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『キング オブ マスターズ』  作者: 大和大和
~アドバンスド・スペリオル~
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第87話 メリルの憂鬱







 刻一刻と迫る大会の時。

 新しいカードの登場によって激動を迎えつつあるバトル環境。

 その中で私は一人。

 街角のベンチに座りながら小さく深い溜め息をついた。


「思ったよりしっくり来ないわね……」


 私の手にあるのは水属性のカードたちで作った愛用しているデッキ。

 新カードが発売されてから、新しいカードを入れてすでに何回かバトルをしている。


 だけど、思うように戦績が伸びない。

 そのことが私――メリルの中に小さく陰を生み出していた。


(せっかくの公式大会がもうすぐだというのに……)


 多分、焦っているんだと自分でもわかる。

 自分でもわかってしまうくらいに、焦っている。


 将来の夢でもあるプロのマスター。

 今回の公式大会という場はそこを目指すための足掛かりとして大事な一歩になりうる。

 だからこそ気合も入っていたし、デッキの調整だって怠らなかった。

 けれども、そこに来ての新カードの登場。




 ――それが今までに立てた私のプランを全て狂わせてしまっていた。




「……どうしよう」


 静かに肩を落とす。

 そんな私の中にふと思い浮かんだのはとある二人の顔だった。




 私には、七歳も年の離れた兄がいる。


 いつも優しくて、ニコニコとした笑顔が似合う自慢の兄だ。

 だから私はいつも兄の背中を小さな体で追いかけていた。


 そして――私がマスターになるきっかけをくれた人でもある。


 とはいってもきっかけなんてそこまで特別でも何でもない。

 私が五歳を迎えた誕生日。

 その日に兄が誕生日プレゼントとして水属性のカードで組まれたデッキをプレゼントしてくれた。

 嬉しくなった私は、早速兄とバトルして。

 そこから私のマスターとしての人生が始まった。


 それからしばらく経った頃。

 私の兄がプロのマスターとしてデビューすることが決まった。

 いつも優しい私の兄は、マスターとしても優れていたらしい。

 所属先はセントラルという街にある大企業が設立したグループ。

 初めは嬉しかった。

 「頑張っててよかった」なんて言いながら泣いてるのを見て、泣いてしまうくらいには私も嬉しかった。

 だけど、プロとして羽ばたいて。

 その背中が少しずつ遠くなるのを感じる度に、私は言い様もなく悲しくなった。


 だから私は――『プロのマスターを目指す』。


 そう家族に言って。

 周りが止めるのも聞かずに家を飛び出すようにして武者修行を始めた。


 その先で。

 私は一人のマスターに出会った。




 クロハル・アマミ。


 私の友人でありながらおそらく――いや、私たちの中で一番強いマスター。

 無敗、ではないけれど、私との戦績だけで見れば圧倒的にクロハルが勝ち越している。

 それくらいに私たちの中では実力の抜けているマスターだ。


 さらにはカードに関する知識の量も多い。

 私でも知らないようなカードを知っていたり。

 果てには考え付きもしなかったようなカードの使い方を示してくる時だってある。

 だから私はデッキを調整する時にはいつも彼から意見を貰うようになった。

 そういう風に彼と……彼らと一緒にいるうちに。

 私はクロハルに小さな憧れと――羨望を抱くようになっていて。


(どうしたら……どうしたら私もクロハルみたいに強くなれるのかしら)


 小さな時からマスターとして『キング オブ マスターズ』に触れてきた。

 バトルでは負け知らず……は言い過ぎかも。

 ただ、実力を自負できるくらいには自信があった。

 けれども。

 この街に来て、あと一歩のところまで追い詰めたクロハルに負けて。

 それからはクロハルを追い越してやろうと頑張って。

 でもやっぱり勝てなくて。


 ――あと一歩がどうしても届かない。


 何か私に足りないものがあるのだろうか。

 けど、それが何なのかがわからない。


 そんな私の迷いを映すかのように、私のデッキも納得のいく形に仕上がらない。

 新しいカードを入れてもダメ。

 当然、クロハルからもアドバイスは貰ったけど……それでもダメ。

 何をしてもダメにしか思えない。


 そこで私は一人の時間を取ることにしたのだった。




「空は今日も蒼いわね……」


 大会が近いということもあって、シトラシティの空気にはヒリついた何かが流れている。

 その影響なのか、街中でも公式大会の前哨戦と言わんばかりに小規模な大会があちこちで開かれている。

 おまけに街を歩く人の数も心なしか増えた気もする。

 しかも顔も見覚えのない人ばかり。


(大会の影響はすごいわね)


 おそらく、大体の人がこの街で開かれる公認大会を目的に訪れているのだろう。

 そんなことは私もわかっている。

 ただ。

 こんなに人が多いと落ち着かないというかなんというか。


(どこか人の少ない場所でも探してみようかしら)


 羽根を伸ばすつもりで外に出たのに、出たら逆に息が詰まるようなことになるとは思いもしなかった。

 どうしようかしら。

 そうやって悩んでいた、その時だった。




「やあ、奇遇だね」

「っ! あなたは」




 不意に見慣れた金色の髪がそよぐ風に吹かれてふわりと(なび)く。


(なんでここに!?)


