(6ー1)
長いので3分割。
12月も下旬をまわり、今日はもう冬至の朝。祭り決行の当日だ。
早朝より起床しーーといっても陽は出ない。もうお隠れになったからーー、支度して記録開始。書記の使命は克明な記録とのことで、僕は、まだ寝静まる6室や、粛然とした潔斎中の3室などを巡覧した。といっても6室には、日中に消尽するであろう英気を養うべく本能のおもむくまま、豪快に寝相をかく昔馴染みたちがいるだけだけど。一方で3室。先達の集まるこの室は、そうではない。のりで固めた頭髪に、カラスの羽のごとく碧光りする装束、下ろし立ての肌色の麻の袴に、ふんわりした真新しい足袋。どの御方も、頭頂からつま先までの総身を、端厳な礼装でそろえている。そして、霊験あらたかな祝詞の音節響くなか、黙思の伏し目の暗中に、それぞれが成功への気迫をたぎらせていた。それは潔斎の儀のあとの堂を出る足つき、伸びた背筋、ピリピリとした所作に明確に表れており、あのイワヌマ殿でさえこんな一言で釘をさしてきた。
「オモノ君。祭りは遊びじゃないの。至誠をつくし礼儀をつくし、かけまくもかしこき御方のご来臨を祈念する儀式なの。不敬があってはダメ。いいわね?」
これはーーと、思わず、つばを飲み込んだほど。
6室の御方々が起床、背に亀甲型の蒼い6本線のある黒い装束に着替えーー代表団以外ははっぴなのだ、で6本線は各自の好きな卦ーー、門前集合。僕は装束とはっぴ両方を支給されており、迷った末に装束に。
続々と門前に集まり、黒い歯抜けの長蛇ができてきた。そして完成し、不凍のみぎわへ。
到着する。原には、我らと係りのものしかいない。暗夜、寂然たる星湖で、小波たちが、闇にまぎれて体当たりごっこの可愛らしい音を立てている。そして、湖水の底のさらに下、宇宙では、純白にそまる地球が、おなじく玲瓏な美姫たるきさきの月と、華麗にスピンダンスを繰り広げている。見るに現世は、すっかり冬のさま。外殻は雪におおわれ、春を蔵するの過程、真っ只中。まあいささか、水気酷すぎ、種皮固すぎで、春の雪解け、うまくいくかは疑問だけど。逆を見やれば、平坦な原から無残に凍る禿げ山が、波打ちながら、だんだんと曇天との距離を縮めていた。で、この薄氷のせる高原の先で崛起する青黒い山体、蓬莱だ、この蓬莱が、むら雲に突き入って、霞んでいるのが見える。ここが本日のメイン会場。ここで祭祀をとりおこない、みごと大神様をお呼びできねば、新たな陽、新しい年は明けぬのだ。そして、そのキーたる精気の奉納器、つまり祭器が、ポツンと一台、5色の松明に彩られ、静かに躍動のときを待っている、フレームに車輪に、金に銀に光をすべらしつつ、きみどりの蒸気をくゆらせ、もうスタートできる、牽き手はまだか? そう催促するように。で、その躍動の源泉たる御方がたが、粛然と、威儀をはらんだ挙止で参集してくる。
まずは金局。隊列組まず、地平に水銀たらしたようなギラついた接近はそのまま、でも、おのおの猫背はシャンとし、周囲にガンくれ回す険阻さは鳴りをひそめ、白銀だった装束も、色むら残る鉛色に。無鉄砲だったヤンチャくんも、ついにオトナになったかといったかんじ。はっぴも装束の流れをくみ鉛色、ただその背には、各自思い思いの黒い刺繍が入っていた。虎とか兜とかキューブとか。
次、地響き起こしつつ、土局。こちら、平時と変わらず。咳払いにしろ佇まいにしろ、抑制きいてて角がなく、壮年の沈着さが通底している。ただし、その玉虫色の装束は、灯をあび燭をあび、常に変調しつづけ、全体として色むら湧きつづける超次元的迷彩スーツの狂信者集団みたくなってたが。はっぴの御方がたを含めてね。
