狼×白羊 / 闇夜
これはなにかの嘘か?
狼は目の前で起きた事件、その一連の場景を未だ信じられずにいる。
祭の日、楽しい家族の思い出となる刻は一瞬にして崩れ去った。
魔法にかかり床に倒れ込む妻子。
敵となり真向かう友人。
騎士として守るべき少女と竜は既に敵の手に落ちた。
──残念、輝かしい祭りの日。闇から現れた二匹の羊が、狼の大事なモノをすべて奪っていきました。
──そんなおとぎ話があってたまるか。
「ルシス……ユート……」
何故だ、ユート。
何故、お前は俺を、俺の家族を襲った?
何故、お前は俺を睨む?
どうしてだ、ルシス。
どうして、お前もそっち側に居る?
どうして、「さよなら」なんて言う必要がある?
二人とも、本当に俺を裏切ったのか?
月の居ない空。
濁った琥珀。
萎えた銀の被毛。
後頭部に鈍い痛み。苦しくなって眉間に皺が寄る。力なく腕を下ろした彼に、「実に運命とは面白いものだ」と友人だった歴史学者が揚々と口を開いた。
「よもや、僕らの求めていたモノが、全部君の手に集まっていたとは。元々ダンには今日という日に、直接別れを伝える予定だったんだが……手間が省けた」
穏やかな微笑み。まるで歴史の講義をしている時のような落ち着き。段取りは、初めから決まっていたような言い草。それは、いつもと同じ彼の口から出た言葉。
「ダン、今までありがとう。十年前に出会ってからずっと、僕は君を親友だと思っているよ。それは今も変わらないし、これからも絶えることはない」
裏切りの最中、なんと空々しい台詞だろうか。いやしかし、まっすぐにダンを捉えるその瞳には一切の曇りもない。
「親友と思ってんなら、なんで……」
なんで裏切った? 縮みきった喉から捻り出した、掠れた言葉。
「裏切る?ダン、君は少し思い違いをしている。僕は一度だって君に嘘をついたことはない」
「なら、なんで"白羊"の事を黙っていたッ?」
「君が"白羊"を知ったのは、たった十数日前だろう?それまで、君はそれに興味もなかっただろうし、僕もそれを話すつもりは無かった。勝手に白羊と僕を切り離して考えていたのは君の方だ」
「じゃあ、俺が訊ねたら、お前は、答えたって言うのかッ!?ああ!?」
「勿論。だが、僕は確信していたよ。君が親友を疑うような人間じゃないってこと」
彼の詭弁に、こめかみがヒクヒクと疼く。
親友だと!?この期に及んで、良くもぬけぬけとそんな言葉を!
彼は地面を蹴り、ルシスに向かって拳を振り上げる。
しかし──
振りかぶったその拳がルシスに届くことはなく、彼の前に立ち塞がったユートにカウンターを喰らい、体ごと弾き返された。
「騎士ごときが、触れるな」
大勢を崩し、地面に膝をつくダン。
その目と鼻の先に、ユートが手にする長剣の切っ先が当てられ、動きを封じられる。
ダンは、いよいよ訳がわからなくなった。
どうして、ユートはこうも無機質に、俺を攻撃できるんだ?
何故、ルシスはそれを見て眉一つ動かさないままで居られるんだ?
これが親友にやることか?
二人は何故、白羊に従っているんだ!?洗脳、騙されているんじゃないか?
ダンは再び、声を振り絞った。
「騙されてる!ルシス、ユート!お前らは、その"白羊"の奴らに騙されてるんだ!目を覚ませ!覚ましてくれ!」
それは、確信ではなく悲痛な叫び。そうであって欲しい、という彼の願望。
「騙される? ああ、そうか。王都に来てから教団の顔役はカロンに任せきりだからね、知らないのも無理はない」
しかし、口を開いたルシスから語られたのは、ダンにとって残酷な真実。
「白羊は僕が始めた教団だよ。君と出会う前にね」
ダンの瞳から、わずかに残っていた光が消えた。
「嘘、だろ……?」
肩を落とし、完全に生気を失ったダン。ルシスは、彼の絶望に慈しみの目を向けながらつらつらと語りだした。
「……人の世は今、闇夜に包まれている。このカラケシュを、いや、国家全体を照らす明かり、それらは全て欺瞞と驕傲、暴力と偏見に満ちた、強力な光だ。人々はその光を真実だと信じているが、それによって目を塞がれている事に気づいていない」
ルシスは、ベルの頭を優しく撫でる。まるで、彼に話しているようにも思える。
「白羊は人々の目を再び啓くことを使命としている。この夢見の夜を明かし……」
『激光放閃ッ!』
しかし、ルシスの語りは絶叫に似た詠唱と、テラスの床を、その下から穿った光芒によって遮られる。
「ッ!!」「ッ!?」
動揺して思わず息を呑むユートとルシス。狙われたのは、ダンに剣の切っ先を向けていたユート。
足元からの奇襲攻撃に対し、彼は軽やかに宙に身を翻し、魔法を避ける。
が、しかし、それは悪手!
閃光に遅れることコンマ数秒、今度は剣先が床を突き破り、ケーキを切り分けるように軽々と床を断ち、瞬く間に大穴を空ける!
「馬鹿ッ!嘘だろッ!?」
床を切り裂く馬鹿力に、思わず冷汗を垂らすユート。
大穴から飛び出して来た影は、その動揺を見逃さない。目にも止まらぬ速さで空を駆け、宙を舞っていたユートの背中を蹴り飛ばす。
「ぐッ!くぅ……」
鈍い音とともに床に叩きつけられた彼は、苦悶の表情を浮かべる。
「ダン!こいつらの戯言に耳を貸す必要なんてねぇッ!目ン玉見開いてちゃんと前を見ろ!」
「どういう事だッ!? な、お前……」
ダンの目の前に着地しそう声を荒らげたのは、ダンの友人であり、理解者であり、大酒飲みの元王都騎士団副団長!
「ユートが、二人ッ!?」




