(6ー3)
後列の御方がたも続々と到着し、一同で、祭祀場を目の当たりにする。
そこはタワーマンションほどのバカでかい磐座が正面に座す平地。岩はのっぺりとした歪みのない直方体で、まるで人工物。八辺八角の角部も、やすりに掛けられたようにこそぎ落とされている、季節の曲がり角に確たる境がないように。各辺々は縦横高さで、だいたい3:4:5、これまた変に人為的。いや天為的なのか? 他にはなにもなく、直上に一面の渦巻く緑雲のみ。この磐座を敵の本拠地と仮構して、突入準備みたく祭器を中心に、5角に皆が整列する。すると地揺れ大きくなり、
「80柱ぬきしたぞ、ねいちゃーん!」叫び現れるスサ殿。つづいて走りつつ歌舞いて
「ヌアハァー!
いや射矢と 譲る譲らぬ 腹芸に なに蹴りくらわしとんのぞ
おちつけん けりつけん
祭祀の式次に 障りしならば
我らは火土ぞ。同根ぞ。姉弟でもあるぞ。じゃのに、流す水いるぞ。なにを流すか、わかっておろうな!」
「悪かったわ、スサ。でもね、わたくしはてっきり、また馬を振り回されるんじゃないかと思って」
「ぐ。痛いとこ突いてくるのう。若気の至り、至るところに。ここに至っても。わーったのぞ。ここは譲るぞ。せんかたなし! にしても、よう積もったのう、こたびの岩戸は」
岩戸ーーこれが? なら、これをどかすのか? どうやって?
全員の到着をまち、気息整い鎮静するだけの充分な間をとって、当主の御方々がまえにでる。その厳粛な出で立ち、鎧袖一触の気迫から、どうも祭り変じて、祭祀のターン。そして祭り開始時と同様に、ウカ殿から順番に、威容の仕草で柏手を打つ、弱く強く、こすり合わせ、また弱く強く。で、インバ殿が祝詞を奏上すると、木の宮の御方がたが健やかな、まるで童子のような歌声で数え唄を唱えはじめた。
「ひ (1)
ふ (2)
みィー (3)
よ (4)
い (5)
む (6)
な (7)
やァー (8)
こ (9)
と (10)
も (100)
ち (1000)
ろ (10000)
ら (100000)
ねェー!(1000000)」
「ねー」で最高、最大、最長音にたっする節ある唱和、その数15。すると数の増加に呼応して、緑雲がまばゆい光を内蔵しはじめた。それはカウントアップのたび、その内側に、膨大なエネルギーの高まりを想見させる、なにか雲の深部で超常の動力炉でも稼動してるように。そして、10を超えてからは急変した。10で太陽透かす緑の雲ーーでも、まだ雲だ、渦状も凹凸も目視できる。でも13では、もはや視覚で捉えられるものがなくなっている。まんべんなく光る円盤。そして15では、初夏の太陽のような、なにもかもに光を刺し降らす薄緑色の円盤となっていた。
木の宮終わって、火の宮の番。数は1から、でも火の宮の発声は、青年男子の閧の声、勇壮で、はつらつ。緑雲は、やはり10までは微動というか、光が強すぎてどんな変化があったか分からない。光が中心に、集まったような? でも、10を超えるとはっきりと示顕しはじめた。円盤の中央ーーそれは岩戸の直上だーーで、ミミズののたうつような光のひずみが発生し、それが肥え太り、盛り上がって、湧水のような小山となった。で、最後は逆さ噴水みたく下にふき下がる。で、土の宮にバトンタッチ。
土の御方はバリトン、壮年の抑揚つけない低音で、うなるようにカウントを進めていく。光の噴き水はただ伸びる、10までは鈍重に、それ以降は劇的に。いや、劇的なんかじゃ生ぬるい、光の柱、いや、幹だ、どことなく神樹に似てるから、で、その幹は、天地を2分するあたりから、岩戸に達する寸前まで一気にきた。だが岩戸にくらべれば圧倒的にか細く脆弱、これで岩戸が開くのか? ともかく金の宮へ。
