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人×竜/脱出



「満足そうな顔して眠ってやがる」ダンは床に横たわるルシスの死体を見下ろして、悔しさのあまり舌打ちをする。


「『出会えてよかった』……か。最期まで自分勝手な奴だ。俺は別れの言葉を言ってないってんのによ」


 ダン達は、ベルに起こされた後、カロンとベルから事の顛末を聞いた。


 皆、その呆気なさにただ立ち尽くすことしか出来ないでいた。


「反乱の首謀者が死んで、脅威も去った。俺達の任務は図らずも達成したって訳か……だが、後味が悪いな」


 ダンは無意識に懐に手を入れてタバコを探るが、切れていたことに気が付き顔をしかめると、横からユートが一本、彼にタバコを差し出して、鼻で笑った。どうやら彼も思うところがあるようで、顔がひきつっている。

 

「後味のいい戦いなんてあるわけねぇだろ。俺達はやることをやっただけだ、騎士としてな」


 そういうと、彼はルシスの横に膝をつくカロンに言った。


「さて、俺達は報告のために、これから王都にとんぼ返りする必要があるんだが、勿論、アンタにも来てもらおうか」


「ええ。分かっていますわ」彼女は、ユートの言葉に素直に従った。反乱組織の幹部である彼女は、これから自分の身に与えられる試練を既に覚悟していた。


「それで私はどうなるのかしら、やはり死罪か、追放刑かしら?」


 しかし、手を震わせながら気丈に微笑む彼女に対し、ダンは紫煙をふかしながら口を開いた。


「いや。そんなことにはならない」


「えっ?」唖然とする彼女を余所に、ダンはしゃがんで、横たわるルシスの肩を叩く。


「ルシスが遺していった言葉だよ。ベルから聞いた。『白羊の信者は僕が集団催眠で操っていた。彼らは無実だ』ってな。まぁ、何かしら罪科はあるだろうが。そんな重いモンにはならない」


「そんなこと……、私は、私達は自分の意志で……!」彼女は納得できずにダンの身体に掴みかかる。だが、所詮は騎士と一般人。簡単に手を取られ、動きを止められる。


「それ以上は言ってやるなよ。アイツは確かに許されない事をしたが、俺の親友だ。最期の言葉くらい信じさせてくれ」


 カロンはがくりとうなだれて、彼の上に倒れ込むと、やがてすするように泣いた。


 ダンは彼女の姿を見て、ある物語の一節が頭をよぎった。『神は使命に犠牲を求める』──ルシスの好きな『ブラン川の歌』だ。そして、もう一度彼に舌打ちをする。歌劇を人生に擬えるなど、クソくらえだ。

 

「悲劇の主人公なんて、似合わねぇんだよ」


 全てが終わったというのに、達成感や喜びはなく。あるのは脱力感と悲壮だけ。騎士として生きてきて何年経つだろうか。このような経験はいくつも味わってきたが未だに慣れない。


 そういう時、空いた心はタバコの甘い香りで満たすに限る。





■ 脱出 ■


「ねぇ、ダン」


 神妙な空気に包まれる中、ふと、ライラがダンの手を引いた。


「どうした?」


「ベルが早くここを出たほうがいいって」ライラは少し慌てた様子で後ろに居るベルの言葉を代弁する。


「なんだいきなり」


「あ、いや。ベルがね……」


 彼女が口をもごつかせていると、ダンの耳が小さな音を捕らえた。

 

 これは……壁が軋む音だ。


「あのぉ」


 何か嫌な予感しかしない。

 

 彼がその違和感の主を探す為に首を振った直後!


 ドォォン!!

 

 轟音とともに玉座の後ろの壁が壊れ、大量の水が彼らの居る地下空間に流れ込んできた!


「ど、どういうことだ!?ライラ!」


「ブラン川の氾濫を止めるために、ベルが水の流れを変えたって話をしたでしょう?」


「その話は聞いたが!なんでここに流れてくるんだ!」


「ここは元々沈む空間なんですって。水の流れを変えても、どうしてもこの遺跡は水没するルートらしいわ」


「そういうことは早く言えよ!」


「感傷に浸る時間も大事かなって」


「全員水に沈むぞ!」


 焦りから声を荒らげるダン。彼以外の全員も、徐々にせり上がって来る水位には成すすべも無く、ただ壁からなるべく離れるように移動することしか出来ない。

 

 だが、その中で妙にライラとベルは落ち着いていた。何か策が有るという顔をしている。


「でも、大丈夫。ベルが皆を運んでくれるって」


 彼女の提案に、ダンは一瞬だけ納得した。

 

 確かに、竜の姿になれるベルであれば、ルシスが開けた天井の大穴を通って、この地下遺跡から脱出できるだろう。

 

