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白羊/霊峰


■37 ()()く神の名の下に ■



 白羊教は、砂漠で生まれた小さな宗教である。

 

 その教義の根幹を成すは、『自由』と『友愛』、そしてそれらと対を成す『支配』という三つの概念。

 

 一つ、原初、人は自由な生き物である。自由とは己の意志に従い決定し、行動すること。それは善である。

 

 一つ、自己意志の結果、主体的な連帯である友愛による社会集団こそ、人間の在るべき姿である。

 

 一つ、現代の社会は暴力的な支配により成り立つ。支配とは自由を妨げ、受動的な社会集団を形成する。それは悪である。

 

 人間の平等性を標榜するこの先進的な考えは、王国南部の小作人や下級労働者等、奴隷などの貧困層を中心に受け入れられた。

 

  勿論、貴族制を否定する白羊を貴族豪族・大商人等の上流階級がよく思うはずもなく、『奴隷の宗教』などと揶揄され、白羊の信徒は非難や攻撃・迫害に曝された。

  

 しかし、彼らは決して白羊であることを棄てなかった。教義に忠実に守り、己の信仰を貫いたのである。

 

 なぜ、彼らは教義を守り通せたのか。そこには教祖・ルシスの預言があった。


「遠くない未来、支配という暗い夜は明け、自由と友愛の光が貴方達を照らす」


 彼らは信じていた。自分たちの苦難の生活が終わり、全てが報われる朝がくることを。


 そして、明日、遂にその日がやってくるのだ。

 

 終末の夜がやってくる。黎明の朝がやってくる。


──タウロスの山。そこは天を穿つ丈高き霊峰。地を這う川の淵源。

 

 今宵、白羊の信徒はその中腹、少し開けた場所に集い、新しい世界の夜明けを待っていた。そこは、今でこそ壊れた石柱が数本並んだだけの広場でしか無いが、かつてはここに竜人の王の墳墓があったという。人間の王が破壊し、更地にしてしまったのだ。

 

 そのような歴史を知ってか知らずか、白いローブに身を包み、整然と並んだ信徒が暗闇に火を灯し、祈りの言葉を唱える。

 

「夜を明く神の名の下に」

 

 その祈りに合わせるように、黒いベールを纏った女性が、指を組みながら、彼らに教えを説く。

 

「もうすぐ、自由と友愛の光は我らの意志により顕現しますわ」

 

 女性の頭を覆うベールの端から、妖しい銀色の髪が見え隠れしている。服装こそ違えど、彼女はカラケシュのアジトでピュロスと陰謀を企てていたカロンのようだ。傍らにはピュロスを従えている。

 

 どうやら儀式の準備とやらは既に終え、後はルシスの到着を待つばかりといったところのようだ。


 するとその時、信徒の一人が突然、驚きの声を上げた。

 

「あれは、なんだ!?」

 

 彼が指したのは西の方角。周囲の人々もそちらを見ると、たしかに、真っ暗な闇空の中、薄い星明りが反射して何かが光っている。

 

 信徒の群れがざわつき始めた。正体不明の光、あれは一体何なのだろうか。

 

 小さな異変に気付いたカロンは空を振り返ると、その目を輝かせて叫んだ。

 

「あぁ、子羊たちよ!あれこそ、我らの夜を明かす光ですわ!」


 その彼女の言葉に、群衆は大いに沸いた。司祭である彼女の言葉に嘘や偽りを覚える信徒など居ない。


 やがて、その光は広場の上空で止まると、そのまま、ゆっくりと信徒の中心へ降りてくる。

 

 その光の正体は、言うまでもなく、竜の姿となったルシスだ。信徒は、上空に現れた白銀の竜を仰ぎ見、その美しさに祈りの言葉を唱えることすら忘れてしまっているようだ。

 

 しかし、突如現れたその竜が、地面に脚を着けた時だった。竜を中心として、辺り一面が眩い光に包まれた!

 

 その神々しさに蠱惑されていた信徒は、虚をつかれて一斉に目を塞ぐ。驚きのあまり、彼らは雷が爆ぜたのではないか、とか、星が落ちてきたのではないかと各々の想像のあらん限りを以て勘繰る。

 

 だが、現実は彼らの予想を大きく外れたものであった。光が消え、視界を取り戻した信徒が見たものは、人間だった。


 そこには、確かに存在していたはずの竜の姿はどこにもなく、代わりに、上等なタキシードに身を包んだ、端正な顔立ちの男が慈愛に満ちた微笑みを彼らに向けている。


──奇跡だ。

 

 信徒がそう思うのも無理はない。彼らは竜人の事など知りもしない下層の人々なのだ。眼前で起きた奇跡に目を見開き、生唾を飲んむ。


 一斉に両膝を付き、胸の前で指を組んでその身を正すと、眼前に立つルシスに、口々に祈りを捧げる。

 

 自分達を導く光が遂に現れたのだ!


 自分達の苦難を終わらせ、新しい世を照らす神が現れたのだ!

 

「皆、よく集まってくれた。全ては私の預言通りに進んでいる。夜はもう明ける」


 穏やかな言葉で"神"が仰せられると、いつの間にかその傍らに立っている司祭・ピュロスが声を上げた。


「皆の者、危ないので下がっていろ!」


 言われたとおり、信徒がルシスから距離を取ると、地鳴りが響き、ルシスの背後の地面から巨大な石柱がせり上がってきた。

 

 先に話した、竜人の王の墳墓──その真の中枢へと繋がる、入り口である。ピュロスが石柱に手を触れると、触れた部分が縦に割かれ、地中へと続く階段が現れた。彼は振り返ると、喉を震わせ、信徒を鼓舞する。


「ルシス様はこれより神殿へと入り、創世の儀を執り行う!喜べ!理想の世まであと少しだ!」


 彼の言葉に歓喜の声を上げる群衆。しかし、ルシスから、ダン達が追ってくる可能性があることを耳打ちされたピュロスは、今度は拳を握り、怒りの込もった声で、彼らにその悪報を告げた。


「だがしかし、支配の象徴たるイシュ王の魔の手が迫っている!己が利の為、奴らはまだ、この長い夜を終わらせるつもりは無いようだ!」


 その報に、信徒からはブーイングや非難が上がる。白羊にとって、支配は退けるべき悪であるので当然の事だ。


「なれば、我々がすべきことはなんだ!?」


「ルシス様をお守りする!」


「世を照らす導きの光を絶やしてはならぬ!」


 彼らは一致団結し、決してルシスの儀式を邪魔させはしないと息巻き、声を荒らげた。


 その声を受け、ルシスは「ありがとう」と満足げに笑むと、手を大きく平げ、信徒に最後の教えを説く。


「貴方達一人ひとりは羊のように弱い存在である。だが、神は常にそのような存在の傍らに居る。神は弱き者の為にこそ存在するのだ。故に、貴方達の意志を神は肯う。そのような意志を以て団結した貴方達は……あぁ……私の目には全てを押し流さんとする大波に映る!なんと頼もしいことであろう!人間の王国など、今の貴方達にとってはただ脆く弱い土塊(つちくれ)に過ぎぬ!」


 彼の説教に、信徒は祈りを捧げる。


「夜を明く神の名の下に!」


「夜を明く神の名の下に!」


 ルシスは目を閉じ、空を仰ぎ、信徒と共に自分も祈りを唱える。


()()く神の名の下に」


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