第88話 かつて見たあの場所で
ふわりと優しく風が吹き抜ける。
滑らかな金色の髪をさらさらと揺らすその背中に私は声を掛けた。
「……ここのことを言ってたの?」
「そうだよ」
シーラに連れられて。
私がやってきたのはシトラシティから少し離れた場所にある平原。
ここは、
(確かクロハルがえっと……ディエルとバトルした時の場所、よね)
あの日とは違って、今日は少し風が多く吹いている。
でも、かつてクロハルが立った場所に今度は自分が立っている。
そう思うと少しだけ嬉しいような、そうじゃないような。
私は不思議な気持ちになった。
「そういえばさ」
「……今度は何よ」
「前にクロハルがボロボロになっちゃった時のこと覚えてる?」
「ええ、一応ね。確か『オーバーブレイク』だったかしら?」
「正解」
急にまた懐かしい話が出てきた。
と言ってもそこまで古い話でもないけれど。
事の発端は一ヵ月くらい前。
クロハルとシーラの友達であるディエルがバトルした時のことだ。
(クロハルの仮想体システムがうまく機能しなくて……それで服がボロボロになっちゃったのよね)
幸いにも傷はなかったらしい。
けれども、それを見た時の衝撃はかなり大きかったのを今でも覚えている。
『オーバーブレイク』のことを私が知ったのはそれから後のこと。
ルードとアルスがバトルをしている時にシーラから教えてもらったのだ。
「それがどうかしたの?」
「一応クロハルとディエルの二人にちょこっと心当たりを聞いてみたんだけど何もなかったんだよね」
「心当たりって……あの偽作カードとかいうカードのこと?」
「うん」
「ならどうしようもないじゃない」
「そうなんだよねぇ」
だからお手上げ。
軽い調子で両手を上げたシーラはハムハムといつの間にか口に挟んだスティック状のお菓子を上下に揺らす。
「それとも他にある……?」
「? 何か言った?」
「ううん。何でもないかな」
「あっそう」
何か気になるようなことでもあったのだろうか。
少しばかり考える素振りを見せたシーラだけどすぐに頭を振ってしまった。
なら私が気にしたところで特に意味もないのだろう。
顔を上げたシーラとぱっちり目が合った。
「さて。とりあえずバトルしようか」
「……そうね」
そのためにここまで来たのだから。
示し合わせたかのようにお互いのデッキを取り出し、突き付ける。
「「カード、スタンバイ」」
私とシーラ。
それぞれの目の前にバトル用のフィールドが展開される。
(そういえば新しいカードを入れてバトルするのはこれが初めてね)
今までは軽い一人回しくらいしかしてこなかった。
なのでこれが新しくなったデッキの初陣になる。
(やれるかしら…………いや、違うわね)
私はマスターだ。
デッキも、私も、本調子とは言えない。
だからと言って――それを負けたことの言い訳にはしたくない。
(私は、私のバトルをするだけ)
デッキを置き、配られた手札から幾つかのカードを選んで入れ替える。
「……こっちは準備できたわ」
「私も大丈夫だよ」
「そう」
ならあとはバトル開始の宣言をするだけ。
顔を上げ、シーラと視線をぶつけ合う。
そして、
「「バトル、スタート!」」
勝負の幕が、切って落とされた。
メリル
マナ1
手札5
シーラ
マナ1
手札5
先攻のプレイヤーはシステムによって自動的に決定される。
その証拠に――私のデッキが薄っすらと光った。
「先攻は私ね。スタートフェイズ、ドローフェイズをスキップ。そしてメインフェイズ。私は1マナを使って∞スペル『アフターギフト』を発動するわ」
メリル
マナ1→0
手札5→4
スペルゾーン0→1
カードをフィールドに置いた瞬間、現れたのはリボンで結ばれた大きなフタ付きのプレゼントボックス。
それを見たシーラが目を丸くした。
「へぇ、それがメリルの入れた新しいカードなんだ」
「これだけではないけどね。このままメインフェイズを終了してエンドフェイズ。発動した『アフターギフト』はエンドフェイズに自身の効果で横向きになるわ」
フィールドに置かれたカードが独りでに横に傾く。
その動きに合わせて。
私の前に出ていたプレゼントボックスのリボンがスルスルと滑り落ちるように解けていった。
「これで私はターンエンドよ」
「なるほど、面白い動きをするカードだね。私のターン、ドロー」
シーラ
マナ1→1
手札5→6
シーラの手札にカードが一枚増える。
彼女自身の実力を私は知らない。
ただ、クロハルが強いと言ってたことは覚えている。
だから私は警戒をしていたのだけど、
「私はカードを3枚セット」
シーラ
手札6→3
スペルゾーン0→3
「これでターンエンドかな」
「えっ」
特に大きな動きはない。
そのことに私は少なからず動揺していた。
(っ! カードを伏せただけ……?)