 動揺は一瞬。

 しかめっ面になりかけた顔を堪えて。

 私は、お菓子で頬を膨らませた目の前の少女に口を開く。


「シーラ……!」

「どうも、シーラちゃんです」


 少女――シーラは優しい顔で微笑んだ。




 ☆☆☆





(どうしてこうなっちゃったの……)


 心の中で溜め息もつくし、頭も抱える。

 けれど、そんなことをしたって現実が変わることなんて何もないわけで。


「……あなたは何をしてるのよ」

「ん、見ての通りお菓子を食べてるかな」

「……あっそう」


 さっきまで私だけだったベンチはシーラが座ったことで満員に。

 隣でパクパクとお菓子を食べる姿に若干の羨ましさを覚えながら私はシーラの綺麗な横顔をジッと見つめた。


 私はシーラのことが苦手だ。


 嫌い、という程ではないけれど。

 好き、というにはそこまで気持ちが届かない。

 それはきっと、彼女と初めて出会った時のやり取りが原因で。


(別に悪いヤツじゃない、というのはわかってるのだけど……)


 冗談が苦手で、嫌味や皮肉が好きじゃない私。

 と。

 冗談が好きで、嫌味も皮肉も言うシーラ。

 たまたまそりが合わなかっただけ。


 それでもこうやってちょくちょくと顔を合わせるのは、その真ん中にクロハルがいるからこそ。

 それ以外で私の方から彼女に話しかけることは基本的にない。

 彼女も私のそんな複雑な気持ちがわかるのか、話しかけてくることはあんまりない。

 そのことに。

 私はありがたいと思う気持ちと――申し訳ないと思う気持ちを感じていた。


(どうしたらいいのかしらね……)


 はあ、と小さく溜め息をつく。

 すると。

 お菓子を食べているシーラが急に私の方を見てきた。


「っ!?」


 顔を見ていたことに気付かれたくない。

 その思いでバッと顔を逸らす。

 隣ではカサカサと袋の動く音が止まっていた。


「そういえば気になってたんだけどさ」

「な、何よ」

「最近、何か悩んでることでもあるんじゃないの?」

「そ、れは……」


 す、鋭い……。

 あまり話したこともないような相手から図星を指された私は思わず息を飲んだ。

 違う、と言おうとして開いた口からは何故かその言葉が出てこない。

 そんな私の顔を見たシーラは「どんぴしゃり」と言ってはにかんだ。


「当たりかな」

「…………否定はしないわ」

「そっ」


 別に隠しているつもりはなかった。

 隠す気もなかった。

 だけど。

 そのことを実際に指摘された私は妙な気恥ずかしさに襲われた。


「メリルが悩んでることはクロハルたちも知ってるの?」

「……多分知ってるかもしれないわね。話したことはないけれど」

「そうなんだ」


 隣から聞こえてくる音がパクパクとお菓子の食べる音だけになった。

 居心地の悪い沈黙に少しずつ体がソワソワとし始める。

 シーラには悪いけど、いっそのこと席を外してしまおうか。

 そう思い始めた時のことだった。


「まあ、だったらこれが一番かな」

「これって……っ!」


 お菓子を食べる手を止め、取り出したのは――デッキ。

 それを見た私の目が大きく開かれる。


「何に悩んでるのかまではわからないけど……答えを探すならこれが手っ取り早いと私は思うかな」

「……………………」


 悔しい、けれども。

 彼女の言葉にも一理ある。

 一人でグチグチと悩むくらいならバトルの中で答えを探す方が早いのは確か。

 自分のデッキに自信はない。

 だが、たまには勝ち負けを気にせずにバトルしてみるのも悪くないかもしれない。

 そこまで考えがまとまった私は小さく口を開いた。


「……いいわ。その誘いに乗ってあげる」

「そりゃあ重畳だね。じゃあ行こうか」

「どこか良い場所でも知ってるの?」


 ひょいと飛び上がるように軽々と立ち上がったシーラに声を掛ける。

 私の方を振り向いた彼女は、


「まあね――と言っても君の知ってる場所だけどね」


 悪戯な笑みを浮かべていた。







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