人狼×竜人/王墓
■43.カロン ■
さて、時はほんの少しだけ遡る。
どれほどか、と問われれば、頬をもみくちゃに触る謎の美女にダンが気付いた頃。
「あ……アンタは?何故、俺の名前を知っている?」
「当たり前ですわ。だって貴方はルシスのお友達なんでしょう?」事も無げにそう言ったかと思えば、彼女は「あら、そうでした」と自分のことをダンに伝えていなかった事に気がついて、口に手を当てた。「ごめんなさい。申し遅れましたわね。私はカロン。一応、白羊の教祖……ということになりますわ」
「教、祖?」
先程からの彼女の言動に、ダンは頭に疑問符が浮かぶばかり。手の甲にある鱗や、蛇のような縦長の瞳孔もきがかりだが、彼女とルシスの関係性も気になるところである。そもそも、白羊の教祖はルシスでは無かったのか?
彼のキョトンとした表情を見て、カロンと名乗った女性は意地悪そうな笑顔を浮かべた。
「疑ってますわね。『教祖はルシスじゃないのか?』って」
なんで分かった!?ギクリとしたダンに、彼女は「貴方、わかりやすいもの」と言って息をついた。
「分かりますわ。私もそう思いますもの。でも、ルシスと一緒に白羊を立ち上げた時、彼は『君の方が教祖にふさわしい』って。ふふ……彼ったら小さな時からずっと照れ屋なんだから」
彼女はいま、小さな時と言ったか?であれば、ルシスはこんな美女と幼馴染という奴なのか、あんな「研究一筋です」みたいな顔しておいて……?ダンはここに来て、ルシスとは十年ほどの付き合いとなるのにもかかわらず、自分達の昔話をしたことがないことに気がついた。
よく思い返してみると、ルシス自身からそういった話を聞いたことがない。自分自身の事情もあり、中々過去の話に手が出づらいという面もあるし、男友達の過去など割とどうでもいいのだが、かと言ってそこで「何故話さなかった」と聞けば、彼は「聞かれなかったから」と答えるだろう。彼はそういう狡い男だ。
ルシスの事に思考が寄っていくダンを見て「あら、心ここにあらずって感じですわね」とカロンが言うと、彼はもっと重要なことに気がついた。そう言えば、白羊の連中はここ大広間に居るのに、ルシスとベルの姿がどこにも見当たらないではないか。
「ルシスとベルはどこだ?」
「二人なら、今は遺跡の奥で『儀式』の最中ですわ」
彼女が背後の壁にある、天井まで届く巨大な石の扉を指さしたので、ダンはカロンを振り切ってその扉まで駆け寄った。近くまで来てみると、その扉からは確かに妙な雰囲気が漏れ出している。一体、この奥でどのような儀式が行われているのか、ダンには想像すら出来ないが、嫌な胸騒ぎがする。
だが、ダンが開こうと押しても、扉はびくともしない。引いてみようにも、叩いてみても、自分の腕が痛くなるばかりだ。だが、破壊しようにも、人間一人の力ではこの壁は壊せないという事が入り口を見つけた時点で既に判明している。すると、彼の後ろからカロンがコツコツと音を立てながら寄ってきて、首をゆっくりと振って残念そうに彼に告げる。
「その扉は既に内側から鍵が掛かっている状態。『王』の許しがないと開きませんわ」
「王って言うのは、ルシスのことか?」
ダンが訊ねると、彼女はまたも首を振る。今までのルシスの言動を考えると、彼は神か王にでもなるつもりではないかとダンはと考えていた。
「いいえ。王とは、『竜人の王国』の主。つまり……たしか、ベルと言いましたか?」
ああ、本当に、次から次に新しい情報ばかりよこしやがる。ダンは辟易しながら彼女に「『竜人の王国』? ベルがその主? アンタは何を言っているんだ?」問いかえす。
すると、彼女はくすくすと笑いながら、ダンの目をじっと見たかと思えば「いいですわ。一つずつお話しましょう……貴方は、ここが何なのか、知っておいでで?」と言って腕を広げ、大広間全体を指し示した。知らん、と彼がぶっきらぼうに答えると、彼女はならばお教えいたしましょう、と微笑んだ。
「この遺跡は、かつてブラン川流域に栄えていた古代マナ王国、即ち『竜人の王国』の王墓。彼らは、ブラン川の水源であるタウロス山を霊峰として讃え、そこに王の墓を建てたのですわ。時代が移り、人間がマナ王国を支配するようになると、山中に建てられた殿は破壊されてしまいましたが、地下に眠る真の墓廟は気づかれず、今もこうして残っておりますの……貴方も感じたことでしょう?この遺跡が示す技術力の高さを。『竜人の王国』とは、今の人間が支配するマナ王国と比べても、非常に高度な文化を持った王国でしたの」
彼女はまるで学者のようにペラペラと歴史を語る。つまり、ここは高い技術力を持った竜人の国の王墓ですと言いたいのだろう。だが、確かにこれまで通ってきた通路や広間の装飾や材質などは王都の王宮と遜色ない出来であるし、王墓が建立され何百年たった今でもその内装が全く劣化していないと言う点でも、その技術力の高さは伺える。彼が一人で彼女の言に納得していると、カロンは間髪をいれずにまたしても新しい情報をダンに齎した。
「そして、ベルはその竜人の王の子孫に当たりますわ」
はぁ?アイツが?そんな訳あるか、とダンは口を開きかけ、そして、国王の言葉を思い出して再びその口を噤んだ。ああ、彼は確かに言っていたのだ。「ベルは古城の地下で眠っていた」と。カロンはそんな頭を抱えるダンの心を察して続ける。
「どのような経緯があったか、本当のところは不明ですが、ルシスは、当時の王が人間に滅ぼされる直前、城の隠し部屋に我が子を封印したのではないか、と考察しておりましたわ」
「それで、アンタらは、ルシスはこの……竜人の王の墓で、ベルを連れて何を企んでいるんだ?」
彼が訊ねると、彼女は待っていましたと言わんばかりに瞳を輝かせた、恐らくはここからが一番語りたい内容なのだろう、とダンは推察する。
「決まっていますわ!かつて人間の王がそうしたように、人間の王国を滅ぼし、この地にもう一度『竜人の王国』を創るのですわ!」
ダンは驚きで一瞬だけ身体が硬直したかと思えば、やがて妙な笑いがこみ上げてきた。「……は、はっは。何を言い出すかと思えば。竜人はとっくに滅びて、今はベルだけ。そんなことは無理だ」
「滅びている?本当に?」
そう言うなり、カロンはまたしてもダンの頬を掴むと、その顔をずいっと彼の前に出して、彼の眼をじぃぃっと覗き込んだ。
爬虫のように冷たい手。ゴツゴツとした鱗。そして……蛇のような眼。彼の目が残念そうに垂れた。ああ……てっきり自分と同じ、『呪い』だと思っていたのに。
「私も竜人の子孫ですわ」
その時、ダンは彼女の瞳も琥珀色だと気がついた。かつての自分と同じ、濁った琥珀だ。