意図が読めない。
拍子抜け、とまでは言わないけれど。
張り詰めた緊張の糸が少しだけ緩んだのが自分でもわかった。
(いけない。しっかりしないと)
まだバトルは始まったばかり。
というよりそもそもの話。
1マナ2マナでできることなんてそんなに多くない。
たかが知れてるとも言える。
(バトルの本番はこれからよ)
私は自分の心にそう言い聞かせた。
「さっ、そっちのターンかな」
「……わかってるわよ。私のターン、ドロー」
メリル
マナ0→2
手札4→5
「メインフェイズ。私はまず『アフターギフト』の効果を発動。横向きになったこのカードをドロップゾーンに送ることでカードを2枚ドローするわ」
そう宣言したことでパカリと開くプレゼントボックス。
そこから飛び出した二枚のカードはそのまま私の手札へと収まる。
メリル
スペルゾーン1→0
手札5→7
「へえ。それドローカードだったんだ」
「そうよ。私は2マナを使ってユニット『泉の妖精フィーネ』を召喚」
メリル
マナ2→0
手札7→6
『泉の妖精フィーネ』
コスト2/水属性/アタック1/ライフ1
【効果】
①このユニットがバトルゾーンに出た時に発動する。カードを1枚ドローする。
「召喚した『泉の妖精フィーネ』の効果を発動。カードを1枚ドローするわ」
メリル
手札6→7
(悪くはない、か)
これで私のフィールドにユニットが一体。
手札も七枚から減っていない。
いつもの。
いつも通りのプレイングができている。
私はホッと胸を撫で下ろした。
「私はこれでターンエンドよ」
「それじゃあ私のターンかな。ドロー」
シーラ
マナ1→2
手札3→4
カードをドローして一笑み。
カリカリカリとスティックのお菓子を短くしたシーラは一枚のカードに指を添えた。
「私は2マナを使って『白の召喚士プリモ』を召喚」
シーラ
マナ2→0
手札4→3
『白の召喚士プリモ』
コスト2/光属性/アタック1/ライフ3
【効果】
①このユニットがバトルゾーンにいるかぎり、自分は1ターンに1度だけ光属性ユニット1体の召喚コストを-1できる。
シーラが召喚したユニットは頭から足元まで真っ白な巫女。
そのユニットに見覚えはないけれど。
でも、その名前に私は聞き覚えがあった。
「召喚士ユニット……!」
「流石に知ってるよね」
「クロハルが何回もオススメしてくれたカードよ。知らないはずがないわ」
「だよね」
召喚士ユニットは今回のパックで新しく追加されたカードたちだ。
効果は対応する属性ユニットの召喚コストを1ターンに1度だけ減らす、というもの。
減らせるコストは大きくないけれども、その恩恵は見た目よりも大きい。
(流石に入れてきたのね)
ユニットを中心にするんだったら入れといた方がいい。
どうやらクロハルは他の人にもそういうアドバイスをしていたらしい。
全くもう。
少し驚いちゃったけど使ってくるならそれを考えた上でバトルをするだけだ。
「私はこれでターンエンド」
「私のターン、ドロー!」
メリル
マナ0→3
手札7→8
(とにかく焦らない)
バトルの序盤に必要なのはバトルを有利に進めるための準備。
「私は3マナを使って∞スペル『神秘の泉』を発動」
メリル
マナ3→0
手札8→7
スペルゾーン0→1
「なるほど。∞スペルを使ったデッキなんだ。面白いね」
「このスペルを発動した以上、面白いだけじゃ済まないわよ?」
「へえ?」
スペルを発動したことで私のフィールドに現れる小さな澄んだ泉。
その向こう側で。
「私はこれでターンエンドよ」
私を見つめるシーラの目にきらりと妖しい光が煌めいた。
評価や感想、誤字脱字や要望などありましたらよろしくお願いします!




