騎士×白羊 / 闇夜
■31 ユート ■
「武装した相手に、何を丸腰で相手してんだ馬鹿!俺がそんな事教えたかッ!?」
いきなり現れたもう一人のユートに目を丸くするダンだが、彼はそんなことをお構いなしに捲し立てる。
「攻撃してきた奴は友であっても敵と見なせ!」
剣を構えながらダンを叱咤するユートだが、その刃と視線は、ルシスを捉えて離さない。
一方のルシスは、ユートが現れた瞬間は驚いていたが、既に平静を取り戻していた。
「ユート。随分と早かったじゃないか。僕が用意した置き土産では満足できなかったか?」
「っけ! 武装した工作員がプレゼントか。相変わらず冗談が下手だな」
皮肉交じりの彼の言葉にユートは唾を吐き返す。
「あんなもので殺せると思ったか? 騎士をナメるなよ」
「思ってなど居ないよ。むしろ、彼らはよくやってくれた。君をここまで足止めしてくれて、後で褒美をあげないと」
「そりゃ無理だ。そいつらは全員とっくに憲兵に引き渡しちまったからな」
「問題ない。牢獄の壁など、すぐに打ち砕かれる」
「なんだ。教団全員で反乱でも起こすつもりか?」
二人の口争いに、だが、ダンは追いついていけない。
状況が理解出来ない。まず、何故ユートが二人も居る?
床を突き破って現れた騎士が本当のユートだとするならば、ルシスの脚元に倒れているのは一体誰だ?
「ユート、すまん。一体、何がどうなっているんだ? お前は知っているのか?」
ダンは頭を抱えながら、とりあえずは自分を助けてくれたユートを本物だと断定して訊ねる。
しかし、当のユートは「知らん!」と突っぱねた。「俺だって酒場で飲んでいたらいきなり絡まれて、花火も見れなかったし、意味分かんねぇよ。何の為にスイート借りたんだ」
「いや、それは知らんが。この状況のことをだな」
「だから、俺だって分かんねぇよ!だがな、んなことはどうでもいい。大事なのは事実だけ。ルシスは白羊、俺達の敵だってことだけだ。考え過ぎて行動できなくなるくらいなら考えるな、感じろ!」
それこそ騎士の心ってやつだ!と謎理論を展開するユート。だが、その豪胆さがダンを安心させる。いつもの彼だ。
「んな無茶な……だが、これで分かった」
「なにが?」
「お前が、本物のユートだってことだよ」
「あ?何言ってんだ。俺は一人しか……って、なんだアイツ!俺そっくりじゃねぇか!」
腰を擦りながら立ち上がる偽物のユートを見て、彼は目を点にする。敵は敵、戦場ではそれ以上でも、それ以下でもないというのが彼の理論。故に、ユートは自分が攻撃を加えた相手の顔を見てすらいなかった。
一方、いきなり現れた本物のユートに手ひどい一撃を受けた偽物は、顔をしかめて愚痴を零していた。
「っつぅ……思いっきり蹴りおってからに。もっと他人に優しくせんかい」
もはや演技を続ける余裕もないのだろう、元の言葉つきに戻り、ぶつくさと文句を言う偽物。
その肩越しにルシスが声をかけた。
「ミメイ、もう帰るぞ。流石に二人を相手にできるほど、僕と君は強くないから」
それは撤退の指示だった。偽物は口を尖らせる。
「なんじゃ、お前さんが行くって言いだしたのにもう終わりかい。計画はいいのけ?」
「ダンに会うのは完全に僕の私事だからね。この子たち二人を手に入れれば、教団的にはもうココに居る意味はない」
ミメイと呼ばれた偽物は、傍らに立つライラとベルを脇に抱え、意地悪そうな笑みを浮かべる。
「相変わらず酔狂じゃの。ま、主がええならええじゃろ。んなら、お暇させてもらおうかや」
しかし、悠長に踵を返したその時、時間が止まったように、彼らの身体は腕も、脚も金縛りにあったように動かなくなった。
「んじゃこりゃ?」
それはダンが仕掛けた魔法。騎士がみすみす犯罪者を逃すはずは無い。だが……「こんな子供騙しが通用すると思うとるのか?」
所詮は弱小魔法、それはすぐに打ち消されてしまう。しかし、狙いは彼らの動きを封じることではない。
それは一瞬の隙を生み出すこと。
"縮地法ッ!"
刹那で間合いを詰めるユート。「待ちやがれッ!二人まとめてお縄に付け!」彼の振りかざした剣がルシスの腕に向け振り下ろされる。
ガキィィ゛ッ!!!
鈍い音が響く。
それは剣が人肉を切った時に発せられる音では無かった。
なれば魔法による防御?
いや、魔法だったらこんな音は鳴らない。魔力が擦り減って高音が響くだろう。
では、ルシスはタキシードの下に鎖帷子でも装備していたのか?
それも違う。騎士の膂力の前では薄い鋼鉄など紙切れに等しい。
であるならば、その音の正体は、ユートの剣を軽々と弾いたものとは!
「悲しいな。やはり君らは剣を向けるか。それが騎士の使命とはいえ」
「な、お前ッ!」
──ユートの剣を弾いたのは、金剛のように硬い"竜の鱗"だった。
ルシスの身体から白光が漏れ、ホテルのテラスは一瞬にして光りに包まれる!
身の危険を感じ、咄嗟にその場を離れるユート。ダンは妻子の倒れる場所まで駆け寄り、腕で目を隠しながら身を挺してサラとエレナを守った。
しかし、その光はすぐに収束。
二人が再び目を開くと、そこにルシスの姿はなかった。……いや、人の象をしたルシスの姿がなかった、と言いなおそう。
彼らが目の当たりにしたのは、白銀の竜であった。
「ルシス! お前、まさか!」
「全ては、ただ一夜の夢に等しい……人の世は終わる。大地は浄化され、新しい世が始まるのだ」
竜はその美しい翼を大きく広げ、子どもを抱えたミメイを乗せ、空高く舞い上がると、騎士に最後の言葉を告げた。
「さよならだ。ダン、ユート。夜明けの刻は近い!」
まさか、ルシスが竜人だったとは、彼らには思いもよらなかった。
「くそ……ッ!」
「二人を攫って、あいつら何をするつもりだ!」
上空に羽ばたく竜を睨みつけ、舌打ちをするダンとユート。
空を飛ばれては、人間には手も足も出ない。騎竜を用意するにも時間がかかる。
しかし、ここで彼らを逃せば、王国を揺るがす"何か"を起こる。彼の中にある野生の直感がそう告げている。そして、そのような事は絶対に防がなければならない。それが、国王を守る親衛隊騎士の役目。
「ユート!騎士団の営舎に急ぐぞ!騎竜でルシスを追う!」
「無理だ!『追跡魔法』だって掛けていない!竜のスピードじゃ、一度風に乗ったら追いつけん!見失うだけだ!」
大丈夫、そう言ってダンは自分の鼻を親指でこする。「アイツはライラとベルを連れてる、その匂いを追えば追跡は十分!……ん?」
その時、ダンの鼻がある匂いを捕らえた。それは、ここ一ヶ月の間ですっかり馴染んだ、畑の匂い。街中の宿では絶対にしない匂い。
それはどんどん近づいてくる。
上からだ。
同時に、空から聞き覚えのある子どもの悲鳴。
目を凝らすと、黒い髪をはためかせながら……猛スピードで……
「きゃあああッ!ダン!止めてぇッ!」
「なあッ!?ライラ!?」
ライラが空を飛んでいる?
いや、空から落ちてきている!




