騎士×狐/遺跡
■42.ミメイ ■
「『竜人の王国』? なんだそれは?」
擦れる刃。
散る火花。
鈍い金属音。
結界の中で、ライラとルンがピュロスを相手取っている頃、武人達は結界の外で刃を交えていた。
狐耳の女・ミメイは身を翻し、軽やかな剣技でユートに攻撃を繰り返す。ユートもそれに負けていない。彼女の攻撃を全て弾き返す。
だが、両者ともあと一つの所で攻めきれず、戦況は一進一退。互角に思える戦いだった。
その命の掛け合いの最中、悠長にも彼女が放った『革命』という言葉に、ユートは怪訝な顔をする。すると剣を構えて相対したまま、彼女は鼻を鳴らして笑った。
「ありゃ?お主は知らんか。昔、この辺りに在った国じゃ」
「知るか。俺は歴史学者じゃねぇ」
「歴史は覚えとった方がええ。現世は結局同じことの繰り返しじゃて、未来もよう見えるようになる」
「年寄りみてぇな物言いだな。お前、カラケシュで俺に化けてだろ。その面も『変身魔法』か?」
彼は既にミメイが宿で自分に化けていた事に気づいていた。彼女が使っていたのは『変身魔法』。短時間だが、触れた対象の姿形に成り代わることが出来る魔法だ。大方、酒場かどこかでユートの身体に触れたのだろう。祭でカラケシュには人混みが出来ており、タイミングならいくらでもあった。
そして、一度騙されたのであれば、二度目も騙されているのではないかとと疑うのは人間の性だ。
方言混じりの古臭い喋り方と、それに似つかわしくない若々しく華麗な見た目、加えて頭の上に付いた獣の耳。まさかこの奇怪な女。自分の動揺を誘う為に変化しているのではないか?とユートは疑っていた。無論、その疑いが本当だったとしても、その程度で彼の心は揺らぐことなどないが。
「あっはっは!残念じゃが、これは自前じゃ!」彼女はニンマリと頬を上げ、左手で耳をつまんで見せた。「ついでにこの耳もな。あっちの人狼。あやつと同じじゃ」
思わぬカミングアウトにユートは唾を飲んだ。顔の件は置いておくとして、頭に付いた獣の耳がダンと同じ『呪い』だったとは。彼女の姿を目にした時から頭の片隅で予想はしていたが、まさか当たっているとは──
──彼の思考を断ち切るように、刃が打ち合う音が大空間に響く。
彼女の告白によって生まれた一瞬の虚をつかれ、縮地法で一気に距離を詰められたユート。
目の前に現れ、首を刎ねようと打刀を振るう彼女の攻撃を、彼はすんでのところでガードする。
反射神経と経験による予測、これらがなければ結構な痛手を食らっただろう。
「それで?儂の姿がどうかしたか?王都の騎士」
ふぅと息を吐く彼に、目の前の狐女は冷淡に呟いた。
ユートは彼女の刀を払い退けると再び距離を取る。
どうかしたか?と問われれば、先の質問には「変身魔法を使っているか否か確認した」以上に深い意味など無かったのだが、折角彼女から発言を促されたのだ。返答してやるべきだろう。
「お前も騎士だろ?王国を守る騎士が、なんで国を壊そうとしてんだ?」
彼は、最初の一撃を喰らった時から疑問に思っていたことを訊ねた。装備こそ騎士とは程遠いが、彼女の身のこなしや縮地法の技術などは、紛うことなき騎士であった。
加えて説明すれば、カラケシュで自分に化けた彼女を、獣のごとく観察眼に長けたダンが何故見破れなかったのか、その理由もここにあった。
『変身魔法』では姿形を模倣できても、口調や性格、仕草、体臭などの細かな部分は変えられない。故に親しい人間や本人であれば、変身を使われている事など簡単に看破できる。
あの時、ダンが彼女を看過できなかったのは、裏切られたというショックで心が不安定になっていたという原因もあるが、それ以上に、彼女の戦い方が騎士のものであったからだ。ダンはその動きを見て、完全に彼女のことをユートだと思いこんでしまっていたのだ。
さて、ユートの疑問に戻るとしよう。騎士は国王の臣下だ。騎士の役目とは、その生命を以て国王を守ること、ひいては国家の安寧を維持することだ。その為に、騎士は厳しい訓練に励み、昼夜を問わず有事に備え、そしていざという時には戦地へと馳せ参じるのだ。
そのような使命を持っているはずの騎士が何故、革命などを起こそうと宣うのか。根っからの騎士であるユートには彼女の意図することが理解できなかったのだ。
しかし、その答えは彼女の口から出なかった。
「二度と儂をそう呼ぶな。お前らのようなクズと一緒にされとうないんでの」
彼女はユートを睨み、切っ先を突きつけ、吐き捨てた。その瞳は殺意が籠もって赤く輝いている。
どうやら、逆鱗に触れてしまったようだ。過去に何があったかは分からないが、騎士という存在を敵視しているのは確かだ。なるほど、彼女の憎しみの先にはこの国の騎士が居て、故にその親玉である国を打ち倒そうとしているのだろう。
騎士として、ユートは少しだけ彼女との宥和を考えたが、すぐに止めた。彼女の怒りの理由は未だはっきりしていないし、彼女に話し合う気があるとも思えない……なにより、ここは戦場。交わすのは言葉ではなく刃だ。かと言って、敵として彼女を切り捨てる気にもなれない。
どうしたものか。彼はため息を一つ吐くと、髪を掻いた。
「ああ、そうかい。んじゃ、お前、名前は?」
「お前にやる名前は無い」
「じゃあ、俺はお前をなんて呼べばいいんだ?騎士は嫌なんだろ?ああ、ちなみに俺はユート」
彼がそう言うと、やがて彼女は睨んだまま「ミメイ」とだけ答えた。
「ミメイか……」彼女の名前を復唱すると、あろうことかユートは剣を鞘に収め、彼女にフランクな感じで手を差し向けた。「俺は確かにお前の大ッ嫌いな騎士だが、実は王都で魔法を教えている『学校の先生』でもあってな」
「あン?いきなりなんじゃ?」なおも眉を吊り上げたまま、ミメイは刀でユートを威嚇するが、彼はそれに物怖じすること無く、先生として、話を続ける。
「そこで一つ、これから講義をしてやる」
「主に教わることなぞ、一つもないわい」
「よし、その目ン玉ひん剥いてよく見とけよ。一瞬だ」
「一瞬?ふん、主は儂の力を随分と甘く見とるようじゃの……」
彼の言葉を鼻で笑ったその刹那、彼女の纏う羽衣の袖を一線の光芒が貫く。それはユートの放った魔法であった。
彼女は最初、その身に何が起きたか分からない様子だったが、やがて、焦げた袖に視線を落とすと、金縛りにあったように身体を強張らせる。彼女は一切の油断も無くユートの挙動を観察しており、常に攻撃に対処できるよう構えていた。
だが、彼は一瞬たりともそんな素振りなど見せていなかったではないか。
不意打ちであれば、もしかすれば攻撃を食らう事はあるかもしれないが、今のは不意打ちではない。単純に彼女の反応が遅れただけに過ぎない。
「どうだ?未来は見えたか?」
圧倒的な実力の差に冷や汗をたらす彼女に、ユートは不敵な笑みを浮かべ、手招きをする。
「『実戦魔法技術』の講義だ。ついてこいよ。ミメイ」




