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人間×人間


 ありえない。自分が用いたのは、単純な呼びかけで解けるほど弱い催眠ではないぞ?

 

 ルシスは自由になったベルの姿を見て呆然と立ち尽くした。


 ガンガンと痛みが響く頭の中、様々な考えが浮かんでは消える。

 

 ルンとかいう魔導士があの短時間で催眠を解いたのか?

 

 ミメイは元々裏切るつもりで、僕の魔法に何か細工をしたのか?

 

 ライラの声が奇跡を引き起こした?それとも隠された竜人の能力?

 

 いいや、どれもゼロとは言い切れないが可能性は極めて低い。

 

 それに、どういう理屈であれ、ベルは今、催眠を解いて僕の目の前に立っている。

 

 口の中に広がる鉄の味を吐き出す。

 

 その事実だけでいい。原因を探している時間なんて、もう無くなってしまった。



「先生の話も、ちゃんと聞いていたよ。ほら、先生と僕は魔法で繋がっていたから」


 ベルは彼の瞳をじっと見つめ、悲しい顔をする。


「先生、死んじゃうの?」


 少年の言葉に、彼はカロンの隣にフラフラとへたり込んだ。

 

「僕の中に先生の感情が流れ込んできたんだ。最初から、先生は死ぬつもりだった」


 そうか、彼はカロンと同じ竜人。彼らは人の感情や思考を読み取る力を先天的に持っているのだろう。


「なんだ、そんなことまで君等には筒抜けだったのか」


 彼は筋肉が裂ける痛みで顔を引きつらせながら笑う。


 ベルの言う通り、彼はこの大願成就の日に死ぬ覚悟だった。化成の呪い・屍操の呪い・催眠魔法、etc……どれもこれも精神と体力を酷く消耗する、強力な魔法だ。決して人間一匹で到底補えるものではなく、並行して使おうものなら、必ず後で自分の身に跳ね返ってくる。

 

 それでも、ピュロスに仕入れて貰った薬のおかげで数十時間は動ける計算だったのだが、地面に叩きつけられ、竜の骸に押し潰されたことで、身体の方にガタが来てしまった。


 しかし、それでもルシスはまだ己の使命に対して絶望していなかった。


「だが、肉体が意識を手放そうと、僕の意志は残り続ける。大波となって王国を押し流す」


 勝ち誇るように口を歪める。まだ計画は破綻していない。大洪水で全てを破壊するという神の所業のような計画は、流れを止めてはいない。目を閉じて、水が地下を勢いよく流れる轟音を……感じようと思った所で、彼は眉をひそめた。


 先程までこの地下空間を揺らしていた水の音が、全く聞こえないのだ。


「水は止めたよ。先生が言ったでしょう?『竜人には水の流れを操る力がある』って」


 悲しそうに涙を流すベルの前で、ルシスの顔が真っ青になる。

 

「それは、古文書に記載されていたそれは、彼らの治水技術を表すものであって、そんな魔法は、どこにも……」


 そこまで言って、彼は自分で気がついて肩を落とした。そうか、『水の流れを操る力』とは失われた魔法のことだったのか。

 

 竜人の国を滅ぼした人間の王は、彼らの書物を徹底的に焚いた。

 

 世界中、どの地域でも王朝が交代する時には必ず焚書をする。全王朝の技術と知識の継承を妨げ、彼らの意志を継ぐ者が現れないようにする為に。


 『水の流れを操る力』……天災をも操るその強大な力を恐れた人間は、その存在を初めから無かったことにしたのだ。


 か細い望みの糸が絶たれた彼は、目眩とともに地面に体を預け、仰向けになって天井を見上げた。


 ベルが心配そうに彼の顔を覗き込む。

 

「先生、ごめんなさい。僕は回復の魔法が使えないんだ」


「心配要らないさ……疲れたから眠るだけだ。君が眠っていた時間より、少しだけ永いかもしれないけれど」


「先生。先生は、本当に自分の為だけに、こんなに酷いことをしたわけじゃ無いんでしょう?」


 ベルがそんなことを言ったので、ルシスは自分を嘲り鼻を鳴らした。僕の感情が少しでも分かるのならば、その疑問にはすぐに行き着くだろう。


「最初はただ、好きな女の子を劇場に連れて行ってあげたかっただけさ」ルシスは、目を閉じて眠るカロンを一瞥する。「結局、全部叶えられなかった」


「彼女を起こしてあげなくていいの?」


「彼女が悲しむだろう。それよりも、君はダン達を起こしてあげてほうがいい。魔法は解けているが、早く意識を戻さないと、死んでしまうかもしれない。さぁ、行くんだ」


 ベルは少し躊躇った。だが、ライラ達の身が危ないとなれば、そちらが優先だ。

 

「……分かった。それじゃあね。先生」


「あぁ、そうだ、ベル。最期に、皆に伝えておいてくれるかい?」


 涙を振り払って踵を返すベル。だが、ルシスは少しだけ彼を止めて、耳打ちをする。ベルはこくりと頷くと、今度こそ玉座に向かって駆け出した。

 

 彼を見送ってルシスは全身を脱力する。いよいよ身体が痺れて動かなくなってきた。痛みも殆ど感じない。




「カロン」


 彼は顔を横に向けると、隣に横たわるカロンの頬に手を触れ、力なく彼女の名前を呼んだ。


 すると、彼女がいきなり目をパッチリと開いて、その瞳を見つめ返してきたので、彼は驚いて眉を上げる。


「嘘つき。私を置いて先に逝ってしまうなんて、本当に、貴方は狡い人ですわ」目を細めて彼女は少し頬を膨らませる。


「ふふ……『右手で剣を握り、左手で愛する者を抱くならば、汝は三つを失うだろう』。君の好きな物語の、その通りになった。ただ、それだけだよ」


「……ねぇ、ルシス」力なく笑う彼に、ため息をつくカロン。


「なんだい?」


「ありがとう。私、ずっと貴方の側に居られて楽しかったわ」


「……すまない」


「ダメですわ。最期くらい、明るい言葉で……作り笑いは得意でしょう?」


 カロンは、申し訳無さそうに謝る彼の口を指で押すと、目に涙を浮かべながら笑う。

 

 そうだね、と彼はその涙を拭うと、優しく微笑む。

 

「僕も、君と出会えて本当に良かった。ありがとう」


 その言葉を最期にゆっくりと目を瞑ったルシスは、二度と光を見ることは無かった。


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