第78話 モーニングコール(呼び出し)
告知された大会のちょうど一ヵ月前。
そして、新パックが発売される前日でもある。
そんな日に俺はマスターズ協会の方から呼び出しを喰らっていた。
「一体なんだろなー」
呼び出しを喰らったのは俺一人。
なのでアルスやメリルとは別行動を取っている。
というか取らざるを得ないというかなんというか。
で。
マスター協会に呼び出された俺なんだけど。
実のところ、要件は不明なのだ。
そう、わからない。
昨日の夜に俺のライセンスに届いたメールに書かれた内容がこちら。
『朝7時頃、マスターズ協会へとお越しください。お待ちしております。』
(いや、簡潔すぎるだろ!?)
もしかしたら詐欺では?
なんて思ったりもしたけど送り主は他でもないマスターズ協会。
アドレスコードってヤツもあるんだけど、それもれっきとしたマスターズ協会シトラシティ支部のものだった。
ソースは夜分遅くに調べてくれたシーラ。
一応、ライセンスカードを使えばそこら辺は調べられるらしいんだけどよくわからないんだよな。
え、説明書はないのかって?
『キンマス』のマスターはテ、テキストを読まないのが普通だから……。
まあでも。
要件がわからなくて怖いけど一応デッキは持って来たので自衛くらいはできる、はず。
そういう不安を隅っこに抱えながら、気付けばマスターズ協会に到着していた。
(あれ、開かないな?)
大きな自動ドアの前に立ったのに反応がない。
試しにセンサーらしきカメラに向かって手をブンブン振っても何も起こらない。
え、どういうことなの?
そう思った俺は改めて自動ドアと向き合って。
「ん?」
ふと目に付いたのは一枚の張り紙。
いや、プレートと言えばいいのかな?
しっかりと固定されたソレは多分、ずっと付けてあるヤツなんだろう。
そこに書かれていたのは――マスターズ協会の『開放時間』だった。
「えーっと、開放時間は朝の8時……うん?」
朝の8時?
でえっと、今の時間が7時の一分前だから……。
…………。
「開放時間前じゃん!?」
おいおいおいおい!
どーいうこったよ。
これじゃあ中に入れないじゃん!
もしかして時間を間違え……てないな、うん。
ちゃんと『7時頃に』って書いてあるわ。
じゃあ一体どうすれば……。
あ、そうだ。
「メール入れとこ」
マスターズ協会のメールに返信する形でいいか。
他の宛先なんて知らないし。
ライセンスカードをタッチして、メニューのホログラムを出す。
そこからメールの項目を選んだ俺はマスターズ協会から来たメールをタッチした。
とりあえず、っと。
「えーっと、『マスターズ協会の前まで来ました。どうすればいいですか?』、と」
間違えないように宛先を確認してからポチっと送信。
これであとは先方から返信が来るのを待てばいいか。
でもどうしよう。
周りには誰もいないし、近くのお店だって準備中。
バトルをしようにも相手がいない。
暇だ。
なんて思った瞬間、ピピピッと俺のライセンスカードが揺れた。
「はっや」
もしや。
そう思ってライセンスカードを出してみれば案の定、一通のメールが入っていた。
早くない?
いや、こっちとしてはありがたいから文句なんてないんですけど。
俺はパパッとライセンスカードを操作してメールを開いた。
「なになに……『横の職員用入り口へお越しください』、か」
要するに裏口からどうぞってことか。
ほほお。
なんかこういうのってワクワクしちゃうな。
少し軽い足取りでマスターズ協会の周りをぐるりと一巡り。
「お、あったあった」
プレートに書かれた文字は『職員専用出入口』。
その扉を見つけた俺は横にあるブザーのようなものをポチッと押す。
すると、すぐにボタンの下にあったスピーカーの部分から声が聞こえた。
『はい。誰でしょうか?』
「あ、クロハル・アマミと言います。昨日、メールがあったので来たんですけど」
『そうでしたか。今開けますので少々お待ちください』
「あっはい」
なんてやり取りもやっちゃって。
しばらくポケーッとアホみたいに棒立ちしていると、急にガチャリと扉が開いた。
おっといけね。
しっかりしなきゃ。
開けてくれたのは、
「あっ」
真っ先に目に付いたのは、これといって変わったところのない普通の黒縁メガネ。
ニッコリと笑って俺を迎えてくれたのは男の人。
だけど、その人は俺にとっては普通の人じゃなくて。
「お待ちしておりましたよ。クロハルさん」
――あの日、俺のライセンス作りで対応してくれた男の人だった。
☆☆☆
俺は迎えに来てくれた男の人――ウェルさんに案内されながらマスターズ協会の中を歩いていた。
ちなみに名前はあの後すぐに教えてくれた。
「お久しぶりですね。クロハルさん」
「あっはい。お久しぶりです」
「いつも変わらずにバトルをしているみたいですね」
「あ、いや、まあ、そう……ですね、はい」
多分だけどマネーハントのことだこれ。
いや、でも俺は知ってるんだぞ!
賭けバトル自体は禁止の『き』の字もない合法だし、合意があれば金銭の賭けもできるって!
だからノーカウントなんだ!
ノーカン!
ノーカン!
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもないですよ?」
「そうですか? 何やら遠くを見ていたような気がしたのですが……」
「気のせいだと思います」
なんで俺の前を歩いてるのに俺の様子をバッチリ見てるんだろう。
ちょっと怖いよこの人。
もしかしてデキる大人ってみんなこんな感じなのだろうか。
でもマネーハントはちょっと許して欲しい。
アルバイトも何もやってないし、こっちの世界じゃ親だっていない。
何が言いたいかというと、自力でお金を稼ぐ手段がないんだよ!
ライセンス作るのに使った住所だって家じゃなくて宿だし。
そんな俺が見出した希望は賭けバトルと余ったカードの売却の二つだけ。
正直、この世界が『キンマス』を中心に回ってなかったらとっくにそこらへんで野垂れ死にしてたと思う。
(……っていうかなんで異世界に飛ばされてまで貧乏に近い生活をさせられてんだ俺)
カード、というかデッキだな。
デッキを拾えたから良かったものの。
それすらなかったら完璧に野垂れ死にしてた自信しかない。
……本当に何がどうしてこんなことになっちゃったんだろうか。
「こちらですね。どうぞ、お入りください」
「失礼します」
案内されたのは何かの一室。
椅子にテーブルに何か資料の入ったようなスライドドアの付いた棚。
広さ的には少人数で会議ができそうなくらいに見える。
恐る恐るその部屋に入った俺はとりあえず手頃な椅子に腰を下ろした。
「飲み物はお茶でも大丈夫ですか?」
「あっはい。大丈夫です」
大好きですよお茶。
ティーバッグにお湯を注いでコポコポコポ。
インスタントなお茶を差し出された俺は遠慮なく口を付けた。
「さて」
俺の対面に座ったウェルさんが眼鏡をクイッと直す。
妙に真面目な雰囲気を感じ取ったので軽く居住まいを整える。
ピシッと背筋を伸ばしたところで、ウェルさんはゆっくりと口を開いた。
「実はクロハルさんにお願いがありまして」
「お願い、ですか?」
「はい」
はて、俺にできるようなお願いとはなんだろう。
バトルくらいしかできることないんですけど。
そう思う俺を余所に「大したことではないのですが」とウェルさんが前置きして。
「単刀直入に言います。クロハルさんには新しいカードを入れたレンタルデッキの試運転をお願いしたいのです」
「……えっ?」
それを聞いた俺は目を丸くした。




