第25章11話 偽善の女③──自己満足(エゴ)
──俺ぁ、あんたみたいな偽善者が一番嫌いだ。
白狼の言葉が頭の中をぐるぐると回る。
──おきれいで、情け深くて、一時だけの優しさに酔いしれて、そのくせ、肝心なところで手を放す。
『違う……っ、違う……っ、違う……!』
──何の覚悟もできてねぇくせに、薄っぺらい愛を語って最後の最後に裏切る。
『そんなことない! 私は……っ』
──だから、あんたはいつまで経っても『お嬢ちゃん』なんだよ……っ。
『私、は……っ!!』
泣きながら、薄暗い廊下をエマは走った。
……本当はわかってる。
違わない。何にも違わない。
白狼の言ったことは、全部本当だ。
自分はここを去る。あの子どもは残される。そのあとに待ち受ける運命を知っていながら。それは、何が違うだろうか?
ルリアの周りにいた汚い大人たちと何が違う?
結局、エマも同じなのだ。
不条理な現実を前にあきらめて。自分事ではないと見て見ぬふりをする。
そうして──
いずれは白狼と同じ側の人間になる。他人の不幸を見て安心するような……そんな大人に。
『ルリ……ア……!』
運命に翻弄された少女を想った。
大人たちの政治の駒になるしかなく、勝手に婚約者を決められ、戦地登用されることになった、まだ十代の半ばでしかない少女を……。
彼女を救いたいと願った。
実際には、どうだ。
目の前の、小さな子どもさえ救えない……。
『マーマ』
エマを呼ぶ無邪気な声。きゃっきゃっと笑う子どもの面影が脳裏をよぎる。宙を指さして笑っていたその仕草が……。
『…………っ!』
施設の片隅で泣いて、泣いて、泣いて。……泣き疲れて、その場で膝を抱えたまま眠って。
気が付けば、夜空が白み始めていた。
『…………朝……』
ぼんやりと顔を上げたエマは、夜明けを知った。
……その頃には、もう心は決まっていた。
(あの子を、逃がそう……)
施設の周囲には地雷原がある。案内のある正規のルート以外での逃走は困難だ。唯一、つけいる隙があるとすれば──
(──…………競売の時間)
たくさんの客が訪れる時間。
ひとりやふたり、門を抜けても怪しまれない環境。職員も客も競売に集中し、警備が手薄になる最後の機会……。
そうと決まれば、心は不思議と落ち着いていた。
あの子どもを逃がす。こんな陽の射さない檻の中ではなく、光の当たる場所に連れ出す。
このままふたりでグリモアに落ち延びてもいいかもしれない。
ケンカ別れをしてしまったけれど、事情を話せば、ノワール王国にいるルリアやイリーダ先生もきっと助けてくれる。
……そうだ。ひとりじゃない。
奴隷たちみんなはムリでも、小さな女の子ひとりぐらいならきっと助けられる。それがたとえ自己満足と言われようとも……。
──そう思ったエマを出迎えたのは、空っぽの檻だった。
昨日までいた子どもの姿はなかった。
『…………え……?』
『──一足遅かったな』
『……っ! 白狼?』
遅かった、とはどういうことか。
心臓が、知らず知らずのうちに悲鳴をあげた。
答えを聞きたい、という気持ちと。
その先を知りたくない、という想いが。
エマの中でせめぎあって……。
『明け方、騒ぎがあってな。ずいぶんと派手に暴れたらしい。だから──』
その先を続けようとして、白狼の瞳は揺れる。サングラス越しの灰青色の瞳が陰鬱に光って、エマを絶望の淵にたたき落とした。
『──ついさっき、廃棄処分になったところだ』




