騎士×女騎士/未明
■46. 未明 ■
弾かれた刀が、風車のように回転しながら宙に舞う。
哀れ、一匹のか弱き女狐は爪と牙を抜かれたも同然。
悪辣な騎士により、薄白の羽衣は切り裂かれ、艷白の肌は傷つけられ、最早虫の息。
そして、彼は握る剣の切っ先を、儂の胸に突き立て──
「我が命もここまでか……およよ」
「なにバカなこと言ってんだ。服はヒラヒラしてる所が切れただけだし、肌はお前が受け身に失敗しただけじゃねぇか。講義中ったろ、集中しろ」
「なぁにが講義じゃ馬鹿者。身勝手に始めたうえ、バカスカ魔法を撃ちおって」
「身のこなしは中々だったが……防御が甘いな」
ユートが彼女の動きを教師のように評すると、ミメイをがっくりと落として鼻を鳴らした。
「ふん……まぁ、もういい。お主の勝ちじゃ。殺せ」
「はぁ?」
「ルシスの望みを本当に止めるつもりなら、今ここで儂をここで殺せ。その方が儂も楽じゃ」
「……お前、なんで騎士が嫌いなんだ?」
頭に生やした耳を垂れ下げ、全てを諦めたような微笑みでそういう彼女に、いつになく神妙な顔でユートは訊ねた。
「『呪い』じゃ。数年前、儂は遠征の最中に呪いをかけられての、丁度、あの狼面と同じ様に……この姿になってから儂の居た騎士団の奴らは、儂を疎むようになった。それまで同じ釜の飯を食ってきた連中が、露骨に儂を避け、侮辱し、陰湿な嫌がらせも受けた」
「何故だ?」ユートは彼女の告白に目を細めた。それは、彼が副団長を勤めていた時代のカラケシュの騎士団ではありえない事だったからだ。騎士団とは、国を守る使命で結ばれた強固な組織であり、出自や見た目など、それに関わりのない所での諍いは一切禁止されていた。
だが、彼女は記憶を唾棄するように声を荒らげた。
「あんな奴らの頭の中など知りとうないわ!じゃがな、儂は分かっとる!嫉妬じゃ!儂は呪いにかかるまで、騎士団の内で一番成績が良かったからのう!じゃが、それまで儂の側に金魚の糞のように引っ付いていた奴らは、儂がこの姿になると一転……『バケモノ』と儂を嘲り、侮蔑の目を向けよる!……儂はそれが悔しゅうて悔しゅうて!」
涙を流しながら喚く彼女を前に、ユートは、彼女の震える手脚を見て顔を顰める。
「だが、味方は居なかったのか?上官はどうした?」
「そんなモンはおりゃあせん。上官も、内心で女の儂が戦果を上げていたことが気に食わんかったようでの……意見を言おうものなら、懲戒処分じゃと、顔色一つ変えずに吐き捨てよった!」彼女は怒りに打ち震えながら、涙を拭う。「そんなもの……ッ!こっちから辞めてやったわッ!はっはっはッ!国を守ると言いながら、人間を簡単に切り捨てる、あの掃き溜めのような場所なんての!」
ミメイは全てを受け入れるかように腕を広げ、懇願するようにユートに叫んだ。
「さぁ、殺せ!儂は今まで、騎士団への復讐の為に生きて来た!お主との戦いに負けた今、儂に生きる意味など無い!」
「……あ~。そうだな。言いたいことは、まぁ、色々あるがな……とりあえず。俺はお前を殺さねぇ」彼女の決死の思いを聞き、ユートは頭を掻きながら返答した。
「はぁッ!?何故じゃ!?」
「なんども言わせんな。今は『講義中』だ」
そう言ってユートが鞘に納めようと、ミメイの胸から剣を下ろした時だ。
「馬鹿にするなッ!」
彼女は剣身を握りしめると、その切っ先で自身の首を掻き切ろうとしたのだ。
「ッ!?止めろッ!」
ユートは慌てて彼女の自害を止める為、彼女の手から剣を引き抜くと、羽衣に勢いよく鮮血が飛び散る。
「自害なんて、何を考えてやがる!」
「主と戦っている間、ほんの少しだけ昔を思い出した」彼女は手からボトボトと滴る血をそのままに、糸が切れたようにうなだれる。「騎士として使命に燃えていた、人間だった頃。じゃが、そんなモノはもう帰ってこない。ルシスが言っておった。儂らは未来を見なければいけないのじゃ……あぁ、ダメじゃ。見えん。何も見えん」
彼女は血に塗れた掌で顔を覆い、暗い、暗いと呟く。騎士であるユートに負けたことが切欠で、酷く精神が錯乱しているようだ。
だがユートは、そんな彼女の腕を掴むと、強引に彼女を立ち上がらせた。
驚いて手を振りほどこうとするミメイ。しかし、ユートは決して手を放さず、彼女の手の傷に魔法をかける。じわじわと塞がっていく傷口を見ながら、「何をするんじゃ!?」と訊ねた。
「うるせぇ。俺は回復系の魔法は苦手なんだ。こうやって触れねぇと治せねぇ。あと、俺は専門家じゃねぇから、後でルンに治療してもらえ」
「はぁッ!?何を言っているんじゃお主は!?何故敵を……」
「お前、騎士に戻れ。俺の下で、一から鍛え直してやる」
「……ッ!!」
絶句する彼女を余所に、彼は続ける。「俺はルシスみたいに、お前に明るい未来を見せてやることなんてできん。だから引っ張ってやるよ。何も見えなくても、それなら歩けるだろ?」
まぁ、その先が明るいとは限らんがな。そう笑う彼を呆然と眺めるミメイの瞳が潤む。流れ出る涙など構いもせず、彼女はそのままユートの胸に寄りかかって嗚咽する。
「ったく。俺の周りはこんなのばっかりだな」
ユートは困惑気味に笑むと、ダンの方をちらりと見た。




