少女×火/結界②
「良い夢は見られたかな?お嬢さん方」
ピュロスの言葉で気を取り戻したライラは、視界に映る現状に唾を飲み込んだ。
思いっきり顔面に真珠を投げつけて、倒したはずのピュロスが、なぜか悠長に椅子になど腰を下ろし、綺麗に整えた髭などを暇そうに弄んでいるのだ。それに、燭台も倒れていないし、結界だって張られたままだ。
まるで、時が戻ったかのように。
そうして、ルンの方に目をやると、さっきまで自分と手を繋いでいた彼女は肩をだらしなく垂れ下げて、眠たそうに棒立ちの状態で目を微睡ませている。かという自分も、同じ様に眠い。
彼女は重たい瞼を必死に持ち上げながらピュロスに訊ねた。
「どういうこと?、だってアンタ今、血を吹いて倒れた……」
「言ったではないか。夢だよ。君たちは白昼夢を見ていたのだ。ライラ君の言葉から察するに、私を倒す夢でも見たのかな?ほんの数十秒だけ……ルン君が間抜け面で、私の気を逸らそうとした辺りか」
彼のその言葉に反論したのはルンだ。
「そんなはずはッ!私には幻覚なんて……」
「ええ。知っているとも。君に催眠の類いが効かないことくらい……これは魔法ではない」
ピュロスはそう言うと、懐から小瓶を取り出して、二人に見せた。
「薬だよ。このキャンドルは確かにルシス様の儀式の終わりを告げるものだが、それだけではないのだ。結界の中に充満する匂いに気づいているかね? ケシ科の果実から取れる樹液眠気を誘発する効果がある」
ルンはその言葉を聞いて察した。ピュロスが自分たちをわざわざ結界の中に閉じ込めたのは、嗅覚に作用する薬の効力を高めるため……ッ!それに、ケシは医者が使うような強力な睡眠薬。道理で先程から眠気が酷いわけだ。
「しかし、なんで、アナタは……平気なのですか?」
「何十年も吸い続けたら耐性だってできるだろう?この程度じゃ効かんよ」
脚を抓り、必死に眠気に耐えながら問う彼女に対し、ピュロスは深呼吸をすると、据えた目で答える。
その時だった。
ガラスが粉砕されたような音と共に、ミメイが結界をぶち破り、ピュロスの座る椅子にぶち当たったのだ!
当然、椅子は倒れ、座っていたピュロスも床に投げ出された。腰を強く打った彼は何が起きたか分からずに狼狽する。
「なななななんだミメイいきなりッ!」
「うるさいッ!文句はあの騎士じゃッ!」
ミメイが手にした切っ先で示す先を追う。そこに居たのは屈強な体躯を持った金髪の騎士。ピュロスは、腕の太さが自分の太ももと同じくらいある彼を見て絶句。
一方のユートはロングソードを肩に担ぎ、「だから、この結界が部屋の真ん中で邪魔だったんだよ。講義中だぞ」と怠そうに言い返すと、結界から漏れ出した匂いと、平常では無さそうなルンとライラに気づいた。
「ん?こりゃケシか。懐かしい香りだな……ライラ!ルン!寝ちまってんのか!?」
「寝て……ない、です」
「眠そうだな!いいか、一つアドバイスをやる!『騎士は心』だ!逆に考えろ!」
それだけ言ってユートは再びミメイとの戦いに戻っていく。
「なん、のアドバイ……ス?ですか……」
彼女はそう突っ込みつつ、重たい頭の中で思考を走らせる。
逆に考える……であれば、敵に催眠が効かないのなら、催眠の効く人に掛ければよいのでは?
今居る中で、一番催眠にかかりやすい人物……それは……。
ルンはライラに目配せをすると、彼女はすでに決意をしているようで、頷いた。
一方、ピュロスは彼女たちから注意を逸らし、嵐のように過ぎ去る二人を横目で見ながら舌打ちをした。
「ふん……野蛮な騎士め……」
彼が椅子に手を置いて立ち上がろうと力を入れたその時!
ドゴォッ!
急にピュロス前に現れたライラの右ストレートが右頬に炸裂ッ!衝撃で彼は椅子ごと吹っ飛んだ!
「ごホぉ゛ッ!」彼は血や唾を飛ばして声を荒らげる。「一体、な、何がッ!?」
「微睡みは催眠魔法をかけるのに最適な状態です……だから、今はライラさんの脳を無理やり覚醒状態にさせて貰いました」
「な……そんなことをすればッ!」
「問題ありません。アナタが無事ライラさんに倒された後、私が時間をかけて適切な処置を行いますから」
彼の無様な姿を見てルンはしたり顔で笑うと、やり遂げたように眠りに落ちた。
「そんな滅茶苦茶な!そ、それに、こんな少女の何処にこんな力がッ!?まさか、これも催眠……ッ!?」
混乱しながら体勢を整えようとするピュロス。
だが、ライラはそんな彼の腹の上にドカッと荒々しく腰を下ろした。
「何言ってるの?アンタも知ってるじゃない。私は農家の娘……普段からどれだけの重労働をしていると思っているの?」
半分催眠状態で、ハイライトの消えた目で微笑む少女に、底知れない恐怖を感じたピュロスの顔面から、汗が滝のように流れ出る。
「ま、まて……話せばわかる。だろう?君は動物の声が聞こえるんだ。なぁ?」
「ええ。だから、さっきのパンチはキックスの分よ。逃げてる最中、アンタに恨みいっぱいだったから」
「へッ?」
そう言うと、ライラはもう一度、ピュロスの頬を打った。
「そして今のは、殴りたくても殴れないルンの分よ」
「ちょ……ちょっと、ぐぷッ!!」
だが、彼女はピュロスの制止などお構いなしに、何度も彼の顔面を殴打する。
「これは、プレゼントを汚されたエレナの分ッ!騙されたお父さんとお母さんの分ッ!あと……ダンの分!」
「すまない!すまない!降参だ!止めてくれ!」
タコ殴りにされて口の中がズタズタになった彼は、息を上げながら懇願する。
しかし、彼女の怒りはまだ収まっていない。
「そしてこれが……」
彼女が右の拳に力を集中させると、段々オーラのようなものを纏っていく!
それは『肉体強化』の魔法。
まだそんな魔法は教わっていない彼女だが、その首に下げられたネックレスが彼女の魔力を引き出したのだ!
ネックレスの魔力と共鳴するように赤く光るライラの瞳を見て、ルシスの全身に悪寒が走る!
アレを喰らったら、怪我じゃ済まされない!
「や、止めろォッ!!」
「私からの『プレゼント』よッ!」
ピュロスの悲痛な叫びも虚しく、ライラの怒りを乗せた渾身の一撃が、今度こそ彼の顔面に突き刺さる!
「ごあ゛ァガ!!」
骨の砕ける鈍い音と共に、ピュロスは激痛に気を失った。
「ふぅ……ありがと……ルン、エレナ」
ライラはじんじんと疼く右手で、そっとペンダントを握った。