金局の御方がたは混成、テナーもいればアルトもいる。でもその唱和は、凄まじい怒りに満ちていた。まるで怒喝、無理にでも生長させようと脅迫せんいきおい。が、そのおかげか生長は新たな段階へ。幹の下端、そこはまったく伸長しない、でも形体は著しく変化した。それは分枝の数。10までのカウントで、樹木の根にあたる部分が一本ずつ分枝した。その数じつに10本。まるでタコ足のように樹幹を中心に等間隔に生えそろい、つま先立ちのようにキチンと10方に伸びている。で、11からの唱和をもって、それらがねじれ集結し、接合せんばかりにギチギチにからみ合う。15の絶叫を唱え終わるころには、切っ先をひとつにする矛となっていた。で、我らだ。
女神が多いこともあって、水局はソプラノ。その唱和は讃美歌的できらびやか。「ね」の最高音など、血管ぶちきれんばかりのハイトーンで。練習のときもーー男神も裏声で加わるーー、繰り返すうち、卒倒者がでたりした。でも本番に至り、岩戸目前にすると、霊験はあらたか。光の根は降下し、ついに岩戸に到達、そしてとがった尖端は、その形象にしたがい、岩戸の頭頂を掘ってゆく、螺旋の結束をほどきながら。そして10までには金の御方がたが為したドリル部は、苦もなく岩戸に収蔵されていた。が、そのあとはわからない、なかで何が行われてたのか。ただクライマックスの15で急激に、堅牢に思われたのっぺりした表面に、いちじるしい亀裂が走った。
すると5宮の御方がたが合同で、唱和をしはじめる。それは5つの宮が5とおりに声を発する高低剣呑穏健いりまじる老若男女の大混声だった。健たる木の宮、それは壮たる火の宮の意気を助け、金局の怒罵にうちけされ。で、生気煥発の火の宮は、重厚たる土の低音に、対比の妙で華をもたす、もちろん、荘厳美たるわが宮の高音に、かき消されながら。金の宮はやはり土の御方の対比で際立ち、同種ながら健全たる火の宮の声音に劣後する。で、水の宮は、土の読経的うなりで美音をにごされつつ、母たる優美さで、木の宮の不揃いな高音を支援する。そして、この唱和が3たび繰り返され、そのたびに、緑雲の緑樹はえる岩戸に、劇的な変化が発生するのだ。
一度目、気流とも水流ともとれる尖った緑の根が各所から一気に吹き出し、ふきだした先からまた岩を食いにもぐる、まるで龍蛇の狂乱の食事といわんばかりに。
二度目、根は分岐の先から分岐を繰り返し、深々と、根を侵食させてゆく、生命のように、脈動のように、どくどくと瘤を流しながら。そして岩戸は、精気の根に緊縛され、蹂躙され、ただの玩物と化した。
三度目、根は蜂の巣状、そこからさらに繊毛のびて、打ちっぱなしコンクリートの面影は、微塵たりとも残ってない。岩戸はもはや岩でなく、海中に沈んだ太古の文明のごとく、水草ゆらす巨大な緑の立方体に。そしてその終末は、超音波的荘厳な「ね」の大絶唱をもって、粉々に砕け散ったーーキラキラとした砂塵が舞いちる。
計やおよろず。でもしばらくたって、お歴々の方々がざわつきはじめる。
「おかしい」とついにスサ殿まで。「日ノ御子がおいでにならん。なぜじゃ? もうとっくに顕現なされてもよい頃というに」
すると口々に年輩の御方がたが私議しはじめる。
「はて? 刻限はまだのはずじゃが」
「精気足らんかったか?」
「だーから厳格すぎだといったじゃろ、祭りなんじゃ、もっと崩せ崩せ」
「いや、おそらくコマの中身が途中でこぼれたせいじゃ。精気たらんかったんじゃ」......
