家族/ただいま
■ ただいま ■
夕焼けが空を虹色に染めるころ、南の空に月が薄く現れる。
銀の竜に乗った私は、それを目印に南へと空を駆けている。
今日。波乱に満ちた私の二ヶ月は、ようやく終わりを迎えるのだ……終わりと言うには語弊があるか。これから私はいつもどおりの生活に戻るだけ。区切りと言った方が適当だ。私だけじゃなく、ダン一家も、ユートも、ルンも、日常に戻っていくだけだ。
この事件の切欠となった白羊は、言わずもがな組織として解散を余儀なくされた。だけど、先生の遺言のおかげかダンとユートの交渉(?)のおかげか、王様は一般信徒に恩赦を与えることが決まったらしい。
ただ、ピュロスという男とその部下だけは、白羊に入信する前、密貿易に手を出していたことが明らかになり、別件で逮捕されていた。ざまーみろ。
また、名目上の指導者であったカロンという女性も、恩赦とは言え、重要人物として国の監視下に置かれることになった。その監視役に選ばれたのは、まさかのルンだった。
ルンはやたらとカロンの特異な身体に興味を持っていたので、彼女にとっては幸運だったかも知れない(カロンには気の毒だが)。ただ、そもそも彼女に監視役が務まるのだろうか、と私は小首を傾げた。
それと、事件の後、ユートに部下ができたらしい。花火の日に私達を襲ったミメイという女性だそうだ。頭の天辺に黄色い獣の耳が生えていて、ダンの耳に負けず劣らずモフモフしているが、彼女のそれはどっちかというとカッコいい系だ。ルンは彼女にもやけに興味を抱いていて、もしかしたら今回の事件で一番得をしたのは彼女かも知れない。
親衛隊と白羊については、私が知りうる限りではこのくらい。ダンは面倒くさい法律がどうのこうの、頑固ジジィがどうのこうのと愚痴を言っているが、まだまだ子どもの私には関係ない話だ。
そう言えば、あれだけ帰らないでと泣いていたエレナは、新年を迎えてから、私が帰路につく今日の日まで、全く泣くことは無かった。むしろ、私がカラケシュの騎士団駐屯地から飛び立つ時は、それまでで一番愛おしい笑顔で見送ってくれた。私の人生で、無二の親友。家に帰ったら、早速彼女に手紙を書こうと思う。勿論、サラにも。
エレナが無二の親友だとすれば、サラは第二の母のようなものだ。慣れない都市での生活の中で、礼儀、身だしなみに限らず、商人との交渉術、夫の扱い方など、彼女から教えてもらったことは数多い。
洗練された都市での二ヶ月は、驚きと楽しさに満ちた生活だった。憧れの学校にも通え、私は本当に幸運だ。そして、それらは全部、今日と同じ、大きな月の日、砂漠の真ん中で、ダンが私を助けてくれたおかげだ。
「ねぇ、ダン」
「どうした?」
「ありがとう。この二ヶ月、楽しかったわ」
「そうだな。俺も……そうだな、楽しかったぞ。賑やかで」
少し驚いたように眉を上げ、笑みを零す彼は、初めて会った時と同じ様に、狼の姿を隠すための包帯を頭に巻いている。私は何度も包帯を解けばいいのにと言ったが、最後まで彼がそれを受け入れることはなかった。
「私を送り届けたら、ダンはすぐに家へ帰るの?」
「いや、その前にアスラ王のところへ寄っていく。なんでも、『世に語り継がれる』竜人を一目みたいとご所望だ」そう言ってダンが竜となったベルの首を撫ぜると、彼はキュウと低く小さく鳴いた。
とても面倒くさいらしく、早くエレナとサラがいる家に帰りたいそうだ。その事をダンに伝えると、彼は「ま、今回はすぐに帰れるさ」と軽く笑った。
さて、そんな事を言っている内に日は暮れ、私はいよいよ故郷の村へと到着した。
開けた空き地にベルを着陸させた時には、山間の村はもう真っ暗。月明かりだけが仄かに私達を照らしている。
「道、分かるか?」ダンがそんな事を聞くので、私は鼻で笑ってやった。「当たり前でしょ。こんな所、自分の家も同然よ」
そう言って私達は少し歩くと、低い壁に囲まれた一軒の平屋の前で足を止める。だだっ広い庭に大きな蔵、物置、そして小さな厩舎。久しぶりに帰ってきた我が家だ。
たった二ヶ月だというのに、もう懐かしいという感情が沸いてくる。窓から明かりが漏れているということは、まだ家族は起きているようだ。
家に近づくにつれ、私は早く家族に会いたいという気持ちが抑えきれなくなって、隣を歩く二人を置いて駆け出した。ああ、なぜだか涙もポロポロと流れてくる。こんなこと、今まで無かったのに。
玄関扉に付けられた鈴を鳴らす。
数十秒の後、扉の向こうから人の足音が聞こえてくる。お父さんとお母さんだ。間違いない。
鍵を開ける音。
私は潤んだ瞳を拭うと、驚きで口をあんぐりと開ける二人に、溌剌とした笑みを向ける。
「ただいま!」
──"(竜×少女×人狼の騎士/異世界)+(暗躍×復讐)" おわり