つぎ火局。マーチ変わって、まるで葬送曲、除夜の鐘のごとき長休符はさむ大太鼓の打ち鳴らし、あいまには、行進のテンポ取りのための弱い縁打ち。一方、粛々と刻む足音の力強さは変わってない、まるで侵略の手を緩めないことこそ礼儀、そういうように。装束もえんじの生地に黄土色のドットで、真紅一辺倒よりは弱火の印象に。はっぴの背は鳥類。キジとかカラスとかインコ、コウモリまで。
最後、木局。先回の舞っては花、奏でては新春だったパレードも、今やすっかり緊縮仕様。琵琶、三味線はしらべを語らず、大手を振っての縁故よびかけも、するものがいない。ま、黙しつつも、花降らす先導だけは不変なんだけど。でも、衣擦れが聞こえるほど森厳で、たおやかだ。装束は全体的には碧で、左裾、左袖のみ真紅の差し色、それが、ななめに入っている。はっぴの背には草木や典雅な漆器を縫い付けていた。
5宮そろうと当主の御方々が前へ。なぜかシオガマ殿もいっしょだ、柄杓さした桶を持っている。で、祭器に集まるかと思ったら、すぐ近くの側溝に集結した。インバ殿がシオガマ殿から柄杓を受けとり、まず自分の左手に注ぎかける。それから桶持ちのシオガマ殿を伴って、ウカ殿の左手から順番に片手だけすすいでいく。終わると今度は右手。やはりインバ殿が自ら右手をすすぎ、今度はヒダ殿から逆順に右の手だけすすいでいく。最後、シオガマ殿が残った桶の水を、ぶちまけるように側溝に流す。で、シオガマ殿は一礼して去る。するとご当主がたが厳かに後退して、各自各様に腕を開く。ウカ殿、ヒダ殿は中間までで、インバ殿、ミワ殿は両腕が完全な水平になるまで。スサ殿だけ眼前で合掌の姿勢。それからおもむろに、ウカ殿が柏手を打った。弱い拍。次にミワ殿が烈風はしるほどの震撼の拍を打ち、スサ殿が力を込めてから手を擦り合わせてゆっくり開き、ヒダ殿が緩慢な動作で一拍、最後に、背筋凍るほどの強烈な拍をインバ殿が打つ。みなみな一礼し、インバ殿が短い祝詞を奏上して、各自が自宮に四散した。そして、祭儀はじまるにあたっての激励の辞がありーー我ら水の宮ならツキヨミ殿が担当したーー、成功への意気を興起する。
「こたびの祭り、大神様にお喜びいただけるよう、我ら一統、一丸となって頑張るぞ! エイ、エイ、オー!(エイ、エイ、オー!)」
それを皮切りに各位が担当箇所に駆け散り、他の宮の御方がたも散開して、5色のはっぴと装束が、入り乱れに乱れてしだいに収束し、静止を取り戻し、静寂の楽隊から、最初の竜笛が鳴りはじめる。笙が呼応し、鼓がつづき、合奏が8拍経過したところで、スサ殿の大号令。
「よぉし! 刻はみちた! これより祭り開始ぞ! くるま、発進せよ!」
次代開き大祭りのはじまりだ。
それは、壮麗な雅曲の流れるなか、城のようにバカでかい建造物が、砂利にがたつき重心の変化に動揺し、しかし、泰然と牽かれていく謎の行事。でも、その周囲では、逸脱と随従、交雑と画別が同居しており、絶えない変易が、不定期に、あるいは一定の周期でもって循環していた。「せーい、せーい」の音頭で押し牽き隊が一歩を踏み出す、すると全体が、歩調をあわせて、乱れぬ随従の一歩とつづく。それとは無関連に、綱引きたい隊が、天より下る当主の号令に、目一杯、あるいは、日頃の鬱積ここで晴らさんばかりに、逸するほどの威勢でもって、のけ反りコマを手繰り寄せる。だがもちろん、大過せぬよう加減してだ。で、この動力の御方がたとはまた別に、外縁を随行し、ときどき突入する御方がた。それは炭を撒き、ろばたの氷を拾っては投げ渡し、火勢のためにうちわを猛然としならせる御方がた。この御方がたは、機を見、微を見、間隙ぬって、敏速に躍動の御方がたの間をウロチョロする。そしてみごと役割を果たすと、また律動の御方がたの外側に戻って、次の出番に待機する。で、楽隊は、隊のいちばん後ろで列伍して、優に艶に、繊細な旋律をかなでていた。どの御方も静かな気迫にみちて抜かりなく、厳格の礼式、ここに極まれり。が、そんなお利口な祭式も、いったんここまで。