異見百出、でも総じて、一因に終着する。それは誰の胸にもあきらか、だからこそこの御方が、幾百もの異議のなかから、幾千もの呼吸をぬって、清廉と、神聖不可侵の声音を響かせる。
「みなさま」とミワ殿。「服をぬぐのです」
「服を、ぬぐぅ?」とスサ殿。「服をぬいでーーどうするのぞ?」
「精気を踊りで奉納します。岩戸が開かれた今、大神さまが顕れないのは精気の奉納量が足りないから。そしてもう、新たに氷を焚いてる時間はない。だからこそ、いま、ここで、我々自身の精気で! 精気の奉納を、完遂せねばなりません。そして、精気とは喜び。喜びを発露するには踊りが最も効率がいい」そう言いながらもすでに上着を脱ぎ「違いますか?」袖に吸いこませる。
すると「火の宮そういーん!」と、大号令あってーーチホ殿だーー、「脱衣よーい!」どの御方も無機質に素早く、上衣のむすび目を解いていく。「放て!」紅い装束が乱れとぶ。
「火は動き、水は不動ーー」とインバ殿。「いけない、火水未済だ。象を変えねばーーよし! 皆のもの! 火の宮につづくぞ! 上着を脱ぎ、晋を図る。踊りの妨げとなるものはすべて排除すると心得よ!(「おおォー!」の喚声)」
「火水うごきーー、あーらら。こりゃ抵抗できんて。ほなウチらも(木の御方がたはすでに脱衣し始めていた)」
「うむ。仕方ないのう」で、後ろの幹部の御方にうなづき、その御方が「テメェら!」と。「飲酒解禁だ! 騒げ騒げ!(「ヒャッホゥ!」「待ってましたァ!」「さけさけさけさけ! アヒィ~!」と肌着すら脱ぎ捨て、まわし姿披露する御方まで)」
「ぐ。これではワシらが岩戸閉めてるみたいでないか。違うぞ、梗塞のつもり、ないからな! では、土の御方がたよ! いまこそ土徳の柔順、見せるとき。装束脱ぐのぞ!(土の御方がた黙して脱ぐ、きれいに畳む) いよーし、次! 楽隊の御方がた! わかっておろうな? 踊りの曲はアワの曲だぞ。アワヤじゃいかんぞ。みなでワヤとなるのじゃぞ! よいか? それでは、金の御方に木の御方、火の御方に水の御方、土の御方も、準備ばんたん、よろしいか? それではいくぞ、ミュージックゥ~、スタートォ!」
大地ふるえる奏楽はじまる。でもそれは、ここまで奉献してきた雅曲とは異質のものだった。鼓は乱打され、琵琶はかき鳴らされ、笛は軽やか、躍動を、惹起するみたい。鈴もトライアングルも、寂然の消滅美を待たず打ち鳴らされ、マヌケ調子の一本やりで、堅実に自己をアピールする太鼓の低音を完全に打ち消している。もうなにもかもメチャクチャ、卑俗な楽音のごった煮スープ、でもそのなかでゆいいつ、基底と呼ぶにふさわしい基底の音律が。それは喜び。おのれを、他者を、生命も無機物も関係なく、リズムで支配し、騒音で惑溺し、周囲一円を無知低能のおバカ集団に変貌させてゆく狂乱の催眠術。諧謔でひとを笑わせ、それにより自らをも喜ばせる無限歓喜のシステム、喜びの輪。そしてこの音律に、自発的に投身し、差し金いれられる御方、十指にとどまらない。最初こそ困惑し、しぶしぶ踊っていた。でも夜明けを背にし、消耗はげしい舞踊つづくなかで、形骸を嫌い、惰性を倦んで、独創に走る御方が、自然と発生する。どこの御方かわからない、でもほんの数名、いや、ほんの数度の腕のうごき脚のうごき、そのなかに、新奇と妙趣を発見するのだ。そしてその御方が退屈な音律など捨て去って、独自の、軽快な所作を発表する。これがうけ、周りの御方が真似し、すると感化された御方が、負けじと新種のうごきで対抗する。タコのごときくねくねダンス、ドジョウすくいのダンス、空中で百回ちゅうがえりする不落のダンスーー回転の中心に腕をいれ、首をいれ、曲芸の合体技とする御方もでた。決めポーズだけを繰り返すカッコイイ御方に、倒立して手足逆転で元のおどり維持する器用な御方も。もう至るところ主客交代するミニダンスフロア状態で、しかも装束ぬいでのお姿、もはや笑かしてくる目前の御方がどの宮の御方なのかもわからない。
