人狼騎士×少女/ はじまり
■35 いってきます ■
エレナが目を覚ますと、そこはテラスではなく、何故かテラスに続いている寝室にあるベッドの上だった。
たしか、花火を見ていたはずじゃあ……頭をぼんやりとさせながら周りを見回していると、そこへ突然「エレナ!」と声を上げてライラが飛びついてきた。
「ど、どうしたの?……あれ、お父さん、ユートと……ルンちゃん? あれ、ベルは?」寝ぼけていて、まだよく状況が理解できていない彼女は目を瞬かせている。
ダンは無事に意識を取り戻した娘を見て胸を撫で下ろした。
部屋に入るなりルンが手の平を合わせて、何やらブツブツと呟き始めた時はどうなるかと思ったが、まさか催眠を解除するための呪文だったとは。
その時だった。
サラが跳ねるように半身を上げると、横に居る娘とライラに抱きつき、声を荒らげたのだ。
「エレナ!危ない!……て、あら?」
しかし、すぐに周囲の状況が一転していることに気がついたのか、「あら、あらあら……」と彼女の顔が恥ずかしさでどんどん赤くなる。
「もう大丈夫だ。エレナは無事だ」
羞恥で紅潮した彼女の手を握る夫に、催眠から覚めたばかりの妻は「一体、何がどうなっているの?」と訊ねた。
ダンとユートは、改めて皆に事情を説明した。自分たちが理解するためでもある。
自分たちを襲ったのはルシスで、彼は自分たちと出会う前から白羊として活動していたこと。
ベルが白羊に連れ去られたこと。
彼らは王国に、いや、人類に対し敵意を向けていること。
そして彼らは今、北に向かっているということ(ダンが嗅覚で推測しただけだが)。
話を聞いた二人は開いた口が塞がらないようだが、それも致し方ないだろう。
なにせサラにとっては十年来の友人が、エレナにとっては憧れの先生が、自分たちの敵として立ちはだかったのだ。
「サラ、俺はルシスを追う」
ダンはそう言うが、サラはその手を取って彼を止めた。
「だめよ、危険だわ!騎士団を頼るべきよ!」
「騎士団と言えど、そんな急には動かせない。それに、何の事前通知もなしに諸侯の領を一個大隊は通過できない」
「そんな……」
サラは目に涙を浮かべるが、それ以上何も言うことは出来なかった。彼が騎士である以上、止めることは不可能なのは身を持って分かっている。だが、できることなら夫には危険な場所へ行ってほしくはない。それは、夫婦であれば当然の願いだ。
「国王に仕える、騎士の役目だ。エレナとライラを頼む」
「必ず、帰ってくるのよ」
「ああ。行ってくる」
別れの挨拶を済ませると、ダンは続いてユートに向かって言った。
「ユート。ジジィからの許可は貰った。すぐに出られる」
「なんだ、随分と用意がいいじゃねぇか」
「ルンを連れてくる時に、ついでにな。『好きにやれ』だとよ」
ユートは本当に面白そうな顔で笑う。
「っは!ジジィがそう言う、つーことは、本当に"好きにやっていい"ってことだよな?」
「興を削がれて苛立ってるんだろうよ。あと、白羊の老獪さにもな」
OK、早速行くかと言って、テラスへ出るユート。
「おい、ユート!?竜に乗るんだろ!?騎士営舎に行くんじゃないのか?」
「竜に乗るのはそのとおり。だが、俺もすぐに出られるよう、用意しといた」
見ると、テラスの上空に、二頭の竜が翼をはためかせていた。
錆色と鈍色。
「二頭以下なら"外交官特権"だ。ジジィには言うなよ?」
そう言ってニヤける彼につられて、ダンも思わず笑ってしまった。
穴の空いたテラスに二頭を下ろしたユートは、その翼を叩いて、号令をかける。
「よし!ダン!ルン!行くぞ、目標は白羊のアジトだ!」
「えぇッ!!私も行くんですか!?」しかし、出鼻をくじくようにルンが吃驚仰天と言ったように大声で反対した。「なんでですか!?私あんまり関係ないですよね!?」
