少女×嘘つき/玉座の間
「ベル!ベル、起きて!寝ていないで!もう朝よ!」
「ライラさん!そんな強引にしたら、ベル君は催眠にかけられているんです!精神が壊れてしまいます!」
ライラとルンは、ユートに続いて玉座の間に入ると、真っ先にベルの方へと向かった。だが、ベルはどれだけ声をかけても目を覚まさず、その体はどれだけ引っ張っても玉座から離れようとしなかった。
そうこうしているうちに、ダンとユートはルシスの魔法によって動かなくなってしまった。
だから、ライラは焦っていた。この状況を打開できるのはベルしかいないのだと彼女は直感していたのだ。
「でも、ベルが!ベルが起きなきゃ!……ルン、こういう魔法が得意なんでしょう?」
何とかならないの、と無茶をいうライラに対し、ルンは静かに首を横に振った。そして、ユートの指示で彼女たちについてきたミメイが、眉間に皺を寄せて口を開いた。
「無理じゃ、小童にはピュロスの薬と併用して、儂とルシスの魔力を二重に込めておる。頭を叩こうが、耳元で太鼓を鳴らそうが、起きやせんし、魔法を使って解除しようとすれば……」「ベルは、死んでしまうかもね。脳に強いダメージを受けて」
彼女が言い終わる前に口を挟んだのはルシスだ。彼はダンを圧倒すると、憂いを絶つ為に彼女たちへ矛先をむけたのだ。
彼は、自分の前に相対するかつての仲間に気が付くと、不思議そうな顔をして訊ねた。
「おや、ミメイ。君はそちらについたのか?」
「すまんのうルシス。儂にはお主のいう信念が足りんかったようじゃ」
「残念だよ。自死寸前の君に道を示してあげたのは、白羊だろう?」
「それよりも、ただ誰かに隣にいて欲しかったということじゃ。儂は弱いからの」
ルシスは「まぁ、いいさ」と肩を落とした。
実際、ミメイの役割はとうに終わっており、彼女の裏切りなど、今の彼にとっては取るに足らないことであった。
「それよりも、ミメイは別として、ライラさんとルンさんは、何故『金縛り』にあっていないのだね?」
「『金縛り』……って脳に働きかける催眠の一種ですよね?なら、私には効きませんよ。あと、ライラさんは私が守っていますから」
「ほう。君はずいぶんと意志が強いんだね。王都で会った時は、そのような人間には見えなかったが」
「単純なだけですよ。催眠は精神の糸が絡まっているようなもの。一本の糸が張り詰めているだけなら、縺れることも無いでしょう?」
それより、ベル君の催眠を解いてください。ルンはそう言うが、ルシスは彼女を無視して、ベルの肩を揺らして起こそうと奮闘するライラに声をかけた。
「ライラさん。無駄だ。やめた方がいい。彼の身体が可哀そうだ」
すると、ライラは彼の方を振り向き、眉を吊り上げる。彼女はルシスの話こそ聞いていたが、どうして彼が世界を壊そうとしているのか、理解ができなかった。それは彼女がまだ絶望というモノを味わったことが無い為なのかもしれない。
ライラは訊ねた。
「先生は、そんなに世界が嫌いなの?」
「ああ、嫌いだね」
ルシスは即答した。
「ミメイも、あのピュロスって奴も?仲間でしょう?」
「利用したに過ぎない」
ルシスは少し考えてから答えた。
「ダンや、ユートも?」
ルシスは唾を飲み込んで、微笑みを作ると答えた。
「全て、この計画の為だ」
「隣にいる、女の人も?」
ルシスは……それには答えなかった。
「……君には、申し訳ないことをしたと思っている。君は本来、僕とは何の関係もない」
「なら、さっさと家に帰して欲しいわ」
「君一人だけなら、構わないけどね」
「駄目。ベルもダンもルンも、みんな一緒によ。もちろん、先生も」
「それは出来ない。さぁ、もう問答に付き合っている時間はないから、君達にも眠ってもらうとしよう」
ルンはきょとんとした顔で反論する。
「?催眠は効かないと言ったはずですが、それと、薬だってちゃんと対策してますから」
「いいや。ただ、少しだけ『空気』を奪わせてもらっただけだ」
彼がそう言うと、ライラは急にめまいを覚え、ベルの身体に倒れこんだ。
ミメイとルンも同様に、瞬間的にふらふらと地面にへたり込む。
典型的な酸素欠乏。ただでさえ地下空間で薄くなっていた酸素。
彼の魔法は、彼女たちの周りから酸素を排除し、酸欠状態へと陥れたのだ。
朦朧としながらライラは必死でベルを呼んだ。
(ベル……ッ!起きてッ!もう、貴方しかいないの……ッ!ベル、繝吶Ν……ッ!)
やがて彼女の意識は、暗闇へと落ちていった。
──
ゆらゆらと揺蕩うしゃぼんの中で、孤独の暗闇に包まれて眠っている。
かつて地下室で眠っていた時と同じ。
ただ一つ異なるのは、あの時は、お母さんの腕の中のように温かかったけど、今は、夜の砂漠に一人でいるような寂しさと寒さ。
凍えそうだ。寒いよ。この闇はいつまで続くの……?
その時だった。
遠くから音がして、しゃぼんが割れ、僕は暗闇の中に放り出された。
何だろう?この音は…………僕を呼んでいるような?
でも、どうして、僕は、それが僕を呼ぶ音だと分かったのだろう?
僕は名前を失ってしまったはずなのに…………あぁ、いや、そうだ。思い出した。
彼女が名前をくれたんだ。名前のない僕に、とても温かい名前を。
僕は鐘の鳴る方へ暗闇を泳いだ。
そうして僕は、はるか闇の先に小さな、ほんの小さな光を見つけた。
「ライラ、待ってて。すぐに行くよ」