 だが……「ベル。お前、何人まで乗せられるんだ?」


 ライラとベルは、キョトンとした顔で顔を合わせる。


「莠御ココ」「二人。後、私は軽いから数には入らないわ」


「ここには何人居る?」


「えぇと……」ダンの言葉に、ライラは一人ずつ指をさして確認していく。ダン、ユート、ミメイ、そして、カロンとルシス。「ベルと先生を抜いて……五人ね」


 彼女は何故か胸を張るが、すぐにユートからの訂正が入った。


「ちょっと待ってくれ。ルシスの死体は持って帰る。討った証拠が必要だ」


「じゃあ六人」


「間に合うわけねぇだろうが!」誇らしげな顔をする彼女に、ダンはまた口を荒らげる。「もう腰辺りまで水来てるんだぞ!」


「が、頑張ればなんとか」彼女はそう言うが、この速度で上昇する水位を考えると、ベル一人で地上と地下を最低三往復することなど、実質不可能だ。


「ルシスは首だけじゃあかんのかえ?」


「駄目に決まってますわ!」


「女性は軽いので、ベル君でも三人くらい運べますよね?」


「ルン!俺とダンに死ねっつってんのか!?」


「ライラ!せめてお前だけでも助かるんだ!」


「そんな、嫌よ!空は飛べないの?」


「んな力残ってねぇよ!」


 皆、口ぐちに声を上げる。だが、そうこうしている間にも、水位はダンの胸の辺りまで上がり、背の低いライラよベルは完全に浮いた状態になってしまった。


 最早これまでか……全員が顔を見合わせ、死を意識したその時だった。


 天井に空いた大穴から、ゴウゴウと空気を力強く押す音が近づいてくる。


 音のする方を一同が見上げると、錆色と鈍色の二頭の竜が、勢いよく滑空してくる。山の中腹で待っていた騎竜は、主人の異変に素早く気づき全速力で駆けつけたのだ。


「ラスト!」「来てくれたのね!」嬉しさのあまり、ラストの首に抱きつくダンとライラ。だが彼女は早く乗れと言っているのか、そっけなくキィとだけ短く鳴いた。


 天井がどんどん近づいていく。彼らは急いで騎乗の準備を終えると、ダンとルシスはラストに、ユートとミメイは鈍色の竜に、そして、カロンとルン、そしてライラは、変身したベルに乗った。


「ダン、俺とミメイは先に行く!上にいる信者の後始末をせにゃならんからな!」


「わかった!ルン、お前は大丈夫か!?」


 いち早く準備を終えたユートは、すぐに飛行体制を整えるとダンに向かって叫ぶと、そのまま一足先に飛び立った。つづいて、ダンは騎乗経験のないルンに声をかける。


「え、えぇ。なんとか……ベル君。落とさないでくださいね?」彼女は手綱を握る手を震わせながら何度も首を縦に振る。この中で一番ベルと長く過ごしてきた彼女なら問題はないと踏んでいるが、彼女の怯えようを見ると少し心配になったダンは、自らが最後尾になることにした。


 そうして、ダン達もいよいよ準備が整い、この遺跡を脱出する時が来た。


「よし!皆、準備は出来たな!?」


「ま、待ってくれぇッ!」


 ダンが掛け声をかけたその時だった。遠くの方から、バシャバシャと音を立てて、勢いよく泳いでくる人の影……それは、ライラに殴られ、今の今まで気絶していた卑劣漢、ピュロスだった。

 

「私を置いていかないでくれ!こんなところで死にたくはない!」


「……誰だ?」彼を見て、ダンはキョトンとした顔でライラを見る。この二人、顔を合わせるのはここが初めてであった。


「さぁ。残念だけど定員オーバーよ。ここはお墓らしいし、丁度いいじゃない」


「そ、そんな酷いことを言わないでくれ!」


 ライラが素知らぬ顔で肩を竦めると、ピュロスはかぼちゃの様に腫れた顔を何度も垂れて命乞いをするが、彼女は全く相手にしない。見かねたダンは、その見知らぬ男を自分の竜に乗せてやることにした。ライラと因縁があるというが、ここで見殺しにするのも後味が悪い。


「ありがとう!狼の人!この恩は百倍にして返そう!」


「要らん。話は後で聞く。ラスト、男三人くらい余裕だよな?」


 ダンがラストの首の鱗を撫でると、彼女は力が抜けたようにフンと鼻を鳴らす。

 

 するとライラは「『ちょっとキツイ』って」とくすくす笑った。


 ダンはため息をつくと、「分かった分かった」と肩を落とす。


「また『フィレ肉』か?……しょうがない奴だ。おい、お前……ピュロスと言ったな」


「ああ……なんだ?」


「恩返しは俺じゃなくて、コイツにしてやれ」そう言うと、ダンはラストの頭をポンと叩いた。


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