「お前も騎士だろ。それに、俺たちが怪我したり、催眠にかかったりしたらどうするんだ。回復役は必要だろ」
いつにない正論でルンを諭すユート。しかし、彼女もなかなか食い下がる。
「いや、お二人には不要だと思いますけど。あと、私、竜に乗れないんですが」
「じゃあ俺と一緒に乗れ。ほら、いくぞ」
そう言ってユートは嫌がる彼女を無理やりテラスに引きずり出し、竜に騎乗させる。
「えッ?ちょ、ちょっと待って下さい!だめです!私高い所とか!」
「馬鹿は好きだろそういう所!」
「ユートさんとは違うんです!」
二人がレベルの低い言い争いをしていると、部屋の中から待ったをかける少女声。
「ちょっと待って!」その時、ライラがベッドから飛び降り、大声で彼らを止めると、竜に駆け寄った。「私も行く!」
しかしダンがそんな勝手を許すはずもなく、怒声を響かせる。「ライラ!バカを言うな!お前はあいつらに狙われているんだぞ!?それに、お前はもう家に帰れるんだ!」
「ベルが攫われているのよ!?それなのに自分だけ家に帰るなんて出来ない!それに、エレナのペンダントだって盗まれちゃった!」
「心配要らない!俺たちが取り返してくる。だからお前は……」
忠告するダンだが、ライラは錆色の騎竜──ラストのことだ──の背中に飛び乗ると、彼を脅すように言った。
「一緒に連れて行ってくれないのなら、この二頭を連れて飛んでやるわ!……いいわよね、ラスト?」
彼女が優しく首を撫でてやると、ラストはゆっくりと頷いた。まるで旧知の仲のような心の通じ具合だ。
畜生、こんな所で動物と話せる力を活用しやがって……「危ないから降りろ!」とダンが怒るも、彼女は素知らぬ顔。
なんとか彼女を説得しようとするダンだが、そこへユートが彼の肩を叩いた。
「いいじゃねぇか、今まで散々煮え湯を飲まされてきた奴らに、ライラは復讐してやろうって言うんだろ?俺ァ好きだぜ、そういうの」
そんな風に豪快に笑われては、否定もしきれない。友人だが、階級も年齢もユートの方が高く、恩もある。そのために、ダンはこういう時、彼に強気に出られない。
「……わかったよ」
ダンはため息を吐いて、彼女と一緒の騎竜に跨ると、フライトキャップを無理やり彼女に被せた。
「もう無茶はするなよ。俺のそばにいろ」
「うん。わかった」
「待って!ライラが行くなら私も行くッ!」
すると、今度はエレナの声がダンを阻んだ。まだ催眠状態から覚めたばかりで、ベッドに座ったままだが、なんとも威勢のいい声だ。自分が役に立たないことくらい分かっている。しかし、幼い彼女は今ライラと離れてしまったら、もう二度と会えないような気がしてならなかったのだ。
しかし、そんな彼女の望みを母親が拒んだ。「ダメよ。貴方だけは絶対ダメ!」
「どうして?ライラはいいのに!?」
ぐずるエレナの身体をサラが抱きしめる。
「馬鹿なこと言わないで。あなたはまだ子どもなんだから」
ダンは、自分からもなにか言ってやろうかと思って、騎竜から降りようとする。が、ライラは「私が宥める。すぐ戻るわ」と言って、彼の代わりに竜から下り、エレナの下へ駆け寄った。
ライラを見ると、エレナはすぐにおとなしくなった。そんな彼女の髪をライラは優しく撫でてあげた。
「大丈夫、必ずベルを連れて帰ってくるから。だから、今はサラと一緒に家で待っていて。絶対また鐘を鳴らすから」
彼女はエレナの額に軽く口をつける。彼女の国でいう『いってきます』の挨拶だ。
「行ってくるね!」
そう言ってライラが騎竜に戻ると、もう猶予が無いのか、すぐに竜は飛び立った。
エレナとサラはテラスまで出てくると、空を見上げた。
「いってらっしゃい」
エレナは、ぼんやりとした頭で、少し頬を赤くしながら、飛び立つ二頭の竜を見送った。




