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家族/おかえり

■ 薄明 ■


 朝日を背に受け、二頭の騎竜が薄明の空を、川の流れに沿って翼を広げている。

 

 夏の始まりは竜に跨って風に乗るのに丁度いい季節だ。

 

 錆色の騎竜を繰る人狼は、物憂げな雰囲気で手綱を握る。


「ダン、どうしたの?そんなムスッとして」並走する銀色の騎竜に跨った少女が心配そうに訊ねる。「先生のこと、考えているの?」

「いや」彼は後ろをちらりと見る。遺体を包む布が、太陽の光を受けて白く光っている。「もう過去のことだ」


「じゃあ、なに?」


「そりゃあ、お前……エレナとサラに決まってるだろ。いくら急いでいたとは言え、二人を危険な目に遭わせた上に、催眠から解けたばかりの二人を放っといて来ちまった。あぁ……俺は父親失格だよ」


 彼が大げさに肩を落とし、でかいため息をつくと、ライラはなんだ、と胸を撫で下ろした。


「大丈夫よ。二人はダンが騎士だってこと、ちゃんと分かってる。それに……」


「それに?」


「心配し過ぎなのよ。エレナだって親に頼りきりじゃないわ」


 分かってないわねと首を振る彼女を、ダンは鼻で笑う。


「ふん、子どもが何言ってやがる。あいつはまだまだ……」


「エレナの好きな子も知らないくせに」


「なぁぁっ!!??」その言葉を聞いた瞬間、ダンは目を大きく見開いたかと思えば、驚きで盛大に咳き込んだ。動揺のせいで手が狂い、彼の乗る騎竜は、いきなり空中を旋回した。


後ろに乗っていたピュロスは、短い悲鳴を上げながら体全体で竜の背にしがみつきながら、必死に叫ぶ。「ちょ、ちょっと!私を殺す気なのか!?」


「す、すまん。おい、ライラ、そりゃどういう意味だ!」その叫びに彼は慌てて気を取り戻すと、彼女に向かって声を荒らげる。


「さぁね」


 しかし彼女はダンの質問に答えることはなく、軽く声を立てて笑う。


 その時、タウロスの山から下りてきた温かい風が、彼らの背中を強く押した。竜の翼が風を受け、速度を上げる。


 やがて、水平線へと姿を変えた視界の果て。

 

 朝の日差しでてらてらと輝くその中に、彼らの帰る場所がある。



■ おかえり ■



 朝の王都はとても静か。


 私は、いつものように自室のベッドの上で目が覚めた。


 けれど今日はいつもよりベッドが広く、そして冷たい。


 いや、ちょっと前まではこれが普通で、ライラとベルが一緒に寝ていた今までが窮屈すぎたのだ。

 

 ライラは見た目は物静かだけど寝相が悪いし、ベルはいびきがちょっとうるさい。だから今日はいつもより快適で、寂しい。


 私は部屋を出ると、一階のリビングに下りる。

 

 そこではお母さんがいつものように、何事もなかったかのように、朝ごはんの支度をしていた。

 

 母と娘の二人分。お父さんが帰ってくる前と同じ。

 

 お母さんは私の顔を見ると、「おはよう」と微笑んだ。私も「おはよう」と返す。

 

 いつもより元気がないのは、仕方のないこと。

 

 お母さんは目の下の隈を濃くして「たまにはラクでいいわね」なんて冗談ぽく言っての皿の上にパンを置いた。


 千切って口へ放り込んだいつもと同じパンはいつもより味が無い。スプーンで啜るスープも同じ。

 

 私はつまらなくなって、広くなった部屋を見回す。

 

 お父さんは朝食を食べ終わるとお勝手で紅茶を飲むのが日課。理由は本人にも分からないらしいが、妙に落ち着くんだそう。


 ライラは誰よりも早く起きて、私が起きた時には、いつもリビング本を読んでいる。貸してあげた『ブラン川の歌』を数日で読み終えたと聞いた時は驚いた。あの本、私の掌よりも分厚いのに。


 反対にベルは一番の遅起き。仮に起きても、すぐに日に当たる所にのそのそと移動して、日向ぼっこをしながらもう一度眠る。まるで猫みたいに。竜なのに、変なの。


 けれど今日は誰も居ない。こんなに静かな朝はいつぶりだろう。

 

 それが当たり前だったかつての生活が、こんなにも寂しいものだったなんて。楽しい日々というのは、無くなって初めて気付くものなのか。


「ねぇ、お母さん」


「どうしたの?」


「皆、帰ってくる?」


「当たり前じゃない。だって彼、帰ってくるって約束したんだから。ライラも、ベルも。皆一緒にね」


 お母さんがそう言って力なく微笑んだその時だった。

 

 玄関の鐘がカランカランと鳴る。


 その音を聞いた私はすぐに直感した。帰ってきたんだ。帰ってきたに違いない。

 

 お母さんも私と同じ考えのようだ。私達は目を合わせると、同時に頷いてすぐに席を立つ。

 

 私は逸る気持ちを抑えきれず、駆けるように玄関へ向かうと、急いで扉を開けた。

 

 すると……


『エレナ!』


 小さな影が二つ、同時に私に抱きついてくる。

 

 ライラとベル。急にきたものだから、私は尻もちをついてしまった。


「エレナ!ほら、見て!エレナのくれたペンダント、ちゃんと取り返して来たよ!あとベルも!」


「縺ゅ→縺」縺ヲ縺ェ縺ォ!?縺ゅ→縺」縺ヲ!」


 私は元気に喋る二人の顔を見ると、なぜだか涙が溢れてきて、おもわず二人に抱きつき返す。


 二人が居なかった時間はたった半日もないのに……私は自分で思うよりずっと寂しがり屋なのかもしれない。


 一方、ライラとベルの後ろでは、お父さんがお母さんに抱きつかれていた。お父さんは喜びで耳をピンと立て、いつものように私達に優しい微笑みを向ける。


「エレナ、サラ。ただいま」


 気付けば、いつも通り元気が戻ってきた私は、満面の笑みで頷く。


「うん! 皆、おかえり!」


 今日の王都は雲ひとつ無い晴天、空は青、太陽が東の空で白く燃えている。


 だけどこんなに胸が温かいのは、決して初夏の眩しい日差しの所為だけじゃない。

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