射目の直前、的絞るミワ殿を看視しながら

「だるまさんがぁ~」と引き伸ばし、

「ころんだ!」で発射される矢。

 もちろん、当たらない。が、この予知は、緻密な調査の妨げとならぬよう、長く静粛を強いられてきた御方がたにとって、格好の鬱散機会となったのだ。加えて、当ててみよと言わんばかりにおちょくるスサ殿。もう好き放題にかぶくかぶく。片手倒立、側面倒立、果ては巨岩みつけ背負っての、アトラスの模倣まで。閃光あるたび、フラッシュあびるたび、嬉々と決めポーズ、撮影会みたく。ここにいたり、「無礼ぞ」「不敬ぞ」と敬神ぶってた御方だって「ころんだ!」と快哉と叫び、次のフラッシュでハズレとわかるや「ああ~」と落胆、そして、ハズレたあとの掛け声まで座興に投じられる始末。曰く「玉屋ァ~、鍵屋ァ~」「破魔矢ァ~、しめ縄~」。

 でも、この活劇のあいまも昇段は進捗し、そしてついに、5ヶ月ものときをかけ建造した祭器が、祭祀の広場にたどり着いたのだ。

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