「ぜんたーい、止まれーぃ!」
とスサ殿の号。車が止まり、楽隊が止まる。最初の小難、凹地がやってきたのだ。前回はここで車輪がはまって、進行できなくなった。が、今回はそうではない。
「神輿じゃ! 神輿の準備じゃ! 祭器かつぐぞ! 金の御方、かつぎ棒のご用意を! 4綱の御方、押し牽きの御方がた、配置代えじゃあ。楽隊の御方がたも参加できるかたは神輿にご参加めされよ! 我らも降りてかつぎに回る!」
極太の鉄の角柱が二本ずつ、左右両横から荷台の下に差し入れられた。そして隊が散開し、色とりどりのはっぴや装束が、ランダムに、千々に走って、我先にと、好きな角柱に肩をいれる。それは押し棒牽き棒の取っ手部分も同様で。側面は特注の角棒だが、前後は押し牽きの骨組みでかつぐ仕様だ。4綱の土の御方がたはそのまま、炭焼きなど外周の御方がたもそのまま。ただ、楽器しまえる楽隊の御方や、上階で氷受け取る御方、4綱の4季の御方がた、押し牽き隊の御方がたは、もれなく上衣をひるがえし、嬉々と密集に分け入った。取り付く島なくば、車輪に抱きつき、その一興にあずかろうとする御方までーー、へっぴり腰でとても役に立つものでないと思われるが。
「オモヒ!」と僕を呼ぶ声。見れば懇友が、密集のはしで中腰で手招きしていた。「スペースあるぞ。お前も来いよ、早く早く!」
「ごめーん、いまお役目中なんだ」記録係は当番制なのだ、で、いま、僕の番。
スサ殿がかつぎ棒の先っちょを脇腹に抱え、始まりの変異の地揺れ。
「よぉ~し! 神輿いくぞ! わっしょいええかぁ?(「ええぞォ!」「いつでも!」)いくぞ、せーのっ!」
「あ、それっ! わぁーしょい! わぁーしょい!」......
車輪がわずかにぶら下がり、左右にぶれつつ、鈍く持ち上がる巨体。それはまるで浮沈する精気の活火山のよう。赤熱した大釜からは噴霧の精気が、絶えず柔らかく悠遠な蒸気となって放散し、山体は、ときどき不気味にボコッと緑のゲップを吐く。多少のぶれなぞなんのその。手綱ひく手のみごとな操作で、コマは天への愛の眼差しのごとく、上向き、ぶれず、視線そらすことなし。でも、土の御方がたの影のご尽力とは裏腹に、台座の下では、その転覆を期すとも思える熱狂のマグマたちが。血気に沸くかつぎ手の乱痴気さわぎだ。もはやさっきまでの謹厳静粛はどこへやら。どの御方も満面喜色、落とせば惨事の錦の御旗で、とにかく持ち上げりゃあええんじゃあ、跳ねのけたってもええんじゃあの根性で、持ち場以外まったく意に介さない。さらにはこんな文句の応酬まで。
「おーい、北方! 傾いとるでないか! 手伝い要るんでないか?」
「なにおう! ちょうど肩のこりに当たる棒が気持ちよかっただけじゃい! 南方こそそんなに飛ばして大丈夫か? 道長しぞ!」
「なぁーに、燃料ならたぁーんとある。(「神酒も幹もたんとあるぞ。わははは!」)」
「いよーし。燃えるぞぉ、燃えてきたぁ!」
「わたしも! 萌えてきた!(木の御方。じっさい、着衣から芽が吹きだした)」
この流れは、ご当主がたにも。インバ殿はかつぐ手をとめ、袖より酒瓶取りだしてガブ飲みしだすしーーすぐに目がトロンとなったーー、ヒダ殿は鎧袖一触、鎧の刃で辺りを散らして、悠々と、右手指一本で棒を支えていた。で、誤ってぶつかってきた相手に空いた手で針を渡す、口も縫えと。ウカ殿はかつぐ位置を転々としながら、行った先でにこやかに、来年の先物商品を売り付けていた、もちろん暴利。ミワ殿はうまに乗りつつひとり手品。貨車の南方で随行しつつ、徒手をひねると指先に、8足の黄金カラスが現出する。先導役らしいのだが、祭器の上空を何周かするとすぐいなくなり、また捻出するを繰り返していた。スサ殿はご放吟。歌舞いては地を鳴らし、地を鳴らしては顰蹙かって、
「スサ殿ォ! スサ殿お願いです、手を離さないで! あ、しこ踏まないで! あ、あ、倒れるぅ~!」
