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騎士×火/結界

■42. ピュロス ■


「ダン、ユート!」


 透明な壁を叩く二人に、背後から人の声。振り向くとそこには、白いタキシードを纏った伊達男が立っていた──ピュロスである。


「落ち着きたまえ、お嬢さん方。外は危ない。結界の中の方がずっと安全だ……おや、侵入者の中に随分と小さい者が居ると思ったら、君だったか。ライラ君」


 彼を見て、ライラは目を丸くする。彼こそ彼女を誘拐した張本人であり、この物語の切欠となった人物。だが、彼女に対して目を細める彼の態度には、もはや彼女に対する興味は感じられない。


 彼が指を鳴らすと虚空から木製の椅子が現れ、彼は脚を組んでそこに腰を下ろした。そして、もう一度指を鳴らすと、今度は椅子の横に人の背丈ほどある、大きな燭台が現れる。キャンドルが3つ、その先端に乗っており、いずれもじりじりと炎がろうを溶かしている。


「そんな気構えなくとも良い。私は君らに危害を加えるつもりはない」


 悠長に構える男を、ライラはキッと睨みつける。「信用してもらえるとでも?」


「そんなこと思っちゃいない。ただ、そんな気を張り詰めても無駄だと、忠告しているだけだ。私は武人ではない。騎士のように命を賭して戦うことなど、とてもとても出来るような人間ではないのだよ」


 彼は口ひげを弄びながら、ニタニタと笑う。だが、ライラもこんな奴の忠告などに従うつもりもなく、肩肘を張って身構える。すると、二人の関係をよく分かっていないルンが、目をパチクリさせながら男に訊ねた。


「すみません、貴方は、一体どちら様ですか?」


 男は「おっと、すまない。自己紹介が遅れていたね」と謝って襟を正すと、コホンと咳払い。「私の名前はピュロス・ヘラクレイトス。しがない魔導雑貨商で、今は白羊教の宣教師も勤めている。ライラ君との関係は、そうだな……彼女をこの国に連れてきたのが、私だ」


「と、言うと、つまり、貴方がライラさんを?」ピュロスの話を聞いた途端、ルンの顔が今までに見たこともない程険しくなる。のほほんとした普段の彼女の雰囲気は消え失せ、キリキリと空気を刻むような厳つい空気に変わっている。その眼光の鋭さに、ライラは思わず身体を震わせた。


 だが、ピュロスはそんな彼女の目をじっと見て肩を竦める。「お嬢さん。そんな怖い顔をしたら、綺麗なお顔が台無しだ」


「嫌です。私の友達を傷つけた悪い人に向ける笑顔なんてありません」


「はっはっは!これは手痛い。若い女性方に嫌われるのは、中年の宿命か」彼は目に手を当ててひとしきり笑うと、笑い声の余韻が残った声で、彼女にもう一つ忠告した。「あぁ、君が今必死にやってる催眠や幻の魔法。それも無駄だから止めた方が良い」


 歯ぎしり。まさか、見抜かれるとは。ルンは小さく舌打ちをした。彼女はピュロスという男に得意の催眠を仕掛け、結界を強制的に解除させてやろうと思っていたのだが、どうやら、彼の方が一枚上手だったようだ。


 彼はしてやったり顔でルンに言った。


「君は、国王親衛隊のルンだったね。元魔導士で、北部王立学校の魔法学者、得意分野は催眠」


「んな……ッ!なんでそんなところまでッ!?」


「国王を守る親衛隊だぞ?配属された者がどんな人間か、把握しておくのは国民として当然ではないかね?」彼はそう言うと、ルンを指差した。「君も学者なら当然分かっているはずだ。幻覚は心の迷いから生まれ、そして催眠魔法はその心の迷いに漬け込む、詐欺のような狡い技術に過ぎないということを……我々のように使命を胸に刻む者には通用しないのだよ」


 彼の言う通り、催眠・幻覚魔法の効力は相手の精神の状態に依存する。それらの魔法は、相手の心に直接語りかけ、精神を乗っ取る。故に精神が弱っている人間ほど、催眠は深く、強く作用する反面、自己肯定感の強い人間・強い自我を持つ人間にはまるで通用しないのだ。

 

 そして、ピュロスという男は白羊という教団の幹部、言い換えれば熱心な信者だ。強大な神の預言を信じる彼に、矮小な一人の人間の囁きなど届くはずもない。


「使命?貴方達のような悪い人に、そんなもの在るはずありません」

 

 悔しくなって、ルンは彼の言葉尻をとらえて言い返すが、ピュロスはそれを鼻で笑った。心底、人を小馬鹿にしたような笑い方が、またしても彼女の怒りに火を注ぐ。


「君は、この遺跡の入口に刻まれた碑文を見なかったのか?」


 彼は眼前の女騎士を見下し、口元を歪ませた。


「騎士よ、それは革命だ。我々は『人間の王国(イシュ=ヒューム)』を打ち倒し、今宵『竜人の王国』を復活させるのだ!」


 彼の横にあるキャンドルは、既に半分程溶けている。

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