そしてこの押しくらまんじゅうのさなか、僕は、縁故ある御方がたと交感した。イワヌマ殿にシオガマ殿ーーイワヌマ殿とは肘組んでスキップ踊りしたーー、それに、水の宮六室の知己たちに、いっとき険悪になった旧知たちーー謝罪と寛容の交感も軽快にーー、連絡役のウサ殿にナグ殿、キタカミ殿。それに、すっかり出来上がったミシマ殿も。思えばこの5ヶ月、異例の抜擢からはじまり、いわれのない嫌疑にその解消と、いらぬ波風、波濤ばかり、くぐらされてきた。でもその波間の暗中で、真に孤独にならずにすんだのは、この御方がたがいてくれたから、僕を真に、気にかけてくれたからだ。人間臭いといわれようが、狭量といわれようが、将来この御方がたがピンチに陥ったとき、きっと僕が助けてみせる、成長してみせる、自然とそう思えたのだ。
すると蓬莱の底が、青黒く輝きだした。そしてそれに気づいた御方から足がとまり腕が下がり、音楽が止んで、おのおの感動にうちふるえた声で、
「おお、大神さまじゃ」
「大神さまがおわしなすった」
「新たな時代、新たな日の御子の誕生ぞ」
そして、いつの間にか中央に、5宮の当主がたが勢揃い。
「やったの、姉ちゃん!」とスサ殿。
「当たり前です。このわたくしに『ぐぎぎ』とか言わせたのです。うまくいってもらわねば困ります」
で、ご当主がたがそれぞれ顔をみやり、意をくんで
「では水の宮!」と後ろを振り返りつつインバ殿。(「ハッ!」と各所で応答ある)
「火の宮いちど~う、気をつけ!」とチホ殿の号令。(足音で返事。直立不動の姿勢になる)
「木ィの宮のみなは~ん! どうどすか?」とウカ殿。(「ええですよ!」と湯上がり後のような呆けた返事、ちらほら)
「金の宮よーい! 準備できとろうなー?」とヒダ殿。(「ウリィー!」などの意味不明の雄叫び多数あって)
「では土よ、黄金の御方がたよ! 最後の発声じゃ! 準備ええか?」(「どうぞ!」の連発あって)
「「「「「せ~の!」」」」」
「「「「「明けまして、おめでとうございまするぅ~!」」」」」
あれからふた月。青黒かった太陽も、すっかり碧く染まって輝いて、いまや仁たる陽の本領発揮。
祭祀のあと、岩船のごときあのコマを、氷もふくめ豊恵川に流したおかげで、凍結していた地球も、すっかり元通り。緑雲と、白雲蒼海のみずみずしいコントラストを、日射をあびた部分から宇宙に現出させ続けている。
そしてこの日このとき、地上では、挙国一致で例祭が行われる。もちろん、僕を祀る些細な祀社でもそうで、これを楽しみにしている御方は多く、僕もまた、そのひとり。様子をうかがってみる。
どれどれと、ピントをあわせてーーお、見えてきた見えてきた。
それは山のふもと、そこに代々住む地縁の人々と由縁ある人々が集合し、山を這う道の入口に行列なしてたむろっている。沿道には見物人がチラホラ。
そして、ここから少し離れた場所で、この物見に加わらんとする親子一組。若い母親と、手を引かれるヨチヨチ歩きの幼子だ。
ヨイショ、ヨイショ、ヨイショ......。母親が音頭をとり、子のほうは、足取りに夢中。でも急に子供が止まって、
「あっ! あっ!」水路の縁の小さな突起を指差す。
「あ、つくしさんだねー。かわいいねー」
「つくひさん?」
「そう、つくしさん。ほら、それよりパンパンしにいこ。神様にパンパンて」
「パンパン?」
「そう。神様にね、今年も無事に冬を越えられました、ありがとうございますって、お礼しにいくんだよ、パンパンって。さ、行こ」
するとここで、掛け声あって、「こたびの祭り、神様にお喜びいただけるよう、我ら一統、一丸となって頑張るぞ! エイ、エイ、オー!(エイ、エイ、オー!)」その子はビックリして釘付けになっていた。
「あ、ほら、始まった。行こ」
そして二人、観衆に紛れていく。
春陽かかげる青空のもと、新緑たたえる山腹に、くるま牽く長い行列が、ゆっくり練り上がっていく。それを見守る何者かの満足げな吐息が一陣、風となって吹き抜けていった。