イワヌマ殿なんて、かつぐ振りして前の御方の脇腹を、全力でくすぐっていた。
どの御方ももう好き放題。でも、この変節するだんご集団を前に僕は、少しの不安も呆れも感じなかった。むしろ安堵した。というのも、胸を騒がす喜びが、「わーしょい!」の声にわくこの興奮が、身震いするほど懐かしかったから。このはちゃめちゃにとっちらかった混沌中の混沌を、さらに別の混沌で味付けし、しかも絶えずそこにわく喜び、楽しみ。この謎の喜びこそ連綿脈々と系譜されてきたお祭りなのだ。そう、これこそが、僕の知るお祭りだった。
でも、それも凹地を登りきるまで。
「止まれーぃ!」スサ殿が地を揺らし号を発し「神輿おろすぞ! かつぎ手の御方がたよ、ご苦労でござった。峠越えたぞ、各自もとの位置に戻られよ!」
で、車輪は接地に沈み、カラフル団子も四散した。5宮のご当主がたも精気の雲にお隠れになって、くるま発進。もとの壮麗な雅楽のなか、掛け声とコマの傾斜、「せーい」の唸りで前進が再開される。先刻までの狂宴は白昼夢? いや、祭りの本分とはやはり、祭祀なのだ。
歩くうち、高空に変化が。最初、祭器の直上で霧消していた精気だったが、発芽した豆のごとく触手を伸ばしはじめ、今や揺らめく一条の気の蔓に。のみならず、天空では突端に、そら豆のような綿雲が。これが奉納の成果? が、それはみるみるうちに膨れあがって、あっというまに綿飴ほどに。これが大神さまのご降臨にどう関係するんだろう?
数度凹地にぶつかって、そのたび神輿モードでバカ騒ぎ、すると起伏の稜線に、艶やかな朱の大鳥居がせり上がってきた。鳥居の二段の横棒には金色カラスがいっぱい。闇のなか、そこだけネオンで電飾されたよう。そして、光る二の字にはさまれて、中央に荘厳な額がありーー内容は逆光で見えないーー、でも近づいていくにつれ、朧気に、刻印された文字が見えてきた。それは謎の記号の組み合わせ。丸や払いや波が柔和の印象で組み合わされ、なんとなく、甲骨文字の「劒」の字体みたく見える。ま、解釈不能なんだけど。カラスの羽が鳥居の下に散乱し光り、神域をへだつ境界線のようになっていた。
ここで一同停止。低頭黙礼のなか祝詞が奏上され、祈念の間がたっぷりとられ、押し牽きが再開されるーー鳥居はスサ殿の6倍くらいビッグで通行に支障なかった。再び騎乗したミワ殿が、中空に差し向けた手の袖口から、次々に飛び来るカラスを収容する。でも回収だよな、あれ。
地面が茶褐色から青黒くなった。足裏の感触も、腐葉土の凍った固さから、荒い岩石のそれへと変化していた。蓬莱に入山したのだ。でも、この岩石、祭器の何倍もある巨岩から爪ほどの礫までさまざまで、まるで上からランダムに振りかけたような?
蓬莱はほぼ真円に近い。裾野の広いラッパ型で、三合目あたりまでは勾配なだらかだが、それ以上は、急激に傾斜をきつくする、まるで蓬莱の上空に、全てを吸い上げる不可視の穴でも空いてるみたく。六合目ですらもう断崖。じゃ頂上はというと、なんでも中津国の次元を突破して、天津国まで通貫しているって話、本来ならば。本来ならって表現は、実際は、七合目あたりでポッキリ折れてるから。代わりに山裾の一割ほどもありそうな巨大な磐座が、堂々たる威風をはなって最高地点に鎮座している。この巨岩を更新するのが祭りの目的のひとつで、罪穢れをはらう、なんて言われてるーー茶目っ気たっぷりな上司連は教えてくれない。曰く「壮観よ、オモノくん。楽しみにしといてね!」。で、その壮観とやらのために、五合目の祭祀場までこのバカでかい祭器を運んで、祈祷しようってわけ。参道は山体を外周するように伸びており、一合ずつ上っていくから、全部で5週。難所もおそろいで5つだ。で、その最初の難関「咸の沢」が、早くも目前に、迫ってきた。




