人×竜/遺跡
■38 狐×伊達男 ■
「ピュロス、主は地上に居なくて大丈夫かや?」
石柱に現れた入り口から遺跡に入ったルシス。
彼が入った後、カロン、ベルを連れたミメイ、そしてピュロスが続いた。
白羊の幹部たちは、真っ暗な遺跡の通路を、ルシスの魔法で照らしながら、奥へ奥へと進んでいく。
その途中、狐耳を生やしたミメイが、伊達男ピュロスに訊ねた。
「石柱の入り口は、我らが通ると自動で閉ざされる。それに、信徒のことはアポリアに任せてある。問題はあるまい」
ミメイはふぅんと頭を掻くと、意地悪そうにニヤリと笑う。
「じゃが、アポリアと言や、娘子を逃す大ヘマをやらかした男ではなかったか?」
「ふん。馬鹿め、ルシス様から話は聞いているぞ。竜人の子どもしか居らず怪しいと思ったら、お前も娘を取り逃したそうじゃないか」
そう言って彼は人差し指でこめかみをトントンと叩く。恐らく、飛行中も魔法で通信を取っていたのだろう。
「ぬぐっ……」痛い所を突かれたミメイは下唇を噛む。だがけろりとした顔に戻ると、ライラのメモを取り出した。「じゃが、計画に支障はないとルシスは言っておった。この帳面さえあればと」
彼女がひらひらとはためかすメモをピュロスは掠めて覗き見た。
「なんだ、これは?」だが、彼はそこに書かれている記号の意味が分からず怪訝な顔になる「……もしかして、竜人の?」
「そのとおり。ルシスが王を裏から繰り、娘に書かせた"竜語"の記録じゃ。儂らが見てもサッパリじゃがの」
「そんな重要な物、何故お前が持っている。早く渡しに行け」
「まま、待て待て。ルシスは今、カロン様とお話中じゃ……割り込んでは悪いじゃろ?」
ミメイは前を歩く二人を指さした。久しぶりに会ったからだろう、肩を並べて楽しげに話す彼らを見て、伊達男はふぅと息を吐いて笑う。「まぁ、久しぶりの再会、あのお二方ならしょうがないか……ところで、女狐」
その言葉に、ミメイはピクッと耳を動かし、彼を睨んだ。
「儂は人間じゃ」しかし、彼はそれを気に止めていない様子で、彼女の腕にかかっているネックレスを指し示した。「そんなこと、どうでも良いだろう?さっきからその腕に引っかかっている、それはなんだ?」
「ん?……こりゃあ……あの娘子も運が良いのう、はっはっは」
ミメイは銀のネックレスを取ってみると、僅かだが魔力を感じられた。
なるほど、『加護』とは巧く言ったものだ。ライラとかいう娘が、自分の催眠魔法からあれほど早く抜け出せたのは、彼女自身の素質もあるだろうが、この加護のおかげだったのか。
彼女は一人納得すると、そのネックレスをピュロスへ投げ渡した。
「なんだ?私はこんなもの要らんぞ?」
「お主が持っといた方がええ。もしもの時の為にも」
「……もしも……?」
■39 竜×人 ■
「あぁ……会いたかったですわ、ルシス。もう半年以上も姿を見せてくれないんですもの」カロンは、その言葉通り、久しぶりにルシスに会えた事が嬉しくてたまらないのか、彼の肩にその身を寄せながら通路を歩く。「貴方が居ない間、私が信者を纏め上げるのにどれだけ苦労したか、おわかりですの?」
拗ねて口を尖らせる彼女を宥めるように、ルシスはその銀色の髪を梳くように撫でる。
「すまない、カロン。洪水が起きてからというもの、表の仕事が忙しくなってしまって」
「でも、楽しんでいたのでしょう?」
「まぁ、少しね」
ぎこちなく笑うルシスを横目に、彼女は頬をふくらませた。「嫌ですわ。白羊の教団経営を殆ど私に押し付けて……ピュロスが居なかったら、忙しさに殺されてしまうところでしたわ。特に、ヒザンの騎士共ときたら、金もないくせに小汚い雑用ばかり要求してくるんですのよ?」
「ミメイも補佐に付けただろう?」
「お話は面白いのですが……事務とか、人の上に立つような仕事は向いていませんわね、彼女」
ルシスはその話を聞いて、やはりな、と微笑んだ。ピュロスは見た目も洗練されているし、喋りや醸し出す雰囲気も洒脱な伊達男、それに、元々やり手の商人だったというのだから、カロンの側近としてはよく働いてくれただろう。
一方、ミメイは今でこそ妖しく艷な雰囲気を纏う狐女だが、かつてはどこぞの騎士団に属す立派な騎士だったという。騎士というものは、一部を除いて大雑把で、無骨で、基本的に自分本位だ。おおよそ腕っぷしだけの社会不適合者と言っていい。それでも、カロンの補佐としてその横に居させたのは、彼女を守る盾としてであった。
「でも、ミメイの『変化』と『催眠』は大いに役立ちしたわ……今頃、ヒザン騎士団は幻影を相手に必死に戦っていることでしょう。私達がここにいることも知らずに」
「それは、なんと滑稽な姿だけど、シェンにはお似合いだ」
「ふふ、良い気味ですわ」
話しながら歩いていると、通路が終わり、彼らは広いホールに出た。高さだけなら十メートル以上あるだろうか。
無数の石柱に支えられて造られたこの大空間には、ピュロスによって事前に松明が焚かれており、魔法を使わずとも目が見えるほど明るい。しかし、それでも全体を照らすには足りず、まだ暗闇に包まれている部分が多く残っている。
それまで窮屈な通路を歩いていたルシスは、解放されたような気分になって止めていた脚を再び動かし、松明に沿って広間を移動し始めた。
広間を歩いきながら、カロンは後ろに居るカロンを振り向いて、ルシスに訊ねた。
「ところで、ミメイが連れている子が、その……竜の子ですの?」
「ああ。ベルと言うんだ」
「ベル?」
「竜の言葉を話す少女、ライラと言うんだが、彼女が付けた名前だ」
「とても可愛らしい名前ですわね……ルシス、どうしたましたの?そんな悲しげに」
彼女にそう聞かれたルシスは、驚きに少し眉を上げ、自分の頬をなでた。悲しげ?自分ではいつものような穏やかな笑顔を作っていたと思うのだが。
「そんな顔をしていたかな?」
そう言う彼の頬を、カロンは人さし指で突く。その甲が、鈍く光っている。「私のような爬虫の目では、よく見えませんもの。特にこんな暗い所では。でも、顔など見えずとも、貴方の心中なら側に居るだけで感じられますわ」
自嘲気味に笑う彼女を見て、ルシスは胸が痛くなる。彼はそのような彼女の悲しい顔など見たくは無かったのだ。
「君は爬虫じゃない。人間だよ。誰が、なんと言おうともね」
松明の通り進み、広間の端まで来ると、彼は足を止めた。その壁に造られた、大きな石扉が彼らの前に現れる。
ルシスは、両手でその扉を押しながら、カロンに言った。
「あと少し。君に、明るい光を見せてあげられる」




